ひとのなまえ(三+吉)



 豊臣秀吉が死んだその日に、石田三成もまた、主君の死によって死んだのだろう。吉継は『今の石田三成』を見ながらそう思った。この男は凶王である。人の名など似合わぬ。人の心などありはせぬ。しかし獣と呼ぶには高貴すぎる獣である。もはやこの男を人として人の名で呼んでやる者など、もう吉継以外にはないだろう。

「三成」

 人として、人のように、人の名で呼ぶ。すると戦略を練っていた凶王は、地図から顔を上げて、吉継の方を向いた。視線は真っ直ぐに吉継の眼を見る。
 目と目が合って、吉継はふと思う。この男が凶王ならば、それを補佐する我が身は一体何なのかと。病に浸食されたこの身の方が、もはや人にあらぬのではないか。

「どうした、刑部」

 呼んでおいて黙ったままの吉継の顔を、凶王は怪訝そうに覗き込む。吉継のことを差す『刑部』というのは官位であって名ではない。なるほど、と吉継は喉でひひひと笑った。己にとって唯一無二の友を人の名で呼ぶことは、我が身を現実に留める術なのかもしれぬ。まだ共に生きているのだと自覚する術なのかもしれぬ。

「なに、少し呼んでみただけよ」

 業病は知覚にもくるのだという。いつかはこの足のように精神が病み、夢の中から動けなくなるのやもしれぬ。三成、とまた友を人の名で呼べば、己の輪郭の線が少し濃くなった気がした。



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テーマ「人外ファンタジー」
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