※吸血鬼パロディ
※三吉三





 丑の刻、世界のすべてが寝静まった真夜中。暗闇に囲まれながら、吉継はひとり床の内で影を待つ。そろりと襖の開く音、差し足で近づいてくる足音、衣擦れの音。すべてに聞こえぬ振りをしてゆっくりと目を開けば、目の前によくよく見知った男の顔があった。床のすぐ傍、吉継の右側に座り、横からこちらの顔を覗き込んでいる。
 ほんにご苦労なこと、と吉継は微笑する。その表情を見て怪訝そうに眉根を寄せながら、男はその口元の包帯を右手でゆっくりと剥いだ。爛れた皮膚が露になる。それから男は剥いだ包帯を己の傍へ放り、身を前へと乗り出した。その顔と顔が近づく。伏し目と見上げる目とがひとつ合う。遠ざかる。そして男は、夜目でもわかる真白い首筋を吉継の眼前に晒した。
 美しや、と吉継は喉を鳴らす。

「いいのか、三成」

 吉継は男を三成と呼んだ。それは彼の唯一である存在の名であった。三成は伏し目のまま答える。

「毎度訊くな」
「答えが変わるやもしれぬ」
「そんな薄弱な意志は持たん」
「さようか」

 口を開き、舌先でちょいとその首筋をなぞった。人肌は砂糖よりも甘し。好いた相手なら尚のこと。これほど贅沢な食はない。狂喜する舌先を理性で抑え、己の口腔内で甘味を転がす。
 三成の手がぎゅっと布団を握るのを横目で見て、吉継もまた目を伏せた。もう一度その肌を舐めれば、緊張か恐怖かそれとも嫌悪か、無駄に力んでいるのがわかる。この身が女であれば快楽であっただろうにと心の内でひとつ本音を落として、吉継は口を大きく開けた。明らかに人間のものではない発達しすぎた犬歯が覗く。

「すまぬなァ」

 ぷつ、と皮膚の破れる音が響いた。三成の口から声にならぬ声が漏れる。人肌の甘しを越えるは生き血なりけり。啜る。啜る。破けた皮膚から溢れる赤い命を啜る。つつ、と口元から一筋零れた
赤も落とすことなく舌で掬った。
 狂いそうな甘さに思考は停止する。我に返るのはいつも啜りすぎた後。首筋から口を離せば、三成は真正面から吉継を見て小首を傾げる。こんなものでいいのか、と焦点の合わぬ目が言っていた。これ以上啜れば命に関わるというのに、三成はいつもこの調子。吉継が首を横に振ると、三成は部屋に入ってきた時と同じように目を伏せた。握りしめていた布団を離し、吉継の顔の両脇の床に
手を置いた。
 伏し目と伏し目の視線は絶対に合わない。意思の確認などふたりには必要なかった。顔と顔が近づき、今度は三成が吉継の口に噛み付く。生き血と混ざる唾液のなんと甘いことか。

「悪く思うな」

 噛み付きの間に呟かれた謝罪。お互いがお互いに呟く謝罪の意味を、彼らは知らずに夜を過ごす。

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