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07


一体何処まで?



「ベルフェゴールが飴凪様を拐ったぁあ!?」



 賑やかな音楽が遠くに微かに聞こえる、大広間から離れた一室。

 そこでは正一の悲惨な声が響き渡った。
 隣ではスパナが目を見開いて固まっている。

 そんな彼らと向き合っているのはフランともう一人、不機嫌そうに眉をしかめるスクアーロであった。



「う゛お゛ぉい、うるせぇぞお!」



 遥かに正一よりも大きな声で怒る彼に、フランがしれっと突っ込みを入れる。



「隊長の声が一番煩いんですけどー」

「あ゛あ゛!?大体てめぇらが勝手にウロウロするからこうなるんだろうがあ!どいつもこいつも好き勝手動きやがって…!」

「あ〜ボスも帰ったんですっけ?ミーももう帰っていいですかー?」



 詫びれもなく無表情で見上げてくるフランの言葉に、新たにピシリと血管が浮かび上がった。



「ふざけんじゃねえぞお!」

「わ、暴力反対ですー」



 その素晴らしい威力であろう蹴りに対抗すべく、フランは手でガードしながら後退する。
 そんな二人を見つめながら、正一は頭を抱えた。

 数分前、正一とスパナの二人は、第三ラウンドの暗闇に紛れて何者かに大広間から引っ張り出されたのだ。
 驚く二人の前に姿を現したのがフランとスクアーロであり、彼等の口から、ベルが暇つぶしとして雅を拐ったこと。
 また、それを獄寺が追い掛けているとの報告を受けたのである。
 
 メンバーが客を個人の都合で引っ張り回すなんて、大問題だ。
 前代未聞の一大事に胃が悲鳴をあげた。

 もしもその被害者が雅でなければ、もう少し冷静に物事を考えることができたかもしれない。
 雅は自分にとっても大事な存在であるし、彼女の目的を知り協力している以上、彼女を厄介事から守る義務だってある。

 しかし、今の状態で一番心配なのは雅のことを一番想っているであろう男だった。

 正一がちらりと隣に視線を送れば、やはり動揺を露にして未だに固まったままのスパナの姿が目に入る。



「…スパナ」



 とりあえず冷静にならなければと、自分に言い聞かせる意味も兼ねてスパナの肩に手を置いた。

 しかし、その手は直ぐに宙に浮く。
 急に、スパナがドアに向かって走り出したのだ。
 一テンポ遅れて慌てて追い掛け、それを止める。



「スパナ、落ち着け!」

「!正一…ッ」



 彼にいつものマイペースさは見当たらなかった。

 まるで周りが見えていない。
 大切な幼なじみが問題児に拐われたのだから、落ち着けという方が無理だろう。
 しかし此処で彼がヘタに動けば雅にとっての厄介要素を増やしてしまう。
 スクアーロとフランの視線を感じながら、慎重に言葉を選んで説得を試みた。



「『客が』拐われたんだからね、『管理役として』心配なのは分かるが、ここはボク達が動く場面じゃない」

「…!」

「ここは彼等に任せよう」

「…分かった。ごめん」



 正一の努力の甲斐あってか二人の視線に気付き、スパナは少し冷静さを取り戻した。

 管理役である自分達が一人の『客』の為に動いてはいけない。
 個人を、特別扱いしていることを他に気付かれてはいけない。
 自分達の雅に対する待遇がばれれば、メンバー達の興味は少なからず彼女に向くだろう。

 それこそ、今までやってきた事が水の泡だ。
 協力する筈の自分が種を撒いてどうする、と拳を握り締め、何とかはやる心を落ち着けた。
 そんなスパナを確認した正一は小さく一つ頷くと、自分達に視線を向けている二人に顔を向けた。



「悪いが君達にはこれから三人を追って貰うよ。まずは客―飴凪様の保護を優先。その後ベルフェゴールと獄寺を連れ戻してくれ」



 正一が言い終わると、スクアーロが黙って窓を開放する。
 少々気性が荒い面はあるが、責任感や使命感はレアメンバーの中で一番強い男だ。
 そんな彼の横でフランがポツリと呟いた。



「めんど」



 ピシリ。
 再びスクアーロの額に血管が浮かび上がる。



「グダグダ言ってねぇで行くぞお!」

「とりあえず音量下げて貰えませんー?」

「口動かす暇あったらさっさと動けぇ!」

「暴力反対ですってばー」



 先程の延長戦を繰り広げながら、窓を通して暗闇に消える。
 二人の姿が完全に見えなくなると正一は窓を閉め、スパナの方を振り返った。



「…雅なら大丈夫だよ。彼女の演技の凄さは君が一番よく知ってるだろ?」

「ああ、そうだな」



 正一の気遣いに軽く微笑みを返す。

 確かに雅の演技力なら今回の事態もくぐりぬけてくれるだろう。
 それよりも会場のダンスメンバーが減り過ぎていることの方が問題である。
 溢れかえる女生徒のお陰で誰がいない、なんて気付かれることはまずないだろうが、万が一の可能性もある。

 自分達に出来るのは、大事にしないよう通常を装って無事にパーティーを終了させることだけだ。
 後は彼等に任せてひたすら待つしかない。

 しかし、二人には一つ引っ掛かることがあった。
 獄寺が雅を拐ったベルフェゴールを追っているという情報だ。
 確かに彼等は少し因縁のある仲だが、本当にそれだけなのか。
 
 何となく、胸騒ぎが、した。






 月がぼんやり照らす森の中、二つの影が動いていた。

 一つは木の上を飛び移り、もう一つは地上で走って移動中。
 やや前者が前方に出ており、後者が前者を追う形だ。
 雅は前者に含まれた。

 ヒュンヒュンと風が鳴る音と共に、視界が上下に動く。
 ベルに担がれた雅は、彼の動きに合わせてなびく自分の髪を視界に入れながら、必死に浮遊感に耐えていた。
 ジェットコースターなどは好きな部類だが、これは根本的なところから別物である。

 退屈凌ぎと拐われてから恐らく約30分。
 未だに慣れない腹部の圧迫に心中で悪態をつく。
 大体、何故学校の近くに森なんてあるのだ。
 そう考えて、直ぐに思い直す。
 
 逆か。
 
 何故森の近くなどに学校を建てたのか。
 そもそも、何故自分がこんな目に遭っているのだろう。
 どんどん今の状況に関連した疑問へと発展していく。
 とりあえず自分は一体どう動くべきなのか。
 ぼんやりと、下に見える獄寺の姿を見た。

 走りながら此方を睨む目と、視線が交わる。



「ししっ、すっげー執着心。お前、アイツの何?」



 不意に投げ掛けられた質問に我に返る。
 少し思考を巡らし、素直に自分の考えを述べた。


「…別に何でもないんですけど。しいて言うなら私がツナさんの客だからじゃないですか?」



 期待外れだったのだろう。

 ちょっとした沈黙の後に、あっそ、と興味なさげな返事が返ってきた。
 彼にとっては獄寺が追ってくるという状況が重要なのであって、雅と彼の関係にはあまり興味はないらしい。
 あったら面白い、程度の気持ちで聞いてきたのだろう。
 
 実際、雅にも予想外の展開なのだ。

 勿論こんな人拐いに遭うこともだが、獄寺がここまで追いかけっこに付き合うのは計算外だった。
 拐われた当初は何だかんだで気楽に考えていたのだ。
 ベルの退屈凌ぎの対象が獄寺であることは様子から安易に推測できたし、獄寺が自分ごときの為にツナの元を長時間離れるわけもないと考えていた。
 そうなれば必然的に自分の価値はなくなり、ベルに関してもいつもの演技で興味を失わせる自信はあったからだ。
 
 しかし獄寺が足を止める様子はない。
 現場を目撃してしまった為に責任感というものが発生しているのかもしれない。
 対象がツナの客である自分であれば尚更か。
 
 どうしたものかと考えるうちに、ベルに対してはアピールをしていないことを思い出し、少しアプローチしてみようと思い立った。

 幸い体勢から彼に顔を見られることはない為、声だけで十分事足りる。
 あとは獄寺からの視線にさえ気を付ければいい。
 下からも見えない角度まで顔を下げて、少し抑えた声で話し掛けた。

 声を多少高くするのも忘れない。



「あの…何処まで行くんですか?」

「ん?…ししっ、俺が飽きるまでに決まってんじゃん」



 まさか話し掛けてくるとは思わなかったらしく少し驚いた様子が感じとれたが、直ぐに楽しそうな返事が返ってくる。

 雅にとっては大変よろしくない内容だった。
 彼が飽きるまで付き合うなんて堪ったものではない。
 これは本気でアプローチをかけなければと、本番に入った。



「…えっと…重くないですか?」



 更に声を抑えて、恥じらいを込めたように聞く。

 こういう状況では女子ならまず気にするところ。
 目のつけどころも演技としても完璧なはずだった。
 しかし、今回は相手が悪かったらしい。



分かんね。普段人間なんて運ばねーし」

「…」



 いや、そこは否定しろよ。
 
 ごもっともだが男としてそこは気を遣うべきだろうと心中で突っ込む。
 こういう面では骸などを見習ってほしいものである。
 が、いつも厄介者として考えてきた人物の名を挙げたところで、気付いた。

 目の前の人物はレアメンバー。
 普段あの場に顔を出さない連中である。
 つまり、普通に顔を出している本メンバーに比べて騒がれたりする経験が極端に少ないのだ。
 そんな輩にいくら普通の反応をアピールしようとしたって無駄だろう。
 そもそも、その『普通の反応』の基準が出来ていないのだから。
 
 これは思ったより厄介かもしれない。
 
 雅が重なり続ける予想外の展開に頭を悩ませる一方で、その努力を嘲笑うかのようにベルは彼女に興味を持ち始めていた。
 興味といっても所詮退屈しのぎ。
 あれば楽しい、程度のものだが、最近暇を持て余していた彼には結構大きな獲物だった。

 第一印象、からかいがいのある奴。

 自分とフランの会話に突っ込みを入れてくる姿が何となくウケた。
 雅は気付いていないだろうが、ベルは実は彼女の言葉はしっかり耳に入っていて、それをあえて無視したのだ。
 もしもあそこでただ黙ってつっ立っているだけの女であれば、あのまま立ち去っていただろう。
 獄寺が意地になって取り返そうとしているのも興味を誘った。
 そして拐ってみて新たに発見したこと。

 肝が座っている。

 一般人がこんな状態に見舞われれば、少なくとも緊張するものだと思っていた。
 職業上、人間のそういう部分には敏感だ。

 人は緊張すれば脈や呼吸に乱れが生じ、体温は低下する。
 どんなに冷静を装っても、それらは隠せるものではない。
 しかし、雅には一切そういうものが感じられなかった。

 脈拍、呼吸、至って正常。
 体温も温かいままで、長時間の無理な体勢に根をあげることもない。
 
 更にもうひとつ。
 獄寺とは違い、ベルにとってはそこまで気にする要素にはなりえなかったが、初めの印象と先程からの雰囲気の矛盾はカマかけの材料にはもってこいだと本能が告げた。



「ちびっこ」

「!ちび…!?」



 いきなりの失礼極まりない呼び掛け。
 彼女の、反応しそうになるのを必死に抑えつける努力を感じ、笑いを隠すこともせず続ける。





「その猫被りって、何か意味あんの?」





 ざあ。


 木のざわめきがやけに大きく聞こえた。



「…」



 反応が、あった。
 
 ほんの少しの、揺れ。
 普通なら見過ごすような一瞬の呼吸の乱れを察知する。

 しかし、それもあっという間に消失した。
 代わりに微かな溜め息。



「―…、ありますよ」



 脈拍、呼吸、乱れなし。
 体温、正常。



 ―面白いもん、みっけ。



 三日月型に歪んだ口から、白い歯がズラリと光った。