もはや朽木ルキアを救うには、処刑その場で双極を直接止めるしかない。その結論に至った三人は、地獄蝶による伝達からそのまま部屋で作戦を練った。途中寝落ちた史帆は窓から朝日が差し込んだ頃にやっと目を覚まし、自らの身体にかけられた毛布と、湯呑片手に自分をにこにこと見守る隊長格二名に呆然とした後で謝罪する羽目になったが、それを二人は笑って受け流した。
そして、処刑当日だ。あまりにも突然定められた運命の日。しかし、たとえそこにどれほど大きな意味があっても、太陽はいつも通りのぼって平等に世界に光を降らせる。
ずいぶんと急に、その日が来てしまった。まだどこかふわふわとした心を叱咤して、史帆は、双極へ出発しようとする二人を見送ろうと立ち上がる。処刑の立ち合いは副隊長以上でなければ許可されないから、京楽と浮竹に任せるしかなかった。
浮竹に続き部屋の外へ踏み出そうとした京楽の足が、ふいに止まる。後ろに立つ史帆を振り向いて、ほんのわずか目を細めた。
「史帆ちゃん」
「はい」
「ここで待ってなさいって言ったら、怒るかい?」
その声はどこか不安げで、じっとしていられないわが子を心配する親のようだった。史帆が何を考えているか、京楽にはもうわかっているのだろう。苦笑して、「そうですね」と頷いても、京楽は表情を変えない。
「怒ります」
「怒るだけで済むかな?」
「……命令違反の処罰は後で」
京楽が肩をすくめる。「本当に、君って子は」、つぶやく科白はもう諦めを帯びていた。
時間がないのだ。浮竹と京楽が処刑を止めに双極に向かう今、史帆がやるべきことは一つしかない。
まっすぐに見つめあう。しばらくの無言の攻防。史帆と京楽の、というよりも、京楽の中で対立する感情がせめぎあっている、その時間のように思えた。やがて京楽が一度目を閉じ、わかった、とつぶやく。
「そうだよね。君はさっき、僕を信頼して、話してくれた。僕を遠ざけず、巻き込むことを決めてくれたんだもんね」
「……」
「なら、僕も応えなくちゃ、恰好がつかないか」
頭上の編み笠をつまんで、京楽は決意を定めた顔でほほえんだ。
「惣右介くんを探すの、お願いできるかい」
はい、と答える声は震えた。嬉しくて。
百年前、移隊が仕組まれたものであったとはいえ、その先が京楽のもとであったのは偶然だった。その偶然に、史帆は心から感謝する。
京楽だって怖いはずだ。こうして部下に大役を命じ、結果その部下を失うことを、京楽は百年前に経験している。それでも、その痛みを覚悟してでも、史帆と互いに巻き込みあう決意をした。
目を細めた京楽が、両腕で包むようにして、史帆の身体をそっと抱く。突然視界一面に広がった派手な花柄に史帆が目を丸くしていると、大きな手のひらがその背をあやすように軽く叩いた。
「大丈夫だ、史帆ちゃん。君なら大丈夫」
その声があまりにもやさしくて、史帆はとたんに胸がいっぱいになるのを感じた。目の奥が震えるようにあつくなる。
「もし、本当に彼が馬鹿なこと考えてたら、ビンタでもして目を覚まさせといで」
その光景を想像して、史帆は思わず喉の奥で笑った。もし本当にそうしたら、あの幼馴染はやっと、余裕綽綽な笑みを崩すだろうか。
「君を頼るよ、史帆ちゃん。気を付けて、行ってらっしゃい」
その言葉を最後に、身体が離れる。史帆の頭を一撫でしてからにっと笑い、京楽は部屋を出ていった。
一人残された史帆は、ぼんやりと自分の頭に触れる。撫でられたところが驚くほどあたたかい。そのぬくもりを感じながら、史帆は誰にともなく、もう一度頷いた。