恋次、ルキアとともに藍染から距離を取り、刀を構えながら、一護は一瞬だけ史帆に視線を遣った。死覇装の腹のあたりが血に染まっているのを見てわずかに目を細め、それからまた藍染に視線を戻す。
「アンタが藍染か」
「いかにも。……ああ、そういえば、君には彼女が世話になったようだね」
藍染が横目に自分を一瞥したので、史帆は息を飲んだ。一護と行動している間、間違っても霊圧が捕捉されないように相当気を張っていたのに、なぜばれているのか。
史帆の疑問は察しただろうが、藍染は答えることなく再び一護に視線を戻す。一護もそれ以上は史帆について言及しなかった。
空気は張り詰め、いつ誰が次の瞬間に死んでいたとしてもおかしくない緊張感に包まれている。恋次と一護が何やら小声で打ち合わせをし、連携して藍染に攻撃を仕掛け始めた。どうやら逃げるつもりはないらしい。
戦闘を少し離れたところから傍観しながら、史帆は固唾を飲んだ。無茶だ、と思った。
その心情を察したように、市丸がからからと笑う。
「力量の差がわからんみたいやね、あの子ら。このまんま終わりや」
「……っ、」
「みーんな、藍染隊長に殺されて、終わりや。雛森ちゃんや、十番隊長さんみたいに」
「黙って!」
激高し振り向いた史帆の腕が掴まれる。男の握力に顔をしかめた史帆をそのまま無理やり立ち上がらせて、市丸がぐっと顔を近づけた。
「何を怒ってはるの。これが見たかったんとちゃうの?」
「なに、」
「藍染隊長が何考えてるのか、何するのか、知りたかったんやろ。せやからわざわざここに連れてきたんに、何が気に入らんの」
珍しく笑みを消した市丸に、史帆は一瞬言葉を失った。
「それとも、藍染隊長が本当に悪者やったから、……自分がこうであってほしいと思った姿と違うたから、怒ってはるの?」
図星をつかれた気がして、唾を飲む。そうだ。市丸の言う通りだ。
心のどこかで、嘘であってほしいと思っていた。
頭で理解はしていても、それを目前に明瞭な真実として叩きつけられるのは心が痛かった。どうしようもなく。
「それ、八つ当たりって言うんやで、史帆さん」
史帆はもう喉を震わせるだけで、何も言い返すことができなかった。
確かに、この場に史帆がいるのは、史帆がすべてを知りたいと思った、その望みを藍染が汲んだに過ぎない。史帆が自ら望まなければ、おそらく藍染は、百年前と同じように、史帆を遠ざけていただろう。驕りかもしれないけれど、でも、きっとそうだ。
そうして知った事実が自分の願ったそれと違ったから、史帆は今、怒りに変わるほどに悲しいのだ。八つ当たりと言われれば、そうだろう。
「どうした、ギン」
ふと響いた幼馴染の声に史帆が振り返ると、すでに阿散井と一護は血まみれの状態で地面に伏せていた。驚愕に思わず息を呑む。史帆が彼らから目を逸らし、市丸と会話をしたのは、ほんの十数秒だ。
「君が怒るとは珍しいね」
「ああ、気にせんといてください」
市丸の手が前触れなく離され、史帆は崩れるように尻もちをついた。離された手首はわずかに赤く、余韻でじんじんと痛む。
「史帆さんが子どもみたいに駄々こねるから、ちょっといらっとしただけですわ」
市丸の言葉に、藍染はふうんとつぶやいて目を細める。その双眸が何かを考えるように史帆を射貫いたが、言葉はなかった。また前を向いた藍染は、朽木ルキアの元まで歩んで、その首輪を掴み上げた。
朽木ルキアをその手にとらえながら、藍染はのんびりと、すべてを語る。旅禍の侵入から今の今に至るまで、すべてが計画通りだと。その言葉に、大量に出血しながらも、生命力だけで意識を保っている一護が瞠目した。
「待て、アンタ、なんで俺たちが西流魂街から来るってわかったんだ……!?」
「おかしなことを聞くね。決まってるだろう。西流魂街は浦原喜助の拠点だからだよ」
――浦原喜助。
その名前を聞いたとき、史帆は心臓が大きく跳ねた。
それは百年前、おそらくは藍染の代わりに罪をかぶり、尸魂界から姿を消した男の名だ。
「何を驚いている。君たちは浦原喜助の部下だろう。……君たちは浦原喜助の命令で、朽木ルキアの奪還に来たんじゃないのか?」
彼らが、浦原喜助の部下だって?
たしかに、人間である彼らがどうやって尸魂界に入ったのかは史帆も気になっていた。それが、浦原喜助の手引きによるものなのだとしたら説明はつく。もう、冷静に理解ができる話ではないけれど。
一護は動揺したようにその瞳を揺らすだけで、答えない。その様子を見て何を察したのか、どこか落胆したような声音で、なるほど、と藍染がつぶやいた。
そしてまた、彼は語り始める。死神であれば、いずれ誰もが力の限界に到達する。それを取り払う唯一の方法が、死神の虚化であり、それを可能にするのが、浦原喜助の作り出した、崩玉と呼ばれる物質だった。
しかし、制作者である浦原自身もその物質を危険視し、彼は崩玉を隠すために朽木ルキアの魂魄に埋め込んだ。そしてそのまま彼女をただの人間へと変化させることで、崩玉の行方を永遠にくらませようとしたのだという。
次々と明かされていく事実を追うのに精一杯で、史帆はいっそめまいすらしてきそうだった。そんな史帆をあざ笑うように藍染が振り向き、「史帆」と、その名を呼ぶ。
「これが今回の一連のすべてなわけだが、満足したかい?」
「……どうして、」
座り込んだまま、地面の砂を掻く。相変わらず腹の傷は傷むが、もはや感覚が麻痺しているのかもしれない。口は案外容易に回った。
「わからないよ、惣右介、私には……」
零れ落ちた声は震えていた。それが痛みによるものなのか、目の前の男に対する悲しみによるものなのか、史帆にはわからない。
どうして、こうなってしまったのだろうか。
史帆は、たとえ彼が百年前の主犯でも、それを自分が握り潰した罪悪感に苛まれ続けたとしても、藍染がこれ以上誰かを傷付けることなく自分と一緒にいてくれるなら、それで良いのではないかとさえ思っていた。
このまま何事もなく藍染とともに護廷にいられたなら、それで良いのではないかと、そう思っていた。
だけど、そう思っていたのは史帆だけだ。藍染はそうではない。だから彼は、護廷十三隊を裏切ったのだ。
「……そうか」
労るように鳶色の瞳を細め、藍染が小さくつぶやく。しかしそれ以上史帆に声をかけることはなく、顔をそむけ、再び朽木ルキアに向き合った。そして、史帆には理解のしえない技術で朽木ルキアの魂魄から直接崩玉を取り出すと、それに魅了されるようにじっと眺めた後で、放心状態となったルキアの首輪を掴んで持ち上げる。
「殺せ、ギン」
はっと弾かれるように、そばに立っている市丸を見上げる。しゃあないなあ、などとやる気なさそうに呟きながらも、彼のその手はすでに刀にかけられていた。
「射殺せ、神槍」
発せられた解号とともに、市丸の抜いた刀が、ルキアめがけて勢いよく伸びていく。藍染の霊圧にあてられて動けないルキアが、死を覚悟し、力なく目を閉じた。
だめだ、と思った。殺される、と。
しかし、反射的に目を閉じていた史帆が恐る恐る目を開けたそのとき、藍染の手にルキアはおらず、その少し先で、突如として現れた朽木白哉に守るように抱かれていた。
兄様、と震える声が紡ぐ。その肩口から腹までを市丸の刀に大きく裂かれ、白哉は小さくうめきながら、地に膝をついた。