ずいぶんと長い夢を見ていた気がする。
今しがた朝を迎えたばかりの部屋はまだひんやりとして、布団からはみ出ている首と顔が少しだけ震えた。眠る最中に体温を逃さず閉じ込めた布団の中はあたたかく、自然と顎のあたりまで毛布の端を掴んで引き寄せたとき、隣で小さく誰かが笑った。見れば、一緒に布団をあたためた男が、すっかり覚醒しきった様子で、うつぶせに頬杖をついてはうすくほほえんでいるのだ。
「おはよう。今日は早いね」
「あなたこそ……」
「僕はいつもこれくらいには起きてるよ。君は知らないだろうけど」
からかうようにそう言う男の手元には開かれた文庫本があって、どうやら読書をしていたらしいと知る。なるほど、いつだってサイドテーブルに置かれていたその本が読まれているのを見たことがないのが不思議だったのだが、どうやら朝の読書用だったらしい。朝に弱い自分が見つけられないのも無理はない。
「いま何時?」
「五時四十八分」
テーブルのデジタル時計に一瞥もくれないくせに、男はなぜだかはっきりと言ってのける。細かい男、と内心で毒づきながら、枕に頭を押し付けてぐるりと身体を九十度ひっくり返し、彼の方へ。
「疲れた……」
「今までぐうぐう寝ていたくせに」
さもおかしそうに眉を下げた男に口を尖らせる。
「でも、疲れたんだもの」
「悪い夢でも見たのかい」
あ、と、返事代わりに息が漏れた。寝ぼけた目がやっと気が付いたみたいにぱちぱちとまばたきをする。
「……見た、夢。なんだかすっごく長くて、大変で、苦しくて……」
「へえ」
記憶はもうひどくもやがかって、何もかも明瞭には思い出せない。聞きがたいほどあいまいな言葉を、しかし彼は苛立つそぶりも見せず、一つ一つに丁寧に頷いた。
「あなたもいたよ」
「そう」
「たくさん泣いた気がする」
「かわいそうに」
平坦な声でさらりと同情の言葉を紡ぎ、男が本を閉じる。紙と紙がぶつかる些細な音は、それでも朝ぼらけの寝室にはよく似合った。
「でも、不幸ではなかったかな」
ぽつりとつぶやいた科白に、男は穏やかに目を細めて、「そうか」と笑った。
気怠い眠たさと肌寒さに挟まれて、まだどこかおぼつかない心地にただよっていたら、不意に身体に男の腕がぐるりと回った。直接肌が触れ合ったところはさすがにあたたかくて、このままではもう一度眠ってしまいそうだと、頭の端で考える。けれど、休日の朝にそれがさして悪いことだとも思えないので、もういっそ抗いはせず、やってきたまどろみに身を任せることにした。