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05


―ふざけんな!―


 照明がついた、華やかな大広間には、先程とは変わり軽やかな音楽が流れ始めていた。

 そんな音楽を聞き流しながら現在雅の思考を占めるのは、ただ一つ。
 この予想外な展開を何とかして乗りきらなければという想いだけであった。
 目の前では骸が、そこらの女の子が卒倒しそうな笑顔で立っている。

 じっと佇む彼女に対しその手をとると、



「貴方と踊れるなんて光栄ですね」



 社交辞令の言葉と共に、手の甲に口付けをおとした。
 そこでやっと冷静さを取り戻した雅がいつも通り仮面を被ろうとするが、そこで気付く。
 
 周りの、女生徒の悲鳴と、痛すぎる視線に。

 考えてみれば当たり前な話だ。
 殆んどが女生徒同士で組むことになる中で、メンバーとパートナーになれた女が目立たないわけがない。
 ここからでは確認できないが、他のメンバーと当たった女生徒も同じ視線にさらされているだろう。
 しかも彼女の場合は、よりによって相手がサービス旺盛な骸である。

 何で私がこんな目に。

 嫉妬と羨望の視線が集まる中心で泣きたくなる心境を抑え、演技に入った。
 頬を染めて、うつ向き加減で口を開く。



「そんな…私も骸さんと踊れるなんて夢みたいで」



 消え入りそうな儚い声を聞きながら、骸は意味ありげに笑った。




―彼は、見ていた。

 スタートの合図と共に一つだけ、周りに逆らって逆流する影。
 比較的闇に慣れるのが速い骸の目は、その影をしっかり捕えていた。

 照明が消えた瞬間から、何か面白いことが起きる気はしていたのだ。
 学園長の説明を聞く間に迅速に闇に対応した彼の瞳は、暗闇の中の、そのちらりと垣間見えた顔でさえ判別した。

 見覚えが、あった。

 敵対心・興味・信頼と、自分が様々な思い入れをもつ沢田綱吉。
 彼の客だ。

 少しでも退屈をしのごうとする骸は、他のメンバーの客にも声を掛ける。
 勿論彼女も対象内で、何度か声を掛けた。
 しかし記憶を辿るものの、顔と指名相手以外は覚えていない。
 特別容姿が整っているわけでもないし、印象に残るような何かを持っているわけでもない、至って普通の女だ。

 自分への対応や反応も周りと同じだった。
 性格も大人しい、控え目タイプでパッとするものはない。
 だから今まで目にも止めていなかった。
 ただの暇つぶしの駒の一つでしかなかったのに。
 表向きのこの態度に反して、 明らかにこちらを避けるその行動に、興味をもった。

 退屈しのぎには十分、合格点。



「あの…」



 控え目にこちらの様子を伺う彼女に向かってクスリと笑うと、その身体をリードする。



「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。笑って下さい」

「…はい」



 嬉しそうにはにかむ雅を、愉快そうに見つめた。






 獄寺隼人の苛々は頂点に達しようとしていた。

 只でさえ予想外の意味不明な展開にいらついていたのに、今日はとことんついていないらしい。
 耐えきれず舌打ちを漏らせば、目の前の山本が笑った。



「はは、ご機嫌斜めだな獄寺」



 その言葉を引金に、とうとう額に青筋が浮かびあがる。



「ったりめーだろうが!何が楽しくててめぇとダンス踊らなきゃならねぇんだよ!」

「ん〜そうは言ってもなあ。ま、なったもんはしょうがないって。楽しもうぜ」

「楽しめるかッ」



 そう、現在二人はダンスのパートナーであった。

 暗闇で手を繋いだものがパートナー。
 この学園長の突発的なルールにより押し掛けた女生徒達にもみくちゃにされた結果、気が付けば二人の周りはパートナーだらけ。
 空いているのはいつのまにか隣にいたお互いしかいなかったのである。
 バックレようとも思ったが、すると敬愛するツナに何かがあった時に対応できないと思い止まった。

 気に入らないが身長は元々山本の方が高いため、体勢に苦労はない。

 因みに周りの女生徒達の反応は、その手もあったか!である。

 自分が組めないのであれば他の女にとられるより何百倍もマシ。
 それどころか見た目麗しい二人が同時に拝見できて万々歳だ。
 そんな女生徒達の自分達を見る恍惚の表情に顔をひきつらせながら、怒りを抑えて視線を巡らす。
 
 探すのは勿論ツナであった。

 妙な女とパートナーになっていないか確認する必要がある。
 それともう一つ、昨日練習を見た女生徒のことも少なからず気になっていた。

 あれから叩き込んで何とか形にしたが、このような展開になるんだったらほっておけば良かったと今更に後悔する。
 何故か、あの顔が頭から離れなくなっていた。



「…くそ!」



 思わず悪態をついた、次の瞬間、溢れかえる人の間に垣間見る。
 白と、幾度となく頭にちらつくその顔。



「!」

「ん?どうした?」

「あいつ…」



 不思議そうな顔をする山本を無理矢理ずらし見たい方向に転換する。
 目を凝らせば、やはり間違いない。

 確信すると同時に新しく入ってきた情報に、獄寺の目は見開かれた。
 対象は、彼女のパートナーであった。

 六道、骸。

 ツナの安全を第1として考える彼にとって、骸という存在は気に入らない部類である。
 唖然とした表情をした後、沸々と意味も分からぬ怒りが沸き上がった。



「あいつ、相手があの野郎かよ!?」

「お、あの子…骸がパートナーか。上手に踊れてるな」

「そりゃ俺が直々に教えたんだからな!くそ、こんなことになるんだったら教えるんじゃなかったぜ…っ」



 ツナの相手だからこそ足を引っ張りでもされたら困ると、時間を削ってまで教えたのに、完全に予想外だ。
 山本の言う通り、多少ぎこちないものの申し分ない程度に踊る雅を見て眉をしかめる。

 一層のこと足踏んじまえ!

 そう呟いた瞬間、



『あ…!』

「っのバカ!」



 雅が骸の足につまずき、体勢を崩した。

 反射的に叫ぶが二人の姿は一瞬人に隠され、一拍置いて、骸に受け止められる彼女の姿が視界に入る。
 ほっとするのも束の間、次の瞬間には思いっきり眉間に皺を寄せた。



「何やってんだあの女!あんだけ相手の足は踏むなっつっただろうが…っ」



 さっきの呟きと完全に矛盾する言い分に、山本は苦笑する。



「言ってることめちゃくちゃだな」

「るせぇ、てめぇは黙ってろ」



 自分でも分かっているのだ。

 いつも倫理的に物事を考える自分らしくないことは、自分がよく分かっている。
 それでも目がいくのは雅の方で。
 一番気に入らなかったのが彼女の表情だった。
 頬を紅潮させて、嬉しそうに、恥ずかしそうに笑う。
 昨日も自分達に向けてあんな態度をとっていた気がするが、骸に対するそれは、昨日以上に見えた。

 見れば見るほど気に食わない。



「…十代目の客のくせにへらへらしやがって」

「?何か言ったか?」

「何でもねぇ」



 気付かぬうちに漏れてしまった言葉に、バツが悪そうに目を閉じた。

 ツナを指名していながら、他のメンバーに気のあるような態度が勘に触る。
 普通の青春期女子ならそれも仕方のないことだが、男―しかもモテるタイプに生まれた彼に理解できないのは仕方のないことだと言えた。
 しかし、彼が本当にムカつきを感じていたのはそこではなかった。

 無理矢理そこに理由を落ち着け、自分に言い聞かせたが、その苛立ちの根源には薄々気が付いていた。

 現在進行形で脳裏にちらつく、あの笑顔。
 一時だけ見せた、心の底から笑ったような明るい笑顔が、今も自分を惑わせかきまわす。
 その笑顔と、普段の彼女の表情・態度がどうしても噛み合わなかった。
 自分にはツナのような超直感はないが、それが引っかかってしょうがないのだ。

 これ以上、振り回されるのは御免だった。



「意味、分かんねぇんだよ」



 一方向へと向かう視線を脳に逆らって外す。
 再び横切る笑顔を全身で拒否して、振り払った。






「…本当にちゃんと踊れてる」



 ポツリと呟くスパナをキョトンと見た正一は、その視線を追って驚いた。



「雅じゃないか!相手は六道骸…とことん運が悪いな」



 スパナとは少し違った観点を評価し、難しそうな顔をする。

 雅の目的をスパナ同様知っている正一は、今の状況が彼女にとってとても宜しくないことを瞬時に理解した。
 曲者が多い中メンバーだが、その中でも六道骸はかなり上位に入るだろう。
 自分のことでもないのに痛み始めた、プレッシャーやストレスに弱いお腹に顔をしかめる。

 いつもならここでお腹を押さえるところだが、生憎今は両手が塞がってしまっていた。



「…正一、リズムずれてる」

「あ、ああ…御免」



 メンバー同士でパートナーを組むことになったのは、獄寺と山本だけではなかった。

 スパナと正一も余り者同士、女生徒達のキラキラとした視線を受けている。
 正直、お互いにホッとした。
 いきなりこんな舞台に引っ張り出され、見知らぬ女生徒をリードするなんて気が気じゃなかった。
 それにしても、とスパナ同様、恋する乙女のような表情で骸の相手を努める雅に視線を移す。

 いつ見ても大した演技力だと思う。
 今の彼女を見れば、誰が見ても骸に心奪われる少女だ。
 彼の名前を出した時の露骨に嫌がる顔を思い出し、小さく吹き出した。

 とても、同じ人物とは思えない。



「相変わらずの演技力だな」

「…ああ、雅の演技は凄い」



 雅から視線も外さず受け答えするスパナを見て、正一は少し、違和感を感じた。

 長い付き合いの彼だからこそ気付いた、些細な変化。
 何となくだが、何か深く考えこんでいるような気がする。
 彼女の相手が骸であることに心配を感じている、と言ってしまばそれで終りだが、恐らくそれだけではない。



「スパナ、何かあったか?」

「…雅が、ちゃんと踊れてる」

「はあ?」



 思わず口に出た、意味が分からないの合図に口を一旦閉め直す。
 そういえばさっきも同じ様なことを言っていたなと記憶を辿り、そこでまた綻びを見つけた。

 彼は、昨日彼女の練習を見た筈だ。
 その為に自分は腹痛に耐えながら此処を貸し切りにしたのだから。
 一番彼女の状態を理解している筈の彼が、何故踊れていることに驚くのか。
 昨日は結局上手いこといかなかったということだろうか。



「昨日練習見たんじゃないのか?」

「結局最後まで見れなかった。途中でボンゴレが来て、非常口から出したから」

「なるほど。で、それから雅は帰ったのか?」



 そこで、スパナは初めて視線を正一に戻した。



「…他に学校に来てた人間がいて、指導を受けたらしい」

「え、それって男?」

「……多分。ちゃんと聞いたわけじゃない」



 そこまで聞いて、正一の中で色々と繋がる。
 違和感の正体にも気付いた。

 普段の彼なら、予定外のこの状況では、雅が踊れているかよりも自分同様、骸がパートナーになってしまっていることに観点を置く筈だ。
 それが今日は彼女の踊りの方に気をとられている。
 スパナに自覚があるかどうかは些かではないが、正一から見れば、彼の雅に対する想いが友達や仲間を超えたものであるのは一目瞭然であった。
 
 気持ちが分からないわけではない。

 正一から見ても、雅は十二分に魅力的な女性だ。
 そんな彼女と小さい頃からの知り合いである彼が、大切に思わないわけがない。
 女性のダンスの相手は練習といえど男と考えるのが一般的である。
 大切な幼なじみからそんな話を聞けば考え込むのも無理はないと言えた。

 やれやれと困ったように笑うと、その肩を軽く叩く。



「女性にステップやコツを教えてもらった可能性だってあるじゃないか。それに雅の性格は散々見てきただろ」

「そうだな」



 スパナも正一の気遣いに気付き、微かに笑った。
 全て彼はお見通しらしい。

 しかし、スパナが考えているのはそれだけではなかった。
 恐らく正一も同じ事を考えているだろう。
 あんな時間に、生徒が来る可能性は至って低い。
 しかもダンスの知識がある者なんて、限られてくるのだ。
 先程も出されたように女生徒である可能性も考えられなくはないが、女性が出歩く時間帯ではない。

 すると残る可能性は、メンバーしか、なかった。

 更にツナが来た、というところから、簡単に導き出せる人物が二人いる。
 雅のことだから、きっと何かあっても自分達に心配を掛けさせまいと嘘をつく筈だ。
 メンバーが彼女の本性を知れば、遅からず興味を持つことは間違いなかった。
 どうか、この予測が当たっていないようにと、願う。

 骸に照れたように笑いかける雅を、大切な幼なじみを、じっと見つめた。