護廷十三隊の中でも、きっと五番隊は少し変わっている。
「いいかな、四谷くん」
「なんでしょうか、藍染副隊長」
「昨日頼んでいた件があったと思うけど、それより先にこちらの書類を処理してほしい。今日中に」
「こないだの件ならもう終わってますよ。平子隊長の判子待ちです。この書類も今日中に回しますね」
「ありがとう。なるべく早く頼むよ」
「わかりました」
執務室でてきぱきと言葉が交わされる間も、二人の手は止まらない。男は手元に積まれた大量の書類から目線を上げず、女は筆を片手に、栗まんじゅうをもう片手に、どちらも執務に励んでいた。普通ならまんじゅうの油で書類が汚れるのだが、鬼のような器用さを持って書類仕事に望む女の手のひらは完全に左右で分離され、机上の紙には染み一つ作っていなかった。それがわかっているからこそ、向き合って座る上司も菓子を食べながらの仕事を許容しているわけだが。
以降は雑談もなく、真面目に執務に取り組む席官たちだったが、やがて前触れもなく、執務室の扉が勢いよく開けられ、「なんやなんやあ」と間延びした関西弁が響いた。
「自分らどんだけ真面目やねん。こんなええ天気やのにずっと部屋こもってたら病気んなるで」
ぱつんと真一文字に切り揃えられた金髪。しまりのない気だるげな顔。五番隊隊長、平子真子である。席官たちが揃って立ち上がり、おはようございます、と挨拶をすると、片手をひらりと振って「おはようさん」と気軽に返す。
「平子隊長、ちょうどよかった。昨日四谷がお渡しした書類、お目通しいただけました?」
「…………おん」
「なんですか、今の間は」
「それより史帆ちゃん、今日非番とちゃうんか? なんで働いとんねん、休めや」
わざとらしく追及から逃れる平子に、藍染が聞こえるように溜息を吐く。この構図はもう五番隊では見慣れたものなので、他の席官たちも今更気に留めることはなく、それぞれの執務に戻っているようだ。
「藍染副隊長のご要請がありまして。仕事が溜まりに溜まっているから休みを先に伸ばしてほしいと」
「ハー、ほんま鬼やなぁ惣右介」
「誰のせいだとお思いで?」
「いいんですよ平子隊長、代休はきっちりもらいますし、ボーナスでお菓子も貰えたので」
「それでいいん? ほな史帆ちゃんのお給料来月から菓子で代えとくわ」
「それはだめです!」
つまり、五番隊で最も真面目に素早く完璧に仕事をこなすのは副隊長で、真面目かどうかは不明瞭であるもののその副隊長の仕事の質と速度についていけるのが三席で、最もゆるいのが隊長なのだ。隊長である平子と仲の深い者の中には、五番隊は副隊長と三席によって回っている、という者さえいる。そしてそれはあながち間違いではない、と、五番隊の隊士たちも思ってしまうほどには、その二人が優秀だった。
「しっかしなあ惣右介、いくら幼馴染やからって、あんまし遠慮なしに仕事回したらあかんで」
「おや、彼女はこれくらいで音を上げる子ではないですよ。ねぇ、四谷くん」
「余裕です」
「めっちゃどやってるとこ悪いねんけど、目の下黒いで」
「これは昨日小説を一気読みして徹夜したからです」
「馬鹿なのかな」
「かわいい幼馴染に向ける言葉は選んでくださいよ、藍染副隊長」
べ、と史帆が小さく舌を出す。それに対して藍染はただ小さく笑うだけだった。
「ところで平子隊長、何かご用件でしたか?」
「ああ、せや。昼飯行こう思て、自分呼びに来たんやった」
「僕、ですか?」
藍染が目を丸くする。隊長が副官と食事をともにすることは、隊によっては珍しいことではないが、この五番隊においてはあまり見られないことだった。藍染と平子は仕事においてはうまく互いを補完し合う、というか藍染が平子を一方的に補完する、相性の良い二人だったが、仕事から離れた私事においてはそれほど干渉し合うことがない。
「ちょっと話したいことがあんねん」
「わかりました」
背筋を正して硬い返事を返した藍染に、平子が肩を竦める。
「ンなやばい話ちゃうで。気張んな」
そうして執務室を出ていった二人に、残された席官一同は立礼する。あの緩やかな雰囲気をまとった隊長の下で、隊士たちがここまで厳格であれるのは、副隊長である藍染が規律を重視していることに由来している。
栗まんじゅうの最後の一口を平らげて、史帆は椅子に座ったまま、大きく伸びをした。その折に、隣に座っていた第四席の男がくすりと笑う。なに?という意味で史帆が目配せすると、四席はほほえましいといった表情で口を開いた。
「相変わらず仲良しでいらっしゃいますね」
「仲良し……って、誰と誰が?」
「あなたと藍染副隊長に決まってるじゃないですか」
「ええ、そうかなあ……腐れ縁みたいなものじゃない、幼馴染って」
「でも、藍染副隊長、史帆さんにだけはちょっと雰囲気違いますよね」
え、と史帆が言うより早く、会話に耳を傾けていたらしい六席の女が「わかります!」と高らかに言った。
「藍染副隊長って誰にでも優しくて丁寧だけど、史帆さんにだけは心許してるというか、受け入れてくれるのわかっててわざといじわるしてる感じがしません?」
途端に饒舌になる六席に、今度は四席が「わかりますわかります」と首を大きく縦に振った。
「わざといじわるしてるって、それもうただの嫌な奴じゃない?」
史帆の言葉に、四席が肩をすくめる。六席の女も呆れたような苦笑を浮かべるので、史帆はわけがわからず、説明を求めてきょろきょろと周りを見回したが、誰も答えをくれる者はいなかった。