×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

04


― これ以上プランを狂わせないで下さい―




「スパナ!」



 雅は携帯片手に、先程の電話相手に駆け寄る。

 場所は、スパナは知るはずはないが昨日使用したばかりの、体育館。
 一応、スパナも例の特殊な団体に関わる人物な為に人前で親しく話すのはまずいということで、学園内で話す時はこういう待ち合わせをよくする。

 急な連絡に驚きながらも笑顔で走り寄る雅を視界に入れると、スパナは目を丸くした。



「その恰好…」



 彼の反応に少し首を傾げるが、その対象に気付くと照れくさそうに笑う。
 


「うん、パーティー用。もう皆着替えてるよ。着慣れないから恥ずかしいんだけどね」



 そう言う雅は、白いワンピースに身を包んでいた。
 足元には同じく白の、適度な高さのヒール靴。
 肩までの黒髪は今日は横で一つに束ねている。
 ワンポイントの真っ白な薔薇のコサージュがアクセントとして輝いていた。

 スパナはそれらを一通り見つめると顎に手を置き、考えるそぶりを見せる。



「ジャッポーネではこういうのをなんて言うんだっけな…」



 一拍置いて、思い出したように一言。



「…ああ、孫にも衣しょ」



―ミシ


 言い終わる前に、雅の綺麗なチョップが頭頂に決まった。

 自分でもこんな女の子らしい恰好が似合うとは思わないが、そうはっきり言われると思わず手が出てしまう。
 ムスッと頬を膨らませる雅を見て少し笑うと、スパナは自分の頭に乗る彼女の手をゆっくり外した。



「冗談だ。似合ってる」

「…有難う。お世辞でもスパナに言われると悪くないね」



 一瞬固まった後、軽く頬を染めて微笑んだ。
 スパナや正一、ツナなどには素でときめくことも少なくないから困る。

 お世辞じゃないんだけど、と呟くスパナの声は雅の耳には入らず、本題に話を進めた。



「で、話っていうのは?」

「ああ、昨日はごめん。結局ダンス最後までみれなかった」

「そんなこと全然気にしなくていいのに。それの為にわざわざ?」

「ウチは声だけの会話は苦手だ。それに雅とはちゃんと顔を見て話したい」

「スパナ…」



 キュン。
 またも独特の擬声音が鳴る胸元を抑え、キラキラとスパナを見た。

 お前って奴は何て可愛いんだ…!



「それだけで嬉しいよ。気にしないで。ちゃんと踊れるようになったから」

「え?」

「…」



 失礼な。

 スパナの口元に手を伸ばし、ポロリと落ちそうになる棒付きキャンディを再度口に押し込んでやる。
 あまりの驚きようにそんなに意外だったかと少しムキになりかけるが、それよりも昨日の出来事を話すかどうか迷った。
 彼女の目的―目立たず平和に学園生活を送ること、を達する為には、メンバーとの不必要な接触は避けたいところ。
 昨日の獄寺と山本とのダンス練習なんてもっての他だ。

 これらを話せば、雅の目的を知っているスパナは責任を感じてしまうだろう。
 勿論彼が悪いわけではないが、彼の性格を知った上での雅の判断だった。
 一呼吸置くと、ボロが出ないよう言葉を選んでゆっくり喋る。



「他にも学校来てる人がいてね、教えて貰ったの」



 嘘は言ってないぞ、嘘は。

 演技は得意だが嘘は下手といった変な感覚の雅は、内心冷や汗ダラダラだった。
 そんな彼女の言葉に、スパナは軽く目を見開く。



「…それは」

「え?!なに?」



 いきなり何かまずいことを言ったのかと身構えるが、そこから先は沈黙しかなかった。



「…スパナ?」

「ごめん、何でもない。それより踊れるようになったなら良かった。そろそろ時間だ、戻った方がいい」

「あ、うん」



 笑ってはくれているが、雅にはどこかぎこちなく感じる。
 心配そうに様子を伺うものの、促されてその場を後にした。



「…」



 雅の消えた扉をじっと見つめる。
 一人になった体育館で、スパナは暫く立ち尽くした。






 いつもより華やかに飾られたその建物内では、綺麗に着飾った女生徒達で溢れかえっていた。

 自分磨きに最大の努力を注ぎ、お目当ての人物に想いをはせる。
 そんな浮きだった空気の中、音楽が何処からか流れてきた。
 徐々に大きくなっていくその音楽に、女生徒達の注目も一点に集中していく。

 大広間から見て正面の、一番大きな扉。
 注目を浴びる中、その扉が大きく開かれた。


―バンッ


 一拍置いて、正一とスパナが顔を出す。
 今日はいつもの白い制服ではなく、正装だ。
 嬉しい予想外な要素に黄色い歓声が飛ぶ。
 正一は困ったように、スパナはいつもの無に近い表情で。

 各々の態度で二人が前に達すると、それが合図のように、開いたままの扉から次々とメンバー達が顔を出した。



『きゃあぁああぁあ!』



 一層激しくなる歓声に耳を防ぎたくなるのを我慢しながら、雅も必死に目を凝らす。

 骸、ディーノ、白蘭、人気メンバーを始めとして今まで見たこともない人数が二人の後ろに並んでいった。
 初めて見る、全員集合というやつだろうか。
 中にはあまり見覚えのない顔もある。
 恐らく女生徒達の言う『レアメンバー』だろう。
 登録はしてあるものの、本当に気が向いた時にしか顔を出さない、自由人。
 
 勿論、雅も相手選出の際に二人から聞いていた為に、そういう存在があることは知っていた。
 そういう者に的を絞るという手も考えたし、正直、そちらの方が行く回数も少なく済むため楽だと思った。

 しかし、何せその来る頻度が低すぎるのだ。
 半年に一度顔を出せば良い方、二ヶ月に一度顔を出せば嵐がくるとまで言われている。
 
 そんなメンバーにも客がついているのが驚きだが、そんな頻度では客にも失礼だ。
 その為、そのメンバーを選んでいる客には、ヘルプとして第2希望指名者を出して貰っている。
 これは強制ではないが、彼等を指名する女生徒は全員この条件を有難く呑んでいる為、第2希望を出さない方が目立つ。

 すると振出に戻り、更に性格も一筋縄ではいかないという話。
 ぶっちゃけ面倒事を増やすだけだ。
 そう結論を出した雅は、『レアメンバー』は真っ先に選考から除外した。
 その為、指名相手であるツナ以外のデータもある程度把握している彼女だが、彼等のデータだけはない。

 しかし、備えあれば憂いなし。

 今からでも顔だけは把握しといても損はないかと、この場を利用して見覚えのない顔をチェックし始めた。
 その最中、獄寺と山本の姿を見つけ、避けるように慌てて視線を反らす。
 この数の女生徒の中、雅一人を見つけることなど出来る筈がないことは分かっていても、じっと見ておくことはできなかった。
 それでもその作業をやり通して、記憶にない顔を頭に叩き込む。

 あとで正一かスパナに聞いて名前と一致させよう。

 雅のその作業が終るのを見計らったかのようなタイミングで、正一が口を開いた。
 襟に設置した小型マイクが、音を立てる。



「お集まりの皆様、本日はお忙しい中、誠に有難うございます。この団体始まって以来初のダンスパーティーです。どうぞお楽しみ下さい」


 
 拍手と歓声の中、スパナが恒例の抽選箱を出した、その瞬間。


―ブッ


 大きな音と共に照明が落ち、その場が驚きで包まれた。



「何だ?!」

「多分、ブレーカーが落ちた」



 二人も一緒に驚いているところを聞くと、演出ではないらしい。
 動揺が広がるのを感じた正一が慌ててマイクに手を添えるが、それより先に、スピーカーが則られた。



『今日は抽選はなしだぞ』



 突如、幼い声が聞こえる。
 言葉より先にその子供の声に生徒達は困惑するが、正一の呟きははっきり耳に届いた。



「…学園長」



 その一言で、辺りはざわめきに包まれる。

 実は、この学園の生徒は一度たりとも学園長を見たことがなかった。
 卒業式や入学式を含めたあらゆる場でも、一度も姿を現したことがないからだ。
 それらの際は先生方が代役と称して、予め用意していた文の文字をつむぐことで学園長の不在を補っていた。
 したがって、生徒達の間では『学園長は存在しない』という噂までたっていたのである。
 そんな状態から初めて聞いた学園長の声が子供のそれで有れば、困惑するのも無理はなかった。

 しかしながら雅に関しては、知り合いの二人から度々『学園長』という単語を耳にしていた為に、その幼さ以外はそれほど衝撃は大きくなかった。



「…学園長、やっぱりいたんだ」



 ポツリと呟く雅の言葉は、次の放送の台詞に掻き消される。



『本日は指名も何も一切なしだ。サバイバル戦で相手を決めるんだぞ』

「サバイバル!?ちょ、何考えてんだよリボーン!」


 
 その内容もさながら、正一より先に反応して上がった声に、雅は首を傾げた。



「…ツナ?」



 学園長と知り合いなのだろうか。

 やけに砕けているというか、突っ込み慣れている気がする。
 リボーンとは学園長の名前なのか。
 声を荒げるところを見たことがなかった為に少々新鮮に感じるが、争い事が嫌いな彼のことだ。
 サバイバルという言葉に、皆の危険を思って反論してくれているのだろう。
 何ともツナらしい。

 自分でも気付かないうちに微笑む雅であったが、続いた学園長の説明に、その表情は固まった。



『黙って聞けツナ。ルールは簡単だ。この暗闇の中で、誰か一人と両手を繋ぐ。そいつがダンスのパートナーだ』

「…はい?」



 ちょっと待てよ。

 ぐるぐると雅の頭が回り始める。
 どんどん展開が変わってきている。
 今日はいつも通りに抽選で平和に順番を待って、ツナと無事にダンスを終えて、その後はゆっくり鼻歌でも歌いながら帰る予定だったのに。
 ぴしりと皹が入るプランに膝が崩れそうになるのを、必死に抑える。

 そんな雅の心境をよそに、話は進んでいった。



「クフフ、面白そうですね。しかし明らかに女性との数が合いませんが」



 そうだ。

 メンバーはざっと見ても20人とちょっと。
 それに比べ女性はその五倍以上はいる。
 このままさっきのルールに従うならば、どう考えても計算が合わなかった。
 普通に考えればダンスは男女で踊るのが常識だ。

 普通に、考えれば。

 ふと、雅の中で展開が読めた。

 まさか。

 ニッと笑う気配が、した。



『言っただろ。手を繋いだ相手がパートナーだ。それ意外のルールはねぇぞ』



 やっぱり…!

 当たった予想に雅は頭を抱えた。
 つまり余った女性は女性と踊れ、と。



「なるほど」

「メチャクチャだー!」


 
 骸の納得より、ツナの突っ込みに大いに同意した。
 そして、雅は『サバイバル』の意味を今更ながらに理解する。


ゴゴゴゴゴ


「ひ…」



 周りが、燃えている。

 それはそうだろう。
 何が楽しくて、このような場で同性と踊らなくてはならないのか。

 この際、メンバーなら誰でもいい。

 目を光らせた女生徒達が、周りを敵と見なし始めた。
 いくら暗闇で視界が悪くとも、空気の変化は一目瞭然。
 闘争心や軽い殺気まで混じるその雰囲気の中で、雅の脳内で完成していたプランの皹が大きくなっていく。

 心なしか楽しそうな放送の声はその間も続いた。



『友好関係を広める意味合いもあるんだぞ。因みに今日は正一とスパナも参加だ』

「ええ?!」

「え」

『きゃあぁああ!』



 まさか自分達まで巻き込まれるとは思っていなかったのだろう。

 驚きに声を上げる二人に対し、待ってましたとばかりに黄色い歓声が飛ぶ。
 元々二人も人気は高かったし、これで確率が二人分上がるのだ。
 女生徒からすれば嬉しい要素に違いなかった。
 二人には色々と世話になっているし、何とかしてやりたいが、こればかりはどうしようもない。
 不憫には思いながらも、雅には手を合わせることしかできなかった。

 ご愁傷様です。

 チーン。

 二人へ心からの応援を送ると、自分も深呼吸をして身構えた。

 もうこうなったらやるしかない。

 女の子は怖いが、冷静に考えてみれば、女の子に当たり続ければこれより都合のいいルールは他にない。
 この低い確率ならメンバーと当たる方が難しいだろう。
 今、彼等は前に固まっているのだ。
 ここから動かなければ大丈夫。
 キッと前を睨み付ける。

 それを待っていたかのように、開始の合図が掛けられた。



『じゃあ一回目、始めるぞ。ミュージック、スタート』

『きゃあぁああ!』

「わ…」



 学園長の声と入れ替わりで軽快な音楽が流れるや否や、雅を物凄い圧迫感が襲う。

 皆考える事は同じらしい。
 余程の運動神経や勘がなければ、この暗闇の中自由に動くことはできない。
 前に固まるメンバー向けて、我先にと前進していた。

 その威力は雅の予想以上だった。

 覚悟はしていたものの、軽くよろめく。
 そのまま流れに乗りそうになるが、そんなことをすれば誰かにかち当たる可能性が上がってしまう。
 ここは意地でもと踏ん張り、逆流し始めた。
 後ろに行けば、安全地帯だ。
 顔に、腕に、肩に、足に、あらゆる場所に打撃を受けながら、人波に逆らった。
 その甲斐あってか、ふと伸ばした手に圧迫がなくなる。

 出口に出た!

 達成感で、気を抜いたのが裏目に出た。



―ドン


「っわ…」



 最後に喰らった衝撃に耐えられず、身体が傾く。
 流石にこれはこける、と冷静に判断を下すと、それに備えて構えた。
 受け身は得意だった為に焦ることもなく意識を集中する。

 しかし、その身体が床とご対面することはなかった。



―ドサ


「!…、へ?!」



 何かにぶつかる感覚。
 香るセンスのいい香水と、両肩に置かれる手。

 誰かに受け止められたと解釈する他なかった。
 しかし、明らかに男性のものであるそれらに、雅の顔は蒼白になっていく。
 この場にいる男性なんて、彼等しかありえない。

 何故こんな後ろにいるのだろうとか、どうやってあの女性群から逃げ切ったのかとか、そんな疑問は吹っ飛んだ。

 せめて厄介な人じゃありませんように…!

 普段信仰などしていない神に必死に祈りを捧げながら、恐る恐る顔を上げる。



「…あの、すいませ」



 その瞬間、見計らったかのように照明がつく。
 いきなりの光に目が霞むが、それに構う暇などなかった。

 背中を冷や汗が伝う。



「…嘘」



 その瞬間、雅は本気で神を呪った。

 これからも絶対信仰などしてやるものか。
 思わず目を見開く彼女の視線の先には、



「誰かと思えば、貴方でしたか。今日はえらく積極的ですね」



 妖艶に微笑む骸の姿が、あった。

 ガラガラと、プランの崩れる音がした。