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02


―こんなつもりじゃなかったのに―




 夜、例の離れ校舎には明かりがともっていた。

 明日は学園の全校女生徒が心踊らせて待ちに待ったダンスパーティーである。
 その知らせが発表されてからというもの、女生徒の気合いの入れ方は凄まじかった。
 メイクや髪型など外見に気を遣うのは勿論のこと、教科書の代わりにダンスの本が机の上に居座っている、なんてことも当たり前。

 誰もが自分磨きに没頭している中、飴凪雅は倒れて、いた。
 パーティーに備えてテーブルや椅子を全て取り去った、豪華な風貌の大広間。
 何時もは待合室として存在していたその場所で、見事に突っ伏していた。



「…無理」



 低い声で唸る彼女を人影が覆う。



「雅、まだ時間はあるけど」



 諦める?とでもいうようなニュアンスを含んだスパナの問いに、睨みを返す。



「やるに決まってるでしょ!明日出席しなかったらそれこそ今までの苦労が水の泡!」

「別に一回くらい大丈夫だと思うけど。風邪とか理由つければ…」

「それはアタシのプライドが許さん。それにそういう一回がいつどんな時に障害になるかも分かんないんだから」



 一人ぷすぷすしながら重そうに体を持ち上げる。
 それに少し手を貸しながら、スパナは頭をかいた。



「でも出席しても今の状態じゃ逆に目立つ」

「うっさい!だからこうして練習してるんでしょーがっ」



 顔を赤く染めながらその頭にチョップを喰らわす。


―そう、雅はダンスが大の苦手だった。


 この学園では女生徒は女性らしさを身に付けるということで、他の学校より茶道やマナー、社交ダンスのような内容は充実していた。
 しかし生憎彼女は元々そういう優雅なものは性に合わず、どちらかというとスポーツや格闘技で体を動かす方が好きなタイプだったのである。
 その為、体育ではダンスやバレーの授業は尽くずる休み。

 その報いだろうかと、雅は微笑みながら明後日の方向を見る。
 こっちに戻ってこい、という願いを込めてスパナはチョップを返した。



「って何すんのスパナ!」



 やはりと言うべきか覚醒した彼女から二倍の重さのチョップを返されるが、彼は慣れなのか気にせず続ける。



「とりあえず最低限、相手の足を踏まずにステップを踏めるくらいにはならないといけない」

「うん。これで出来るようにならなきゃ正一に悪いしね」



 お腹が痛いと言いながら、学園長に内緒で此処を貸しきってくれた正一を想って苦笑を溢す。
 よしやるか!と意気込み、姿勢を正すとスパナに手を差し延べた。



「スパナ、もう一度お願い出来る?」

「雅が望むだけ」



 少し微笑んで手を取ってくれる彼に、雅は別の意味で漏れそうになる溜め息を咬み殺す。

 容姿は悪くない。
 性格も個人の好みだろうが、自分から見れば好ましい。
 何度か、スタッフではなく接客メンバーとして働いてみてはどうかと声を掛けたことはある。
 現にスパナや正一狙いで来ている女生徒も少なくはないのだ。
 しかし彼の答えは変わらず、自分には性が合わない、の一点張りだった。

 勿体無い。

 雅の視線に不思議そうな顔をするスパナだったが、不意にバッと振り向いた。



「スパナ?」

「…まずい」

「え?何が…」



 雅が言い終わる前にスパナは彼女の手を取って移動し、彼女を非常口用の扉に押し込んだ。



「ちょ、スパナ…?!」



 突然の行動に驚くが、スパナが口元に人差し指を置くことで騒いではまずいのだと悟り口を結ぶ。
 雅を外に出したまま扉は閉められた。
 暫くじっとしていると、正門側の扉の音と同時に室内から聞き慣れた声が聞こえた。



「スパナ!こんな時間までまで仕事?」



 優しい響きを含みながらも人見知りをしない、そんな声。

 沢田綱吉だ。

 明日、ダンスのパートナーとなるだろう声の持ち主の登場に、体が固まる。
 こんな時間にこんな場所にいるのがバレたらそれこそ今までの苦労が水の泡だ。
 彼の性格上そこまで心配することはないだろうが、どこで情報が漏れるか分からない以上、用心に越したことはない。

 ここで見つかるわけにはいかない。
 スパナに感謝しながら成り行きを見守る。



「いや、個人的にやることが残ってた。ボンゴレは?」

「なはは…ちょっと練習しとこっかなって思って…」

「練習?ダンスの?」

「うん。俺ダンスとかそんな得意じゃないし…折角来てくれる子達には楽しんでもらいたいから」



 ツナ…あんたって人は…!

 頭をかきながら控えめに笑う彼の様子は、外にいる雅にも想像は容易く、その思いやりの心に一人感動する。
 どこぞやのパイナポーやマシュマロ星人にも見習わせたい。

―自分の世界に入ってしまったのがいけなかった。
 人が近付く気配に、気付かなかった。



ガサ



「…!」



 突如後ろから発せられた音に身構える。
 そんな雅をよそに、音の発信元達は現れた。



「あ…」



 思わず息を飲む。

 やってしまった、と後悔の波に襲われた。
 何故この可能性を考えなかったのか、酷く自分を疎ましく思う。

 ツナがいるのに、彼等がいないわけが、ない。



「…おい、てめぇこんな時間に何やってやがる」

「まあまあ獄寺、落ち着けって。何か忘れ物か?」



 敵を前にしたような鋭い視線を送ってくる男と、それを抑えて爽やかに笑う青年。

 獄寺隼人に、山本武だ。

 両人共に、ツナを語るなら外せないという程に彼と仲が良い。
 何でも中学時代からの同級生らしい。
 厄介な事になったと頭を抱える雅は、どう言い訳をしようかと悩んだ。
 忘れ物と答えれば、獄寺は疑い深さから、山本は良心から着いてくるだろうと予測する。

 嘘は綻びやすい。
 後々面倒だ。

 彼女の頭は、ここは正直に話した方が無難だと結果を出した。
 カポリと仮面を被ると、おどおどした様子で口を開く。



「あ、あの…私ダンスが凄く苦手で。でも明日のダンスパーティーには出席したいんです。だから練習をしたくて…」



 視線を落としながら小さくすいません、と言われれば、大抵の人間はそう責めはしないだろう。

 しかし、雅はこれで会話が終了すると思ってはいなかった。
 はいそうですか、と引き下がってくれそうもない人が一人。
 これからの会話の内容をシミュレートする彼女の期待を裏切ることなく、獄寺の口から言葉が溢れた。

 しかし、それは雅の予想とは外れたものだった。



「ダンスの練習か…」



 つっかかってくるだろうと思われていた獄寺の反応は考え込むようなその一言だけで、少々拍子抜けする。
 しかし、その予想外れの理由はすぐ見えた。



「十代目…ご立派な方だ…」



 彼の拳を握る一言で全てを察する。

 プルプルと背中を震わす獄寺は、既に自分の世界に入り込んでいる。
 ここのメンバー達からすれば普通のことのようだが、雅から見れば、彼のツナに対する態度には不思議なものがあった。
 友達、というよりは慕っているという言葉の方がしっくりくるかもしれない。
 とりあえず同年代の友人へ向ける接し方ではないことは確かだ。

 はははと笑う山本の隣でそんな獄寺を見守っていたが、不意に空気が揺れた。



「―誰かいるの?」

『!』



 人の気配を感じ取ったのか、校舎と外を隔てる扉の向こうからツナの問掛けが掛けられる。
 いきなりのアクシデントに頭がついていかず、驚いた体が反射で立ち上がろうとした。



グイッ



「ッ―!」



 しかし、後ろから伸びた腕と手によって押さえ込まれ、音が発生することは免れる。

 煙草の匂いと、自分以外の温度に鼓動。

 ご丁寧に口まで防いでいる手を退かして貰おうとその手首を掴むが、びくともしない。
 自分以上に激しい鼓動を聞きながら視線だけ上げると、緊張した表情で真っ直ぐ扉を見つめる獄寺が見れた。
 視線をずらせば山本も自分の横で方膝をたてて、苦笑しながら扉に目を向けている。

 その様子から、二人がどのような経緯で此処にいたのか理解した。
 つまり、ツナに内緒で付いてきたのだろう。
 そんなに心配なら一緒に来たら良いのに、なんて思うが、ツナの性格を考えて一人納得した。

 彼ならきっと、そんなの悪いからと言って一人で来る。
 その様子が手に取るように分かって、思わず微笑んだ。
 と、そこで気付く。

―いい加減、苦しい。

 よく耳を済ませば、もう扉の向こうから話し声が途切れ途切れに聞こえる。
 こちらから意識を反らした証拠だ。
 しかし余程慎重なのか、それとも集中しすぎて現状に気付いていないのか、獄寺が動く様子はなかった。

 男性特有の大きい、しかし綺麗な手は口だけにとどまらず鼻にまでかかっている。
 正直、限界だった。



「む…!」



 酸素を求めて思いっきり手首をひくが、これが女と男の差なのか、やはり動かない。
 まず、これだけアピールしても視線一つ寄越さないことに腹がたってきた。

 どんだけ集中してんだこの野郎…!

 思わず我を忘れて猫を降ろしそうになった、その時。
 見かねたように助けが入った。



「獄寺、そろそろ離してやらねーと…苦しそうだぜ?」



 獄寺の肩に手を置いて、山本が心配そうに雅を見る。
 
―暫しの沈黙。



「あ!?…ああ」
 


 その一瞬後、今の状況をやっと認識した獄寺が気まずそうに身を離した。

 いきなりよりどりみどりになった酸素に咳き込みそうになったが抑えて、降ろし掛けた猫を被り直す。
 普通の女子からすれば、相手が美男子であればさっきのシチュエーションはかなりのトキメキものだったはず。
 容姿でいえば獄寺も余裕で合格だ。
 それなりの反応をしとかなくては。

 そういえば似たような表情造れるシチュエーションあったな、と最近の思い出を掘り返した。

 視線を少し反らして頬を染めると、何か言いたげに口を開けて、また閉じる。
 端から見れば奥ゆかしい、唯の恋する女の子に映るだろう。
 誰も、デパートで可愛い仔猫を見つめすぎて店員に声を掛けられた時の彼女の反応だなんて思うまい。

 現にそういう反応に慣れすぎた獄寺は既に雅を意識から外していたし、山本に至っては元々それ関係の感情に疎いのだろう。
 普通に、大丈夫だったか?なんて話しかけてくれている。

 よしよしよし!

 自分の演技力に満足しながら心の中でガッツポーズをかます。



「―じゃあ私はそろそろ…」



 良い感じに事態が収まりそうだと践んで、その場から退散しようとしたその時。
 今まで味方だと思っていた山本が爆弾を落としてくれた。



「ああ、思い出したぜ!あんたツナのお得意さんだよな?」

「!…なにを」



 言ってくれとんのじゃあぁああっっっ!!!

 胸ぐら掴んで叫びたい衝動を有り余った理性で押さえ付け、何も今思い出さなくてもと一人涙を呑む。
 そしてその単語に獄寺が反応しないわけはなく。



「十代目の?!」



 折角外れた意識が再び雅へと戻ってきた。
 道理でどっかで見た面だと思ったぜ、などとぶつぶつ呟いている。
 暫く彼女を見つめたかと思うと、ジロリと睨みながら言い放った。



「…十代目の相手となっちゃあダンス下手なのをほっとくわけにはいかねぇ。出るってなら何が何でも上手くなってもらうぜ」

「はい…?」

「お、練習なら俺も手伝うぜ?」

「いえ、あの…」

「まず場所だな。ここは十代目がいらっしゃるし…」

「だから」

「学園の体育館なら良いんじゃねーか?俺ら学園長から合鍵貰ってるし」

「…」


 
 口を挟もうとする雅をよそに、話はどんどん進んでいく。

 思わぬ方向に進む事態に、彼女の顔は青ざめていった。
 彼等とダンスの練習だなんて最早目立つ目立たないの話ではない。
 我が学園の女生徒達に知れれば袋叩き確実だ。

 どうやってこの場をやり過ごそうかと必死に頭を働かせるが、焦っている脳には幾分時間が足りなかった。
 いつの間にか話はまとまってしまったらしく、二人に促しを受ける。



「何ぼさっとしてやがる。行くぞ」

「学園の体育館借りてやろうぜ。心配しなくても大丈夫だって、ちゃんと教えっから」



 いや、それが一番の厄介事です。

 声に出せない突っ込みを抱えながら、二人の後に続く。
 暗い中で、雅の涙が光った。



「…お世話になります