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09


―やっと終わり…って何か厄介な事になってきてないですか?



 音楽が消え、パーティー独特の華やかさが消えた空間。
 先程までの浮きだった空気は何処にいったのか。

 客が帰り、メンバーも各々姿をくらませた今、大広間には正一とスパナの二人しかいなかった。
 予定より早くパーティーを切り上げ、メンバーにも、拐われた雅の事は伏せて解散させた。
 幸いにも詳しい時間割は告知していなかった為に、誰も特に気にする素振りは見せていない。
 ツナや山本など獄寺と親しい者は彼がいないことに気付き聞いてきたが、頼み事で出て貰っているのだと誤魔化して帰ってもらった。

 しかしやはり大切な雅のこと。
 人目がなくなった今、両人共に気が気じゃないという様子を隠そうともせず、落ち着きがない。
 とうとう正一の腹痛が頂点に達しようとしたその時、広間に激しい音が響いた。


―バタン

 
 その扉の開く音に、正一とスパナは一斉にそちらを見る。



「任務完了だぁ」



 扉から入ってきたのはスクアーロであり、その肩には待ち望んでいた人物が担がれていた。
 どことなくぐったりしている彼女に、焦った二人が駆け寄る。



「―!、…飴凪様!ご無事で!?」



 雅、と呼ぼうとした口を叱り、正一は『管理役として』彼女に声を掛けた。
 スパナに至ってはボロが出ると思ったのか、一切喋らずに椅子を持って正一の後に続く。
 賢い選択だ。

 スパナが椅子を置くのを確認すると、スクアーロはそこに雅を降ろした。
 そこでやっと初めて雅の全体像が把握できた。
 綺麗にセットされていた髪は乱れ、白いスリップドレスもところどころ土で汚れてしまっている。

 そして何よりも目についたのが、左手のネクタイで作られた団子だった。
 二人共に一瞬目を点にするが、意味もなく手にこんなものを巻き付けるわけがない。
 すぐに怪我を負ったのだと理解し、正一が慌てて手をとる。



「怪我をされたんですか!?…申し訳ございません」



 傷の状態を把握しようと結び目をほどきながら、正一は自分のふがいなさに動揺を隠せなかった。
 まさか怪我を負わせることになるとは。
 そんな彼の様子を目の辺りにした雅は優しげに眼を細めるが、次の瞬間には女の子を演じる。

 大丈夫だと思いきり笑ってやりたいところだが、隣にはスクアーロもいるのだ。
 素で接するわけにはいかない。



「お気になさらないで下さい、大丈夫ですから」



 ニコリと控え目に笑う雅を見て、微かに頷いた正一は、後ろに控えるスパナの方を向く。



「スパナ、別室で飴凪様の手当てを頼む」

「…分かった」



 自分以上にショックを受けているであろうスパナを促すと、スパナは少しの間を置いて雅の前に移動した。
 視線を落としたまま、ぎこちない動作で雅の右手をとり、別室に続く扉まで誘導する。


―パタン


 二人が扉の向こうに消えたのを見届けた後、正一は改めてスクアーロに向き直った。



「仕事外のことを頼んで悪かったね。君には感謝してるよ」

「御託はいい。あいつらは面倒だから帰らせたぞぉ」

「ああ、それでいいよ。どっちにしろもうメンバーは解散させたしね。あとは…」



 正一が言い切る前にスクアーロが鼻で笑う。



「あの小僧ならもう少ししたら来ると思うぜぇ」

「ああ、分かった」



 帰るのだろう。
 正一の返事を聞くなり、スクアーロは背を向けた。
 そんな彼を視界の端に入れながら獄寺が来たらどうしようかと考え始める正一だったが、扉を開く音が中々耳に入らない。

 不審に思いそちらへ視線をやると、扉に手を掛けたまま動かないスクアーロの後ろ姿があった。



「?何か」



 言い忘れでもあったかい?
 言葉は、続かなかった。





「あの女」


「―…え?」



 覆い被さった声に、心臓が跳ねる。
 スクアーロが今日関わった『女』は正一が知る限りただ一人。

―雅だけだ。

 いきなりの核心に、自分の脈が身体中を揺らす。
 いやしかし雅に限ってヘマをするわけがない。
 きっと別の事だと自分に言い聞かる正一の様子は、スクアーロに筒抜けだろう。
 振り向くこともせず、低い声で続けた。



「テメェらがつるんで何考えてるかなんて興味ねえから安心しろぉ。実際あの女の演技は大したもんだぁ」

「!!」



 やはり、見抜いている。
 
 入ってきた時の雅の様子からも、そんなに話す機会があったとは考えにくい。
 何の情報もなしに雅のことを見抜く存在なんてツナ以外にあり得ないと思っていた。
 もしくは、自分達のせいか。
 任務を伝える前や先程の自分達に対するスクアーロの視線を思い出し、下唇を噛み締める。



「な、んで…」



 手を震わす正一に構うことなく、スクアーロは扉を開いた。

 ―ビュオ

 タイミングを図ったかのように、強い風がなだれ込んでくる。
 舞った銀髪が元の位置に戻るのを只見つめた。
 再び聞こえる声。



「オレは殆ど顔出さねえから気にする必要はねぇ。だがずっと騙される奴らばっかじゃねぇだろうなあ。―…現に、」



 一層強い風が正一を襲った。
 思わず両手で顔をかばう。
 目を開けた時には既にスクアーロの姿はなく、しかしはっきり耳に残る言葉が、頭を占めた。



『あの小僧とベルには気をつけることをお勧めするぜぇ』



 冷たい汗が、頬を伝う。
 正一は獄寺が入ってくるまでの間、一人立ち尽くした。






「…スパナ」

「…」


 雅の声がしんとした空気に浸透する。
 先程から沈黙が痛い。
 一言も発さずロボットのように黙々と手当てを進めるスパナを、雅は困ったように見つめた。

 正一もそうだったが、スパナのことだ。
 今回の件に責任を感じているのは間違いなかった。
 自惚れではなく二人に大事にされてるのは自覚しているし、雅も二人の事は大切に思っている。
 しかし今回のは明らかに彼等のせいではないし、何も責任を感じることはないのだ。

 しかしそう言ったとしても目の前の幼なじみは首を振るのだろう。



「…」



 暫く切なそうにスパナを見ていた雅だったが、限界が、きた。
 元々気が長い方ではない。
 長年の付き合いで彼女の雰囲気が変わったのを鋭く察知したスパナは慌てて顔を上げるが、その時にはもう彼女の右手が左頬に伸びていた。



「!」



 ギリギリ。

 そんな効果音がつきそうなくらい思い切り伸ばされる頬に思わず目線で訴えるが、雅の方を見たスパナは固まる。
 表面上はニッコリと笑うその姿は、一般的に見れば可愛らしい。
 
 後ろに、何かを背負っていなければ。
 目が、口元同様に笑っていれば。
 …額に、青筋が見えなければ。

 ―ああ、怒ってる。

 スパナは一目でそうと分かる雅の表情を目にするなり、自分の頬を引っ張ったままの彼女の右手に左手を添え、謝った。



「…ごめん」



 すかさず飛ぶ、質問。



「それは、何に対しての謝罪?」



 笑顔のまま首を傾げる雅に対し、無表情ながらも顔色を悪くしたスパナは少し考えたのち、答えを出す。



「…、もう、気にしない」



 求めていた答えが案外あっさり返ってきたのが意外だったのか、雅は一瞬きょとん、とすると次の瞬間には悪戯っぽい笑みを見せた。



「分かってるじゃん。よろしい」



 その笑顔に、スパナも小さな笑みを見せる。

 やっぱり、彼女にはこういう笑顔が一番似合う。
 おしとやかな笑顔も、上品な笑顔も、花のような笑顔も、雅にはしっくりこない。
 小さい頃から、スパナは雅の弾けた明るい笑顔が何よりも好きだった。

 だから演技中の雅はあまり好きではなくて、でもだからこそ彼女の素を知っていることに優越感が持てるのだ。
 パッと離されると同時に、赤くなっているであろう頬を抑える。



「あはは、真っ赤!ごめんねスパナ。まだ痛い?」

「痛い」

「ふ、ごめんって」

「…笑いながら謝られても」



 思う存分に笑った雅は滲出てきた涙を拭うと、静かにソファーから腰を上げた。



「手当てありがと、そろそろ帰るよ。また相談したいことあるから時間、空けといてくれる?」

「分かった」



 送るためにスパナも続いて立ち上がろうとするが、雅はそれを制す。



「ストップ。ここからは一人で帰るよ」

「でももう暗い」

「見た感じメンバーは解散したみたいだけど、誰が何処で残ってるか分からないでしょ」



 最もな指摘をされたスパナは返すことも出来ず言葉に詰まった。
 そんな様子に再び笑いを溢すと、雅は扉に向かう。
 スパナは雅を追って彼女より先に扉を開け、そのドアを抑えつけた。
 管理役といってもやはりエスコートの心得はしっかりしている。

 その紳士的な振る舞いとは裏腹な、納得のいかない表情に苦笑すると、軽くその肩をこづいた。



「大丈夫、ダンスはボロボロだけど武道系には自信あるんだから」

「何かあったらすぐ連絡入れて」

「了解。また明日ね」



 ―パタン


 扉が閉まると、出口に向かって長い廊下を歩く。
 メンバーの控室として並ぶいくつもの部屋を通り過ぎ、残り一つの角を曲がれば出口というところでそれは起きた。


 ―ドン



「!」

「おっと」




 視角から姿を現した人影に反応しきれずぶつかる。

 互いに歩きでスピードがなかったのが幸いし、バランスを崩すことはなかった。
 視界的な判断からいくと、大方鼻をぶつけたのは相手の胸元だろう。
 何にせよ、こんなところにいるのはメンバーしかあり得ない。

 やはりスパナと一緒に帰らなくて正解だった。
 雅は鼻を抑えながらも培われた反射で素早く役に入る。



「す、すいません…!」



 視線を落とし、慌てたように頭を下げた。
 こんなことでいちいちビクビクするような質でもないが、経験上、気の弱そうな女の子を演じていればそうそう責められることはない。
 厄介でない人物であることを願いながら、上目使いで視線を上げる。

 しかしそんなささやかな願いも天に届くことはなく。



「ごめんごめん、よそ見しててさ。怪我なかった?」



 要注意としてチェックしていた人物の笑顔に、思わず泣きたくなった。
 そんな雅の心境を知ってか知らずか、にこやかに笑う男―白蘭はひょいと彼女の顔を覗き込む。



「ッ」



 最早雅にとって頬を染める演技はお手の物だが、1日にそう何度もしたい演技ではない。
 顔がひきつっていないか心配だった。



「ああ、やっぱり綱吉クンの常連さんか」



 変わらぬ笑みを浮かべる白蘭の言葉に、雅は心中で深い溜め息をつく。

 ツナという選出の唯一の痛いところだ。
 彼は何かと人を惹き付ける。
 本人にその気がないのは分かっているのだが、実際彼は有名人で、どんな形であれ興味を持つ者が殆んどであった。
 すると『ツナの常連』というような肩書きで自然と覚えられるのである。

 恐らく他のツナの客も同じだろう。



「もうパーティーは終った筈だけど」



 表情はそのままにサラリと核心をついてくる白蘭に、これだからコイツは嫌なんだと悪態をつきたくなった。
 しかしそこは雅の得意分野。
 苦労もなく抑え、予め用意していた台詞を吐いた。



「あ、パーティーの最中に怪我をしてしまって…ご好意に甘えて手当てしていただいたんです」

「ふーん…パーティーの最中に、ね」



 探るような視線に、ふと嫌な予感が見え隠れする。
 コイツはやはり危険だと察知し、そうそうに切り上げようと考えた雅は当たり障りのない、はにかんだような笑顔を見せた。



「白蘭さんは何か用事でも?」

「ああ、ちょっと忘れ物しちゃってね。気をつけて帰りなよ」

「有難うございます。では失礼しますね」



 ペコリとお辞儀をして横を通り過ぎる。
 背中に視線を感じながら、それでも焦らず歩みを進めた。
 此処で焦ったらきっと相手の思うツボだ。

 扉を開け、最後に一度振り返ると、変わらず此方を見る笑顔の白蘭と目が合う。
 雅はびっくりしたような表情を造り、恥ずかしそうに視線を反らして扉を閉めた。

 後ろで扉が閉まった音を確認した瞬間、どっと汗が吹き出る。
 煩く暴れ始めた心臓を押さえ付けると、雅は一つ深呼吸をした。



「やっぱり、要注意だ…白蘭」



 出来る限り近付かないようにしようと心に決める。
 震える手で携帯を手にとるが、結局何もせずにしまいこんだ。
 また平穏が一つ、遠のいた気が、した。

 



 扉が閉まると、白蘭はクツクツと抑えていた笑い声を上げる。



「思ったより手強いなぁ」



 残念、揺すれば少しはボロが出ると思ったんだけど。

 嬉しそうに呟く声色に残念だなんて感情は見受けられない。
 恐らく誰も気づいていないだろう。


―あの人混みの中、パーティー会場から姿を消した人物、また足りない人物を全て把握している人間がいる、なんて。


 偶々だった。
 退屈で仕方がなくて、こっそり会場を抜け出した。
 何か楽しい事はないかと意味もなく外をぶらついていた時に、聞こえた声。



『降りてきやがれ!』

『やだね』

『そいつを離せって言ってんだよ!』

『ししっ、返してほしけりゃ自分で取りに来いよ』

『くそっ…!』



 内容的に異常事態なのは明らかで、しかし何をするでもなく傍観を決め込んだ。
 それに対して、有能な管理役がどう動くのか、興味もあった。
 初めはそれだけの気持ちだったのだ。

 管理役二人の、異常なまでの焦りに気付くまでは。

 第3ラウンドで消え、4ラウンドで戻ってきた二人の様子が、白蘭に何かを悟らせた。
 普通に見ていれば気付かないような変化。
 恐らく気付いたとすれば、自分を除けばツナくらいか。

 何が二人をそこまで焦らせるのか。
 いくつか候補は挙がるが、最終的にピンときたものがあった。

 それが、雅の存在だった。

 愉しそうに唇を歪めて、自分が出てきた部屋を見る。

 『資料室』。

 メンバーから始まり客のデータまで、全ての情報が置いてある部屋だ。
 勿論そんな部屋が開放されている筈はなく普段は厳重に鍵がかかっているが、白蘭の手にはまさにその鍵が握られていた。
 管理役の二人はとても用心深い。
 その能力は公認であるし、白蘭も認めるところ。

 元々面倒なことはしない主義だが、今回は別だった。
 白蘭を動かすには十分な要素を持った少女。

 ベルが拐って、獄寺が必死に追い掛けて、更に管理役で平等である筈の二人がご執着。



「これで普通の女の子なんておかしいよね、飴凪雅チャン?」



 試すような、愉快そうな、そんな笑みを浮かべると、白蘭は鍵を空中へとほおり投げた。
 それをキャッチし、いつもの笑顔を張り付けたまま、歩み始める。



「さて、正チャンにコレ返さないとね。まあ落ちてたって言えばいっか」



 自分が彼女に興味を持ったことを彼等はまだ知らないのだ。
 機嫌良く、正一がいるであろう部屋の扉に手を掛けた。