×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

10



―まあいっか、関係ないもん





 ピタリ。

 雅の足が止まった。
 理由は他でもない、行く道を遮る人だかりのせいだ。
 場所は雅が現在進行系で通う、嫌になるほど特殊な学園の廊下。
 狭いとは言えない幅のその道を尽く防いでいるのは、何やらテンションの高い女生徒達であった。
 
 雅の頭を頭痛が襲う。
 この学園で女生徒がここまで騒ぐのは一つの対象に対してのみだ。
 昨日散々な目にあったばかりだというのに、次は何だというのか。
 スパナからも正一からも何も連絡はなかった筈だと、携帯をチェックしながらその人ゴミの中心へと進む。

 そして、見た。

 原因をつくっていた張り紙の、カラフルな彩りでデカデカと書かれた文字。



『緊急連絡!きたる文化祭の劇に、六道骸飛び入り参加!』

「はあ!?」



 思わず叫んでしまい慌てて口を抑えるが、幸いなことに完全に浮足立っている女生徒達の騒ぎには敵わなかったらしい。
 ホッと息を溢すと、張り紙に視線を戻し、再度まじまじと見つめる。
 見出しに比べると地味な黒い文字を追って、下へと読み進めた。



『恒例の文化祭の劇に、我が学園の特殊メンバーである六道骸が出演することが決定しました!劇名は本日の集まりで通知します。また、相手役の抽選を行いますので、必ずお集まり下さい。放課後、お待ちしております』

「…これまた」



 面倒な事をやってくれたものだ。

 人知れず眉を寄せた雅の手の中で、携帯が震えた。
 メール受信の文字を目にして、その場を後にしながらメールを開く。
 案の定、スパナからだった。



『ごめん。ウチらも今知らされた。でも心配は要らない』



 シンプルな内容に、口元を弛める。
 抽選ということはまた管理役の二人が仕切るのだろう。
 普通にやっても当たる可能性は限りなく低いが、彼等に任せておけばその万が一の確率も防げる。

 頼りにしてるよ、と内心で笑みを見せるが、次の文には表情を引き締めた。



『―あと、昨日の件が落ち着くまでは接触は避けた方がいい。連絡がある時はメールでやり取りしよう』



 それは雅も考えていたことだった。

 ベルや獄寺のこともあるが、何よりも危険視したのが白蘭との接触だ。
 元々警戒対象には入っていたが、昨日直接話したことで確信した。
 あの男は何かと危険すぎる。

 考えてみれば、昨日のあの鉢合わせも不審な点が多かった。



『白蘭さんは何か用事でも?』

『―ああ、ちょっと忘れ物しちゃってね』



 彼のような男が自分の物を何処かに置き忘れるだろうか。
 あったとしても、どちらかと言えば次の日に取りに行けばいいか、というタイプだと認識している。

 もう一つ、昨日は気付かなかったこと。

 大広間も、彼の控室も、あの時雅の後ろにあった。
 つまり白蘭の歩いてきた方向から考えて、外への出入口から入ってきた筈なのだ。
 なのに、あの重い扉の開閉の音が、彼に鉢合わせる前に全く聞こえてこなかった。
 本当に出入口から入ってきたのなら雅は気付けた筈だった。

 すると、残る選択肢は二つ。

 待ち伏せされていたか、別の部屋から出てきたか。

 あれから必死に記憶をたぐり寄せたが、彼に待ち伏せされるほど馬鹿な失敗をした記憶はなかった。
 すると考えられるのは別の部屋から、という選択肢の方だ。
 しかし、あそこに並ぶのは白蘭とは縁もないメンバーの控室と+αの部屋だけ。

 ―+αの方に、思い当たる節があった。

 メンバー選出の際に、聞いた単語。



『そういうことなら協力するよ。じゃあまずメンバーの資料がいるね。自分で確認した方がいい。―スパナ』

『分かってる。資料室の鍵、何処だっけ?』

『二番目の引き出しだよ』



―資料室。

 あの時はさらりと聞き流していたが、鍵をつけるくらいだ。
 察するに、メンバーから恐らくその客まで、様々なデータが内蔵されているのだろう。
 この広い建物の中でも雅が知らない部屋はあそこだけ。
 つまり、+αの部屋=資料室だ。
 となると、白蘭が此処にいたのは確定である。
 
 問題はそこで何を調べたか、だ。
 勿論、どうやって入ったのかという疑問も出てくるが、今の重点ではない。
 メンバーのことで気になることがあったということならまだいいが、そんなことをわざわざ資料室に入ってまで調べるだろうか。
 
 胸のつっかえが取れない。



「…考えすぎ、か?」



 勢いをつけ片手で携帯を閉じると、雅は眉を潜めたまま教室へと向かった。






 恒例の大広間は、まだ予定していた時刻になっていないにも関わらず女生徒で溢れかえっていた。
 彼女達のテンションも、目に見えていつもより高い。
 あの六道骸と劇の共演が出来るかもしれないのだから、当然といえば当然である。
 彼の客は勿論のこと、他の客をも騒がせる程の容姿を備えているには違いないのだ。
 
 しかし、それに選ばれるのは一人のみ。
 裏を返せば、選ばれなかった当人以外の全ての女子からの嫉妬を浴びるということである。
 考えるまでもない話だが、彼女達の頭にそういう思考はあるのだろうか。

 それを頭に置いた上でその浮かれようなのであれば、心底尊敬する。
 大した執着心と愛だ。

 雅は周りの熱気に晒されながら、一人身震いした。

 今回は管理役の二人が仕切る以上、自分には関係ない。
 しかし選ばれた子がどんな目に遭うのかと考えただけで恐ろしい。
 正一ではないが、胃がキリキリする。

 できることならもう時間なんて止まってしまえばいい。
 そんな雅の心境とは裏腹に、時は来た。

 照明が落ち、事の始まりを告げる。


―ブッ


 マイクが入る時特有の音が響き、あの特徴的な笑い声が空間に反響した。



『クフフ、皆さんお集まりのようですね』

『きゃあぁあああ!』



 一瞬波のように静まった空気を、物凄い波紋が襲う。
 恐らく興奮した女生徒の歓声に勝る音源なんてないだろう。
 心の中で断言する雅には、鼓膜の心配をする余裕さえなかった。


―バタン


 ライトが当たった階段上の扉から姿を現した骸に、一層高い声が上がる。
 どこぞやの貴族のような服装に身を包んだ彼は、文句のつけようもなかった。
 本当に容姿だけは認めざるを得ないな、と軽く舌打ちをかます雅に気付く者などいるはずもなく。
 場を満たす熱気の中でゆったり笑った骸は、囁くように言葉をつむいだ。
 
 マイクのせいで妖艶さが増大される。



『僕の“ジュリエット”、お待ちしていますよ』



 そろそろ倒れる女生徒も出るのではないだろうか。
 
 熱さと音量にクラクラしてきた頭で、そんなことを考える。
 彼の服装、またジュリエットという単語から、劇名は判明したも同然。
 
 シェイクスピアの名作か。

 自分の演技に自信があるだけに、雅は元々演劇などには興味があった。
 こんなシチュエーションでなければ素直に喜んでいただろう。
 どこからともなく沸き上がってきた苛立ちの処理に困っていると、不意に違う箇所にライトが当たる。

 目の端に捕えたソレに視線を向ければ、お決まりの二人の姿。
 ここにきてやっと雅の中に余裕ができた。
 
 やはり、スパナと正一の存在は大きい。



『皆様、ようこそお集まり下さいました。早速ですが、抽選会を始めさせていただきます』

『劇はご察しの通りシェイクスピアの“ロミオとジュリエット”。あー、ジュリエット役を、恒例のクジで抽選します』



 カンニングペーパー片手に喋るスパナの示す先、二人の隣には、丸い機械が存在を主張していた。
 直径一メートルはあるだろうソレには、硝子を通して中に数えきれない程の紙雪吹が見える。
 その一枚一枚に、此処にいる女生徒の名前が全員分記してあるのだろう。
 
 熱視線に晒されながら、正一がその機械に手を入れた。
 強風によって円球内で暴れ回る中の一つを、彼の手が掴む。
 
 そこからは全ての動作がじれったく感じた。

 正一の手が機械から離れ、紙が開かれる。
 そこには骸の相手の名が書かれているのだ。
 劇の中とはいえ、彼の愛を受けることのできる人物の名が。
 何処からともなく、ごくり、と固唾を呑む音が聞こえる。

 先程までの浮かれた様子は何処へいったのか。
 女生徒達の射るような視線に顔が引きつるのを感じながら、正一は紙を見た。

 見て、絶句する。

 頭を抱えたくなるのを抑え、冷静を保つ。
 全く、何処まで運がないのだろうか。
 いや、寧ろそういう宿命を背負っているのか、彼女は。



『飴凪雅』



 無機質な、機械によって打たれた三文字。
 まさかこの確率でピンポイントで当たるとは。
 隣にいるスパナとは敢えて視線を交えることなく、口を開いた。

 平然と、準備しておいた名前を口にする。



『ジュリエット役―花園河南様』



 わあ。

 どよめきと、溜め息と、歓声と、拍手。
 色々なモノが渦巻いた。

 その名前を出したことによって、スパナの目が軽く見開かれる。
 それはそうだろう。
 この名前は、雅が当たってしまった場合を考慮して予め準備しておいた、変わり身なのだから。

 隣から微かに聞こえた溜め息に、苦笑を溢す。
 先程の自分と同じことを考えているに違いない。

 そのままツイと音の中心へと目を向ければ、身代わりとなった女生徒が映った。
 彼女はこの学園では恐らく一番の容姿を誇る美少女だ。
 頭も良いし、家柄も良い為権力も強い。
 そんな彼女であれば、周りも認めざるを得ないだろう。

 正一やスパナも勿論雅と同じ点を危惧していた。

 骸程の人気を誇る者の相手役となった人間が、どのような目に遭うか。
 彼女を変わり身として選んだのはそれを考慮してだ。

 権力があるから迂濶には手を出せないだろうし、嫌がらせに遭う可能性も低い。
 少々強気な面もあるが、骸の相手だ。
 そのくらいが丁度いいだろう。
 さも当然という表情で笑う花園を見つめたのち、軽く挨拶をして、その場はお開きになった。

―何処からともなく、その一部始終を傍観していた人物に、誰も気付くことはなく。
 人知れず、その唇が愉しげに歪められた。






 ツナは扉をノックした。
 スパナと正一のいる、管理室だ。 
 しかし二人とも席を外しているのか、返事がない。



「あれ、何処か行ってるのかな」

「ったく、十代目が直々に足を運んで下さったってのに」

「いや、俺が用事あるだけだから…」



 青筋を立てる獄寺を困ったように笑ってなだめると、少し扉を引いてみる。


―ギィ



「あれ?」

「あいてますね」

「でも真っ暗だ」



 思いの他開いてしまった扉の中を覗けば、暗闇の中に、開けた扉の隙間分だけ廊下の明かりが差し込んだ。
 ふと、それが照らし出した一部が目に留まる。



「何だ、あれ」

「あ、獄寺君!勝手に入るのはマズイんじゃ…」

「ちょっとくらい平気ですよ。そもそも鍵も掛けてないのが悪いんです」



 ズカズカと入り込む獄寺を追って、ツナも足を踏み入れた。
 パチ。
 電気をつければ、その物体の全貌が明らかになる。



「え、何これ」

「これは…」



 一メートルほどの、硝子製の円球。
 先程行われた抽選会で使われた機械だ。
 しかし参加していない二人がそれを知るはずもない。 
 電源が切られた為に紙吹雪が治まった、その中身を不思議そうに見つめる。



「クジみたいだけど」



 首を傾げるツナの言葉で、獄寺があっと声を上げた。



「朝伝えられた劇の抽選じゃないですか?骸の野郎の相手を決めるとか何とか」

「ああ、確かロミオとジュリエットだっけ」

「はい」



 何で十代目をさしおいてアイツが、なんて眉間に皺を寄せる獄寺に苦笑を溢すツナだったが、その頭をよぎったのは一人の少女。
 いつもの直感だが、自分の客である彼女の顔が離れなかった。
 妙な胸騒ぎがする。



「ジュリエット役、どうなったんだろう」



 神妙な表情を浮かべるツナを、獄寺が遠慮がちに覗き込んだ。



「結果なら既に噂で流れてますよ」

「え!?」

「結局、骸の野郎の客になったみたいで」

「そっか、骸の…」



 ホッと胸を撫で下ろす。 
 余計な心配だったか。
 思い過ごしだったらしい。

 笑みを取り戻すと、獄寺の方へ向き直った。



「二人もいないしまた改めて来るよ」

「そうですね」

「付き合ってくれてありがとう。そろそろ戻…わあ!?」



 ガタン。

 鈍い音が耳を霞める。
 踵をかえそうとしたツナの足が機械に引っ掛かり、衝撃を与えてしまったらしい。
 中身の取り出し口が外れ、中に収まっていた大量の紙がツナに降り注いだ。



「十代目!」



 慌てて獄寺が手を伸ばし、紙に埋もれるツナを引っ張り出す。



「ご無事ですか!?」

「なはは、何とか…ありがとう」



 救出されたツナは弱々しく笑って立ち上がろうとするが、そこでふと動作を止めた。
 目の端に捕えた、文字。

 落ちた拍子に開けてしまったのだろう。
 すぐ手元に転がる紙を手に取り、見つめる。
 そんなツナの行動に便乗して彼の持つ紙を覗き込んだ獄寺は、思わず息を飲んだ。
 古くはない記憶が頭の中を占める。



「はは、凄い偶然だね」



 こんな大量の紙の中で見れた一つの名前に、ツナは優しげに微笑んだ。
 そんな様子に、訳の分からない感情が獄寺の中を駆け巡る。
 苛立ちとは違う何かに、思いの他戸惑った。

 モヤモヤ、する。

 自分がツナ相手に負の感情を抱くわけはなく、そうするとまたたどり着く原因は一つ。
 苛々しげに瞳を細めた。



「…くそ、またかよ」

「え?」

「あ、いえ!何でも…、…!」



 自分の異変に気付き心配そうに見上げてくるツナに弁解しようとした獄寺だったが、視界の端に入り込んだソレが、彼の行動を妨げる。
 目を見開いてそちらに駆け寄り、確認した。



「…どーいうことだよ、これは」



 思考回路が、おかしくなる。

 新たに開けた紙を信じられないような目で見つめたのち、その場にしゃがみ込んで、手辺り次第に他の用紙もチェックしていった。
 獄寺の唐突な行動に呆気にとられていたツナだったが、彼の周りに散乱していく紙に視線を落として、言葉を失う。



「何だよ、これ…!」



 そこには、機械による無機質な文字でたった三文字。

 『飴凪雅』

 その名前が、



 全ての紙に、刻まれていた。