座布団を枕替わりに眠ってしまった史帆に毛布をかけると、幼子のようにそれを掴んでぎゅっと身体を丸めた。小さく聞こえてくる寝息に思わずほほえむと、すぐそばで浮竹が小さく声を立てて笑う。
「疲れたんだろうな」
「そうだね」
浮竹の向かいに再び座すと、彼がやがてそっと口を開いた。
「なあ、京楽。少し意外だったんだが」
「ん?」
「四谷が藍染を庇ってたことを聞いたとき、お前は怒るのかと思ったよ」
怒る、という、きっと迷った挙句に優しい言い方を選んだ同期に、京楽はその心中を思って目を細めた。
京楽は以前からたびたび、史帆の甘さを問題視していた。それは幼馴染である藍染に対してだけではない。彼女の周りにいる者、友人、同期、先輩や後輩、それらすべてに対して等しく優しく、それゆえに甘さを残してしまうのが史帆だった。それは彼女が護廷の隊士として生きていく上で、とても危険な性質だ。
そうだねぇ、とつぶやきながら、眠っている史帆の髪をそっと撫でる。さらりと散らばった髪はよく手入れがされていて、滑らかだった。
「君なら、告発してた?」
「……」
「優秀で仲間思いだと周囲から信頼されていた男を、客観的な証拠もなしに、犯人だったってひとりで声をあげるのって、すごく難しいと思うんだよね」
史帆を起こさないように、つとめて静やかに、言葉を紡ぐ。
「それに、その男はほぼ間違いなく黒幕で、隊長格を何人も手にかけた、危険人物なんだ。告発した自分も、告発された相手も、何をされるかわからない」
おそらく藍染は、史帆に何一つ直接的な口封じをしなかったのだろう。だからこそ、史帆があそこまで自責の念に苦しんだのだ。誰かに告発すれば殺すと、そんな安っぽい脅しをかけられた方がいっそましだったはずだ。
つまりは最初から、告発などできない状況に彼女はその身を置き去りにされていたのだ。たとえそこに、幼馴染を罪人にしたくないという史帆の私欲があったとしても。
それを、ただ自分のわがままだけが告発を忌避させたのだと思わされて。
「藍染はそこまで計算していたと?」
「どうだろうね」
京楽は曖昧な返事でとどめた。
「そもそも、史帆ちゃんがそこまで考えたかすらも怪しいじゃない」
「どういう意味だ?」
「惣右介くんが大切だから、この子は。告発して自分や周囲がどうなるかよりずっと、惣右介くんがどうなるかを気にしたんじゃないの」
それを断罪できないのは、京楽が、史帆に対して情を移しているからだ。だからこそまためぐって、彼女にそれを求めることが京楽はできない。自分ですら彼女を断罪できないのに、彼女に大切な幼馴染を裁かせることが、できるはずがない。
「史帆ちゃんはただ、惣右介くんと一緒にいたかったんだろうな」
「……過去の罪を飲み込んででもか」
「うん」
浮竹の問いに、京楽は躊躇なく肯定した。葛藤はあっただろう。あるいは、百年前、今に至るまで、葛藤し続けてきたかもしれない。それでも、隣に彼がいるかりそめの幸福に縛られ動けぬまま、彼女は生きてきたのではないだろうか。
藍染がどこまでそれを予想していたのか、京楽にはわからない。
――だけど、もしかしたら。
もしかしたら藍染は、史帆にならその手で断罪されたとしても、それで良かったのではないだろうか。
「本当に、困ったもんだよ」
溜息を吐いた京楽に答えるように、傍らで眠る史帆が、ん、と小さくつぶやいた。寝言になり損ねた、些細な吐息。
百年前、京楽の部下になった直後は、ほんの少しだって信用していなかった。それが信じられないほどに、今の京楽には史帆が尊い。百年も直属の部下としてずっと一緒にいてくれたのだから、それも当然といえば当然なのだけれど。
「こんなにかわいい女の子にここまで大切に思われるなんて、羨ましいねぇ」
「京楽、そういうのをセクハラと言うんだぞ」
「ありゃ。まあ本人は聞いてないから……秘密にしといてよ、浮竹」
肩を揺らして笑う京楽に、浮竹は呆れたように眉尻を下げた。そういえば史帆が八番隊にやってきたその日にも、副隊長だったリサからその単語を聞いた気がする。百年前から自分も大して変わっていないらしい。
窓の外へと目を移す。外はすっかり真夜中の暗さで、瞬く無数の星に囲まれて、三日月が笑っていた。
夜が明ければ、運命の一日が始まる。ともすれば戦争前夜だというのに、夜空は驚くほどにうつくしくて、それが京楽には何かの啓示のようにも思えるのだった。