今思えば、ちょっとした出来心だったのだと思う。寝不足だったし、あたしもまだ若かった。けれどその時は強い衝動に駆られ、まるで運命であるかのように思いながら無我夢中で行動していた。
家に帰ったあたしは、化粧を落とすよりも先に石田三成のプログラムを解析した。案の定、目も当てられないひどいプログラム構文ばかりであった。味方機である徳川家康に突っかかる定義がされていたり、何故か味方機が敵となった時の定義がされていたり。『石田三成』というキャラクターに対応させた結果なのだろうけれど、ここまで役に立たないプログラムを持ちながら、一体どうして正常に戦闘できていたのやら。
携帯が彼氏からのメールの着信を叫んでいたけれど、あたしはパソコンに向かったまま、必死で石田三成のプログラムを解析し続けた。あたしみたいな変人に「落ち着いたら俺との結婚を考えてほしい」と言ってくれた大切な人からのメールだが、それどころではない。ちょうど大谷吉継に関連するプログラム構文を見つけたところだったのだ。
そこには大谷吉継の容姿から性格から言動、思考パターンや細かい設定に至るまで、逐一すべて定義されていた。確かに戦闘用アンドロイドは他の味方機との連携設定を重視してプログラミングされているが、普通はこんなに細かくはない。伊達政宗に組み込まれている真田幸村の設定などは、衣装であるとか身長であるとか識別番号であるとか、かなり大雑把なものとなっている。それに対してこのプログラムは何だ。存在しない相手のことを指先のそのまた先に至るまで忘れられない石田三成は、あの人間らしいエラー行動の中で一体何を考えていたのか。
知りたい、と思った。けれど石田三成はもう破壊されてしまったし、それを知る外国人技術者に会うことも叶わないだろう。あたしは時計を見た。21:36:42。今でも正確に覚えている。この時間なら、とあたしはバッグと財布だけ持って家を出た。
知りたいなら知ればいい。存在しないなら造ればいい。その時あたしが考えていたことは、奇しくも石田三成と同じような思考回路であった。
パソコンがひとり一台ある時代を越え、家庭用アンドロイドが一家に一体ある時代である。駅前の馬鹿でかい電器屋に駆け込めば、パソコンコーナーのすぐ横にアンドロイド制作コーナーがあった。閉店前の閑散とした店内でひとり悩む。あたしは技術者ではあるが、国に雇われたただの公務員である。戦闘用アンドロイドと同じ形態のアンドロイドを造る財力も機材も持っていない。悩んだ末に、安価で小型なCPUをふたつ手に取った。ふたつでも手のひらにすっぽり収まるサイズで処理速度も凡以下だけれど、あたしの財布から出せるのはこれが限界である。他のバッテリーや回路なども財布にギリギリの額ものを選び、レジへと持って行った。
あたしが最後の客だったらしい。会計を済ませて店を出た背後でシャッターの閉まる音がした。一応『お客様』なんだからそんなに粗雑な見送りをしなくても、と心の内で呟きながら駅へ向かうと、同じホームでひとり佇む見慣れた後ろ姿を見つけた。秋だというのにスーツのポケットに手を突っ込んだ寒そうな背中。駆け寄り、声を掛ける。
「こんなところでどうしたの?」
あたしの声に肩を跳ね上がらせてこちらへ振り返ったのは、彼氏だった。彼氏は出不精のあたしがデート以外で外出していることに驚いて、しかしあたしの手に電器屋のロゴが印字されたビニール袋があるのに気づくと表情を元に戻した。
「いや。……石田三成が廃棄されたって聞いたから、君なら何か知ってるんじゃないかと思って、会いに行こうとしてた」
挨拶よりも前置きよりも用件が先に出るのは彼氏の悪い癖で、面倒なことが嫌いなあたしにぴったりの良い癖である。そういえば携帯にメールが来ていたっけと思い出しながら、あたしは首を傾げる。
「なんで知ってるの?」
「ニュースが言ってた」
「廃棄理由は?」
「原因不明のエラー」
彼氏は歴史好きのメカ好きで、最も好きな武将と語る石田三成が戦闘用アンドロイドとして発表された時はガッツポーズをして喜んでいた。だからその廃棄理由に納得がいかなかったのだろう。しかし原因不明のエラーとは国もたまにはまともな嘘をつく。石田三成は確かにエラーで廃棄されたのだから。
電車がもうすぐ来ることを知らせるチャイムがホーム内を鳴り響いた。時代錯誤な古いベル音である。あたしは彼氏の袖を引っ張って、傾いたその体の耳にこっそりと囁いた。
「これから、その石田三成を復活させようと思うの」