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01


―だって、平和に過ごしたいでしょ?ー


カーン
カーン…


 独特のチャイムが鳴り響く。
 全ての授業が終了し、放課後の時間が始まることを知らせる鐘の音。
 
 その合図を聞くなり、各々の教室から、数えきれない程の人間が飛び出した。
 共通点は全員が女子であることと、揃いも揃って同じ方向に向かっていることだ。
 我先にと押し合いながら、増量した川の流れのように進んでいく。
 足を踏まれようが髪を引っ張られようが、皆お構いなしである。
 
 教室に残された男子は、何時ものやつかと慣れたように見る者もいれば、毎日よくやるものだと呆れた視線を寄越す者もいる。
 入学初日は恐ろしくて仕方なかったが、今となっては日常茶飯事。
 気に留める者は最早存在しなかった。

 異様な女子の集団は、校舎をはみだし、離れの建物へと進んでいく。

―飴凪雅も、この中の一員だった。

 人知れず顔をしかめながら、流れに乗る。
 着いた先は、校舎に比べれば小柄なものの、十分な大きさを誇る洋風な容貌の建物。
 その集団が来るのを待っていたかのように、『open』の文字が掛けられた扉が左右に開いた。
 
 現在受けている太陽の光に負けないくらいの眩しさが一瞬視界を奪う。
 目が慣れれば、豪華な装飾品達と、見た目麗しい男子達のお出迎え。



『お待ちしておりました、お嬢様方』



 個人個人でスーツを着こなし、両脇に並んで優雅なお辞儀を披露する。
 歳は様々。
 それを見た集団から待ってましたとばかりに黄色い歓声が上がった。
 
 それをなだめるように、スッと二人の男子が前に進み出る。
 他と少し服装が違い、白い制服に身を包み、黒いバッジを着けていた。
 気弱そうな、しかし知的な雰囲気の眼鏡の青年が口を開く。



「ようこそいらっしゃいました。本日はマンツーマンディとなっておりますので、順番に10分ずつのお相手となります」

「あー…順番は抽選で決めます。紙を配りますんで各々指名する者の名前を書いて下さい」



 続いて紙束を掲げながら喋った青年は、片方だけクルンと巻いた金髪が特徴的で、イマイチ敬語を使い慣れていない感じを受けた。
 しかしどこが母性本能を擽るのか、その二人の存在で空気が和む。
 
 彼等はスタッフ、いわゆる管理役だ。
 
 雅は配られた紙を持ち、テーブルに移動しながら室内を観察した。
 大広間に置かれた何セットものテーブルと椅子。
 その横には既に紅茶のセットやケーキ等が用意されている。
 ここは主に待合室で、 順番が来るまで此処で過ごすというシステムであった。
 
 適当なテーブルに着席すると、指名記入をする為に視線を這わせ、ゲストの確認をする。
 曜日や本人の都合で担当は変わるが、今日はマンツーマンディというだけあっていつもより人が揃っている。
 女生徒は大体自分のお気に入りがいる日をチェックして足を運ぶのだが、通常は一対数人となるので、こういうイベントの日は当たり前のように校内女生徒全員参加となるのである。
 
 ざっと見たところメンバー人数は10人程度。その中にいつもの顔ぶれが見れ、唇を吊り上げた。
 紙と一緒に配られたペンを走らせる。

 『沢田綱吉』

 書き終った紙を金髪のスタッフ―スパナに渡す。



「宜しくお願いします」



 スパナはこくり、とうなずくと一瞬目を合わせてから、背を向けた。
 
 全員分の用紙を回収し終わると、抽選が始まる。
 もう一人のスタッフ、入江正一はとにかく仕事が速い。
 指名別に用紙を入れた箱から一枚ずつ、用紙を取り出す。



「山本武、伊山香織様」

「はい!」

「獄寺隼人、陶山三花様」

「あ、はい」



 呼ばれた女生徒はそれぞれ頬を染め、嬉しそうに指定された部屋へ向かう。
 髪を手櫛で直したり鏡をチェックしたりと、落ち着きがない。
 さてこの分だと多少時間がかかるかな、と準備された紅茶に手を伸ばしかけたが、その必要はなかった。
 
 正一の声が耳に入る。



「―沢田綱吉、飴凪雅様」

「…はい!」



 雅は周りの女生徒のように頬を染めながら、にっこり笑って指示に従った。



「此方へ」

「有難うございます」



 スパナの案内で入った部屋には、指名した人物である沢田綱吉が待っていた。
 ニコリと笑って遠慮がちに手をとると、エスコートしてくれる。



「いらっしゃい、雅ちゃん」

「会いたかったです、ツナさん」



 高価そうな革製のソファに座らされる。
 嬉しそうに目を細めて、雅は沢田と話し始めた。
 
 彼の持ち味は、一緒にいて安心できるところだと思っている。
 実際、彼を指名する女子は頑張り過ぎるタイプや、人付き合いが苦手そうな大人しいタイプが多い。
 
 他愛もない話をして、10分を過ごした。
 時間だと呼びにきたスパナに従って、席を立つ。



「楽しかったです。また会いに来ますね、ツナさん」



 切なそうに微笑むのも忘れない。
 それに応じるように、沢田も雅に優しい笑顔を返した。



「勿論、待ってるよ雅ちゃん」



 一見恋人同志のような会話だが、此処では当たり前の光景だった。
 そんなやりとりをボーッと見つめ、スパナが雅を促す。



「そろそろ…」

「あ、はい。じゃあ失礼しますね」



 ペコリとお辞儀をして部屋を後にする。
 出口用の扉に向かう最中、やたらと視線を感じて顔を向ければ、スパナの物言いたげな瞳とぶつかる。
 心中で笑いながらも首を傾げて問掛けを投げようとしたが、それは叶わなかった。



「おやおや、何処のお嬢様かと思えばボンゴレのお得意様じゃないですか」



 耳元で囁かれ、気配もなく背後に現れた人物にそっと溜め息をつく。
 飽くまでも笑顔で。



「…骸さん」

「クフフ、もうお帰りですか?」

「はい、今日は運良く一番だったんですよ。先程は見掛けませんでしたけど、今いらっしゃったんですか?」



 他のメンバーが必死に接客をこなしている時に悠長なものだ。
 そんな含みを鋭くも汲み取ったのか、骸は更に笑顔を濃くした。



「今日は少し用事がありましてね。ところでどうです?そろそろ僕に指名を変えてみては」



 自然な仕草で横に回り、髪に口付ける。
 女の子なら思わずクラリとくるシチュエーションかもしれない。
 雅は頬を軽く染め、困ったように笑った。



「…考えときます」



 骸が深意を悟らせない笑顔を返すのを見届けると、今まで黙って成り行きを見守っていたスパナが本日二度目の促しを掛けた。
 そろそろ本当に時間が切迫詰まってきたらしい。
 分かってる、とでも言うように苦笑を漏らすと骸にお辞儀をする。



「では失礼します」

「いつでもお待ちしてますよ」

「あまり期待しないで下さいね」

 

 早く行かないと、皆さん待ってますよ、とクスクス笑ってみせる。





「………」



 骸が背を向け、扉の向こうに消えていくのを見送ると、雅の顔から表情が消えた。
 横で黙っていたスパナが感心したように声を漏らす。



「…相変わらず見事だな、雅の演技」

「有難う。スパナも正一もよく知らないふりしてくれてるよ」



 疲れたようにふっと笑うと、次の瞬間にはキっと視線を鋭くした。



「にしてもまさか骸に会うなんてね…」



 毎度毎度あんな誘いを受けていれば流石に仮面も崩れそうで怖い。
 彼の人気なら客を他からとる必要もないだろうに。
 
 ゲームなのだ、六道骸にとっては。

 ツナのように純粋に女性を癒そうと動く者もいれば、彼のようにゲーム感覚で楽しんでいる輩もいる。

 雅ははっきり言ってこのホスト擬に興味なんてなかった。
 確かに目の保養にはなるし、ツナのような存在と話すのは楽しいと思う。
 しかし、人混みでモミクチャにされたり、気が遠くなるような待ち時間を過ごしてまで来たいという執着はないのだ。
 そんな雅が何故、必死に通っているのか。


 理由は簡単、

『目立ちたくないから。』


 雅の知る限り、この学園にこのシステムが出来てから、学園中の女性徒は例外なく全員参加だ。
 誰か一人でも興味を示さず不参加だったなら、雅もここまで無理をすることはなかっただろう。
 元々頭は悪くない雅はすぐ平和に過ごす為の行動を導き出した。

 周りの女子と同じ行動、反応を心がければ良い。

 放課後毎日、男子生徒と共にあの女生徒の集団を見送る、なんてことをすれば目立つことは目に見えている。
 そして少なからずそれが好奇の的になることも想像に容易い。
 だから、通うことにした。
 
 ツナを選んだのは一番面倒を避けられると思ったからだ。
 
 そこを考慮するなら骸や白蘭のようなタイプは論外だった。
 何かと鋭そうな上に、素がばれた場合に厄介な人種だと思う。
 それでも根がいい輩がよりどりみどりな中で、ツナに目を掛けたのには理由があった。
 お人好しなその性格や雰囲気は勿論のこと、何よりも重宝したのが本能的な勘の良さ。
 
 通っていれば分かる。
 彼はきっと、『気付いている』
 それでも何も干渉せずに、素で接してくれているのだ。
 
 そんな彼のことは演技ではなく素で気に入っているし、この関係は崩したくない。



「じゃあウチはそろそろ戻る。気を付けて帰って」



 雅の目の前で淡々と口を開くスパナという男も、彼女の本心を知る人間の一人だった。
 
 元々、機械好きの父を持つ為に、この機械オタクのスパナとは顔見知りだった。
 この学園でスタッフとして働く彼に会った時は驚いたが、これを使わない手はないと思った。
 スパナが信用していいとのことで正一に紹介してもらい、内部の情報を頂戴したわけである。
 
 そこで得た、一人ひとりの性格や趣味といった情報は、選出に大いに役に立った。
 雅の思惑が生かされるも殺されるも相手次第だったからだ。
 今のところは何事もなく事は済んでいる。
 これを卒業まで…と考えると少々頭が痛くなるが、ここまでやってきた以上、やりきるしかない。

 さて今日もやりきった、と満足げに校門へ向かおうとしたところ、別れを告げた筈のスパナから声が飛んで来た。



「ごめん、言い忘れてた。来週の日曜日、学園長の企画でダンスパーティーあるから」



 明日か明後日には発表されると思うけど。
 無表情でさらりとかまされた言葉に、はたりと足が止まる。



「…ダンス?」


「そう、ダンス。雅、踊れる?」



 悪気を感じさせない素振りで軽く首を傾げて問われた質問に、雅は一時停止する。

 そりゃまた素敵な企画ですこと。

 ひきつる頬を両手で直し、乾いた笑いを浮かべる。



「盆踊りなら右に出る者はなくてよスパナ」


「…」


「…」



 沈黙が降りた。







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