向日葵畑に立っていた。一人。どうして、と自問するもわからない。
 私の背丈ほどもある立派な花たちは、一本一本が凛と背筋を伸ばしている。青空から照りつける太陽の光を目一杯浴びてはうれしさに笑っているようだ。
 彼らには恵でしかない光が、私の首筋にすぐさまじんわりと汗を滲ませるので、私は苦しさに息を吐き出した。暑い。花畑の隙間からはあちこち陽炎が泳いでいる。
 どこだろう。自問する。
「どこでもないですよ」声は私の外側から返ってくる。
「こないなとこで、何しとるんです」
 そして一つまばたきすれば、目の前に明石が立っていた。
 私のきょとんとした顔をしっかりと認めてから、明石は薄い唇を柔らかく歪めた。わずかに覗いた八重歯が作り物のように白く輝いていた。
 明石だ。私の明石。まぎれもない。
「明石」
「はい」
「どこでもないって、なに……?」
「なにって、そのまんまの意味ですけど」
 明石はにっこりと笑って、立ち尽くす私の手のひらをそっと取り上げた。いきましょ、と一言、添えるように呟いて、私の手を引いて歩き出す。彼の声は見た目から想像されるよりもおだやかで、のんびりとしている。彼の声は、夏に似合わない。
「明石」
「なんですの」
「どうして、その装束……」
 明石が身に纏っているのは戦の装束だった。ものぐさで出不精で、やる気がないことが売りなのだと自称するくらい何かにつけては楽をしたがる彼が、出陣以外でわざわざこの服を着るのは珍しい。
「どうして、戦いの服を着てるの」
「大した意味はありまへん。気にせんといてください」
 そして私は、私の明石国行が嘘をつかないことを知っている。
「戦いに行くの?」
 大した意味はないのだと言った。それは本当なのだろう。少なくとも、その言葉を口にした彼にとっては。
 だけど、彼にとっての意味と、私にとっての意味は、必ずしも等価じゃない。
 明石が立ち止まる。彼の手に引かれるがままに歩いていた私も釣られて立ち止まった。大地を埋め尽くす向日葵が、二つの異物を排除しようとするかのように、立ち止まった私たちの身体を打つ。
 彼がゆっくりと振り返る。蛍の光のような色をした二つの瞳が、遠くを見ている。
 どこか遠くから、蝉の声が聞こえてきている。
「どこに、行くの?」
 陽炎が揺らめく。蝉が騒ぐ。向日葵がわらう。
 太陽の光が私の身を焼き焦がす。明石国行はなにも言わずに立っている。
「明石」
 やがて、じりじりとひりつく暑さに押し負けたように名前を呼べば、彼はわずかに小首をかたむけて、握ったままでいた私の手のひらを胸のあたりまで持ち上げた。何かを握らせて、包むように私の手のひらを上下から両手で覆う。
「これ、返します」
 何だったのか見ようにも、冷たい彼の両手は私を解放しない。代わりに私は、ようやく言葉を発した彼の顔をじっと見ていた。
「自分には要りません。他の刀に渡したってください」
「あかし、」
 蝉が騒ぎ立てる。声がどんどん近づいてくる。四方八方から追い立てるように、耳障りな喧騒が花の世界を呑み込んでいく。
「自分には要りません」
 私の明石が繰り返す。私も明石と繰り返す。その瞬間、手が離される。
 堰を切ったように私は叫んだ。明石の手のひらはつまり私の口も覆っていたのだ。ひらりと外套を翻し向日葵を掻き分けていく、彼の背中はすでに遠い。
「明石!」
 待って、と叫ぶ。届かない。彼の背は。
 私は駆けているのに、全速力で駆けているのに、走ってもいない彼の背中はどんどん小さくなって、毒々しいほど鮮やかな黄色に隠されていく。夏風に揺れる向日葵が化物のようにいきりたって、私の道を塞ぐ。

「すまない、――」

 蝉の絶叫がうるさい。明石の声が聞こえない。夏が私に手を伸ばすことを許さない。


 


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -