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03


―何か色々すいません―




「…で、どんくらい苦手なんだ?」

「…相当です」



 夜の静寂に包まれた広い体育館に、大きくはない雅の声が響き渡る。
 
 まさかの流れでメンバーの二人に練習を見てもらうことになった雅は、二人と共に体育館に足を踏み込んでいた。
 着いて早々、獄寺に問われた質問。
 下手に見栄を張れば後々痛い目をみるのは明らかだった。

 山本は根っからの人気者タイプで、誰にでも気さくで優しいのがウリな為、問題はない。
 寧ろ考慮に入れなくてはならないのは、



「相当…?そんなことで十代目のお相手が出来ると思ってんのか!?」



 この、ヤクザにも通用しそうなガンを飛ばしてくる獄寺隼人の方だった。

 ワンツーマンの時はどうなのか知らないが、普段の接客は待合室で一斉に行われているので他の接客の様子も窺うことが出来た。
 その中でもよくこれで成り立っているものだと感心する数人のメンバーに、彼もカウントされている。
 
 始終不機嫌極まりない表情で一方的に会話を聞いてるだけで、しまいには自分の相手そっちのけでツナの客にガンを飛ばす始末。
 雅もよく凶器のような視線を受けた覚えがある。
 それでも彼の客は減らないのが不思議である。
 男はちょっと悪い方がモテるというアレだろうか。

 じっと見つめすぎたのか、ますます眉間に皺を寄せた獄寺に、雅の意識が引き戻される。



「す、すいません!えっと…」



 女の子なのだから気弱に振る舞っておけば間違いはない。

 気弱に気弱に…。 

 心中で呪文のように唱えて自己暗示をかけながら眉をハの字に下げると、その思いが通じたのか、山本が助け舟を出した。



「獄寺、もうちょっと朗らかにいこうぜ。と、こうしてんのも何だしとりあえず踊ってみっか」

「はあ…」

「てめぇはいっつもいい加減すぎんだよ野球馬鹿!」

「だからそうカリカリすんなって。な?」



 笑いながら獄寺の肩を軽く叩くと、自然な動作で雅の手をとる。

 天然強し。

 流れるような動作に思わずほうけていると、何処からか音楽が流れてきた。
 見ると、獄寺の手元の携帯から軽やかな音楽が流れ出ている。
 考えてみれば、初対面の人間にダンスを教えるだなんて彼等にとっても予定外なわけで、正式な音源を用意することなど出来る筈がなかった。
 意味もなく申し訳なささを感じていると、軽く身体を引っ張られる。

 笑顔の山本と目が合った。



「とりあえず動いてみようぜ」

「あ、はい」



 雅が一歩を踏み出した瞬間。


 ギュム。


 明らかに床では鳴らない効果音が、大音量の音楽をバックに三人の耳に届いた。



「…」

「…」

「…」



 沈黙が、降りる。

 嫌な予感を確信しながらも下に視線を下げれば、予想通りの光景。

 自分の足が、山本の足を下敷にしている。

 今は体育館ということでシューズな為にそんな痛そうには見えないが、明日の本番では正装が決まりだ。
 これがヒールの足に早変わりである。
 考えただけで、痛い。

 スパナとの練習でも酷いものだったが、まさか一歩目から踏んでしまうなんて。
 柄にもなく緊張していたのだろうか。
 ショックとパニックで固まり動けずにいると、押し殺すような、明るい笑い声が耳に届いた。



「っ…はは…!本当に苦手なのな」

「…!すいませ…っ」



 楽しそうに笑う山本の言葉にようやく我に返った雅は、彼の足を踏んだままであることに気付き、慌てて飛び退く。
 勢い余ってバランスを崩し掛けるが、山本がしっかり立て直した。



「あ、有難うございます、って痛くなかったですか!?」

「全然平気だぜ?気にすんなって」



 にこやかに笑う山本は流石だと思う。
 勘の良さという決定打によりツナを選出したが、彼も最終選出まで残っていた一人だった。

 スパナ・正一と共にうんうん唸って行った選出会を思い出し人知れず笑ったが、忘れたわけでは、ない。
 冷や汗を浮かべながら、何事もなかったかのように流れる音源の方向をぎこちない動きで覗き見る。
 そこには獄寺の、顔を伏せてプルプル肩を震わせる姿。

 ああやっぱり。

 手に持つ携帯がミシミシと音をたて、今にも壊れそうだ。
 それはそうだろう。
 これで、大事なツナの相手をしようというのだから。

 こればかりは自分が悪いのを自覚している為に、逆ギレするわけにもいかず、空笑いを浮かべて獄寺の次の言動を待った。
 分かっているのかいないのか、山本が前で計画を練り始める。



「ん〜まずは基本のステップからだな」

「あ、…」



 はい、と応じようとした次の瞬間。



「ステップなんてもんじゃねえ!まずダンスの方向からだ!!」

「わ、」

「ん?交代か?」



 カッと目を見開いた獄寺がズンズンと雅達の方へ歩き、携帯を山本に押し付けて雅の手を奪った。
 あまりの形相に、雅もポカンと見守るだけだ。



「てめぇはLODも知んねえのか?!」

「LOD…?」

「ライン・オブ・ダンス!踊る向きのことだよ、基本中の基本だろうが!」



 そういえば聞いたことのある響きだと記憶を引っ張りだす。

 授業…?違う。

 授業では勿論しただろうが、自分はことごとくずる休みをしたのだから受けてもいない授業の知識があるわけがない。
 もっと最近だ。

 不意に、マイペースな声が蘇ってきた。



『雅、まずダンスの基本はLODだ。反時計回りの方向に踊る』

「…あ」



 思い出した。

 スパナとの練習で一番初めに聞いた説明だ。
 雅の場合は基本のステップが危うかった為にそれからすぐステップの練習に入ったのだ。
 忘れてた。



「…私逆方向に動こうとしてたんですね」



 スパナとの練習の時は彼の誘導で偶々方向が合ってたわけか。

 一人納得すると同時に、原因が明確になってすっきりした。
 これが分かれば少しは相手の足を踏む回数を減らせるかもしれない。
 晴れ晴れしい表情で一人頷く姿に怪訝そうな顔をしながらも、獄寺の話は続いた。



「姿勢も悪い。膝に力入り過ぎだ」

「はい」



 それもスパナに言われたことだ。
 どうも余分な所に力が入ってしまうらしい。



「背中もむやみに反らすんじゃねぇ」

「はい」



 中々指導が本格的になってきた。
 本気で教えてくれるつもりらしい。
 意外にマメな指摘に内心驚きながらも素直に頷く。

 そんな雅をよそに、彼の口は止まることはなかった。



「クローズポジションで、頸部は伸展気味で相手の目線より5度上、体幹は10度伸展、骨盤は床と平行に」

「…はい」



 止まることは、なかった。



「ターンの時はむやみに回るんじゃねぇ。爪先を軸に、てこの原理を利用してだな」

「…」



 分かるか。

 何だかどんどん論理的になっていく指摘に、雅の目が死んでいく。
 光を失う瞳に対し、口元は笑ったままだ。
 笑うしか、ない。

 ここで妙な発言でもしてみろ、水の泡だぞ。

 水の泡、みずのあわ、ミズノアワ…。

 自己暗示を掛けながらひたすら呪文のような言葉を受け流していく。
 生きていく為の頭の良さは備えている雅だが、勉強という面では中の中。
 勉強自体も大嫌いな彼女には少々キツイ指導だった。

 やっぱりこの人とは相性良くないのかもしれない。

 軽く明後日の方向を見ながら考えていると、肩に手が置かれた。



「獄寺、そりゃ難かし過ぎるぜ。ダンスは動いて覚えるもんだろ」



 ごもっとも。

 隣で困ったように笑う山本に賛同する。
 彼も自分と同じタイプらしい。
 仲間がいた事に喜びを感じるが、獄寺は不服そうな顔をした。



「んだと?じゃあてめぇはどういう風に教えんだよ?これが一番手っ取り早いだろーが」

「んー…もっと感覚的なもんでいーんじゃねぇか?」

「んな適当なもんで分かるか。そこまで言うならやってみやがれ」



 顎に手を当て考える山本に、雅の期待の視線が注がれる。
 二つの視線に見守られる中、山本がにこっと笑った。



「そうだな〜スイースイーぎゅ、クルンって感じで」

「…はい?」



 思わず返事が疑問詞になってしまった。



「……話になんねぇ」



 頭に手をやる獄寺の前で、雅も静かに頷く。

 分かるか。

 瞳に戻り掛けた光が再び消えていく。
 感覚的にも程がある。
 期待していただけに打撲は大きかった。

 しかし、山本らしいと言えば山本らしい。
 獄寺の論理的指導も、彼がずば抜けた頭脳の持ち主であることを考慮に入れれば何とも獄寺らしい。

 人に教えると言うくらいだから教え方に自信があるのかと思えば。



「感覚的過ぎんだよ!そんな指導で踊れたら苦労しねぇだろうがっ」



 一人は論理的過ぎてついてけない。



「こういうのは頭で考えるより体で覚えた方が早いって」

 

 もう一人は感覚的過ぎて理解不能。



「いーや、ダンスはまず知識を取り込んどかねぇと形になんねえ」



 全く。



「体動かして覚える方が楽しいぜ?」



 面白い。



「…っ…あはは」



 言い争う二人に、堪え切れずに笑う。

 メンバーは皆、ダンスなんてお手の物で、教えるのも上手いのが当たり前だと思っていた。
 とんだ勘違いだ。
 やはり資料だけでは図りきれないこともある。

 こうして直接関わることがなければ、この者達のこんな1面は見られなかっただろう。
 ツナ以外のメンバー相手にこんな素で笑うなんて、考えもしなかった。

 いきなり笑いだした彼女に獄寺と山本は呆気にとられるが、その笑い声が消えることはなかった。

 それでも暫く声が掛けられなかったのは、印象があまりに違ったからだ。
 彼等からみた彼女は、比較的大人しいお嬢様タイプだった。
 しかし、豪快にケラケラ笑う姿にはそんな要素は一欠片も見当たらない。

 あまりに楽しそうに笑うから、目が離せなかった。



「な、に笑ってやがる!」

「何か楽しそうだな」



 ギャップに驚くものの各々反応を返せば、次の瞬間には今までのイメージ通りの彼女が立っていた。



「あ…ご免なさい。お二人とも仲が良いんですね」



 少し頬を染めると、控え目にはにかむ。

 魔法がかかったかのように、さっきの少女は消えた。
 獄寺は、ちょっとした違和感を抱えながらも、元に戻った空気にどこか安心する。

―呑まれるかと、思った。

 ちらりと雅と笑い合っている山本を見るが至っていつも通りで、一人苛立つ。
 何に苛立っているのかは分からなかった。

 ツナの相手でありながらダンスがなってない雅に対してなのか。
 その笑顔に呑まれ掛けた自分に対してなのか。
 同じものを見ていながらいつもと変わらない山本に対してなのか。

 わけが、分からない。

 苛ただしげに頭に手をやると、きっと目の前の二人を睨んで叫んだ。



「おい、時間がねぇ。気合い入れろ、仕上げんぞ!」



 山本から携帯を奪うと、きょとんとする雅の手を押し付ける。



「今日中に完璧に踊れるようになって貰うぜ。十代目に恥をかかせるような真似は許さねぇ」

「…そのつもりです」


 
 ここまでして貰ったのだから。

 ニコリと笑う雅から意味もなく目を反らした。