ついに病が唇にまできた。
 諦めを抱きながら、包帯で口を覆う。直接生死に関わる呼吸器官だけは覆いたくなかったのだか、晒しておくには悲惨すぎる有り様。鼻の下から顎にかけてを喋るのに苦がないようゆるりと巻き、首できゅっと固定した。
 吉継の包帯面は今に始まったことではないし、豊臣の者は病のせいだと知っている。それが口にまで広がったとして、特に気にする者はいなかった。もとより吉継の顔をじっくり見る者などないから、当然と言えば当然のこと。近頃では同じ空気を吸うだけで伝染すると専らの評判である。
 しかし三成は、襖を開けた瞬間に吉継の包帯面の変化を見て取り眉根を寄せた。

「それでは息苦しいだろう」
「はて、なんのことやら」
「とぼける必要がわからん。その口のことだ」

 ああこれのこと、と吉継は芝居掛かった仕草で口を右手で抑えた。その手の指も、先の先まで包帯で覆われている。それも気に入らなかったらしく、三成は更に眉間に皺を寄せた。

「刑部。貴様、それでは苦しくないか」
「我はこれでも人間よ。皮膚で呼吸はせぬ」
「しかし嗅覚が効いていないのだろう」
「嗅覚?」

 意味がわからぬと問い返した吉継の目の前に、三成は隠し持っていたものを突き出す。それは植物であった。青々とした緑の葉に、一際目を引く白い花。
 顔のすぐ前にあれば、さすがに花の匂いに気がつく。ほのかな甘い匂いに、ほう、と吉継はその花の名を思い出した。

「なるほど、クチナシか」
「クチナシというのか」
「今の我に似合いの名であろ」

 ひひ、と自嘲するように笑えば、三成は吊り目を更に吊り上げる。全く、一種の表情に富んだ百面相だこと。

「……刑部に似合うと思って持ってきたのだ」
「我に?」
「なんとなく貴様に渡さねばならぬ気がしてな」

 三成の言葉に、吉継はひとつ虚を突かれたような顔になる。それから急に腹を抱えて大笑いを始めた。ひひ、ひひ、と声帯を震わせる独特の笑い方では音にならぬほどの大笑いである。
 吉継があまりにも笑うので、三成は困惑顔でクチナシを持ったまま固まってしまった。

「何が可笑しい」
「いや、西洋のお伽噺をな、いひひひっ、思い出しただけよ、ひひっ。ぬしは聡いが、面白い男よの。ひひひっ」

 クチナシは天国より天使がもたらした、幸せを運ぶ花である。


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