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■ 04:




 ざわざわと人が行き交う池袋。

 その中で、少女はきょろりきょろりと辺りを見渡しながら歩いていた。
 ストレートの黒髪を靡かせて、お目当ての人物を探す。



「んん、確かこの辺…」



 首を傾げて携帯画面をチェックする彼女に、ふと影がかかった。



「彼女、一人?」

「ちょうど良かった、予定してた子が一人ダメになってよ〜。合コンとか興味ねぇ? 」



 軽い口調で話し掛けてくる二人組に、今度は逆方向に首を傾げる。
 
 この辺りで初対面で自分に声を掛けてくる男性は、かなり珍しい。
 それどころか、池袋の人間はまずナンパ目的では彼女に近付こうともしない。
 そこらへんから察するに、よそ者なのだろう。

 周りにいた人間がいつの間にか遠巻きに自分達を見つめていることに気付き、男達に動揺が生まれ始めた。



「お、おい何だよ」

「知るかよ…!」



 驚きと好奇心と、哀れみ。

 そんな視線に晒され、何か悪い事をしたのだろうかと自分達の行動を必死に思い返すが、目の前の少女に合コンの誘いを掛けただけだ。
 その少女こそが最大のポイントなのだが、よそ者の彼等がそんな事を知るはずもない。

 しかしそんな中、男のうちの一人がある事柄を思い出した。
 池袋の店で待ち合わせしている、此処等に詳しい合コン仲間との電話内容だ。
 必要事項を打ち合わせた後、電話を切る直前にサラリとつけたされた話。

 その時の会話内容が鮮明に脳内でリピートされる。



『あ、一つだけ気を付けろよ。とりあえずバーテン服の男に近付くなってのは前伝えたよな』

「わぁってるって。池袋では赤信号より危険なんだろ?自動販売機ぶんなげるとか。信じらんねーけどなあ」


 他人事のようにケラケラ笑う男に、相手は少しだけトーンを低くした。



『自分の目で確認すりゃあ分かるぜ。ありゃ人間じゃねーよ。それに関連することでもう一つ、』



 わざとらしく一度切ってから、念を推すように囁く。



『いいか、何があっても黒髪の女には声掛けんな』

「はあ?お前、黒髪なんてどんだけいると思ってんだよ。俺ぁ黒髪のが好みなんだけど」

『オイオイお前のこと思って言ってんだぜ。まあ用心にこしたことはねぇからよ、黒髪の女は全員無視する勢いでいろよ。取り返しつかねぇことになるからな』

「…そんだけ言われると気になんなあ。何なんだよ、その女ってのは」



 あまりの言いように興味が出てきた男は、少し姿勢を正してソファに座り直した。
 そんな様子が目に見えているかのように、相手の声にも熱が籠り始める。



『いいか、そいつは前話したバーテン服の野郎の女だ。以前、女をナンパしようとしたヤツなんて全治3ヶ月の大怪我だったらしいからな』

「マジかよ、そいつぁおっかねえなあ」

『まだあるぜ。一つは…まあ今回は関係ねぇだろうから省くけどよ、ダラーズの門田って知ってっか?』



 あまり聞き慣れない名前だが、聞いた事がないわけではない。
 少し視線を漂わせたのち、ポリポリと頬をかいて口を開いた。



「あー…まあ軽い噂では」

『そいつの可愛がってる妹分でもあんだよ』

「へぇ。その門田って野郎もそんなにおっかねえのか?」

『ああまあ、敵には回したくねぇな。喧嘩はバカ強ぇし。あとそいつと絡んでる二人組も厄介だしなあ』



 まだ続くのか。

 更に新しい人物が出てきたことにうんざりした男は、ちらりと腕時計に視線を落とした。
 こういう話は嫌いではないが、この後の予定もある。

 面倒臭そうに目を細めると、勝手に総まとめをすることにした。



「はあ。まあとりあえず黒髪の女に声掛けなきゃいいんだろ?わぁったよ」

『ま、一目で分かるとは思うけどな。噂じゃあ大の甘いもん好きで、常に大量の菓子抱えてるらしいから』

「なんだ、それを早く言えよ。じゃあ菓子持ってなかったらいいんじゃねーか」



 危うく黒髪美人損するとこだったぜ。

 ニヤリと笑って、無理矢理切った電話。

 

―全てを回想し終った時点で、男の顔は血の気がひいて真っ青だった。

 慌てて目の前の少女の姿を改めて確認する。
 あまりに自分の好みだった為に、黒髪ということを無視してついつい声を掛けてしまった。

―もしも、彼女がいつも通り大量のお菓子を持ち歩いてたのなら、男は気付けただろう。

 それが、電話で話された人物本人であることに。

 しかし生憎、何故か今日の彼女は小さな紙袋を三つほど片手に持っているだけだった。
 聞いていた特徴はないものの、周りの反応からするとやはり彼女なのだろう。

 クラクラしてきた頭を押さえ付ける男の目に、突如、少女の顔がドアップで映り込んだ。



「うお!?」

「お兄さん、顔色悪いけど大丈夫?糖分不足かなあ」



 心配そうに眉を寄せる少女が、自分を覗き込んでいる。
 そんな単純なことに気付くのに、数秒を要した。



「いつもなら沢山チョコ持ち歩いてるから分けてあげられるんだけど」



 申し訳なさそうに眉を下げる少女に、此方が悪いような気がしてくる。
 頭を押さえていない方の手を突き出すことで、心配いらないと意思表示した。



「や、平気だって。糖分不足とかじゃねーから、」



 そこまで言ったところで、男の言葉は別の声に遮られる。



「あ、あんなとこにいたー。雅っちゃーん!」

「おー、相変わらずモテモテっすねぇ」



 帽子を被った女と、ひょうひょうとした雰囲気の男が近付いてきた。
 後ろには、ニット帽を被る男が続いている。
 一見普通に歩いているだけだが、その眼光に、男の背中には冷たい汗が流れた。

 ああ、これが例の門田と+αの二人組か。

 そんな男から顔を出すようにして、雅と呼ばれた少女は笑った。
 紙袋を持っていない方の手を、三人に向かって大きく振る。



「京平さーん、絵理さーん、ウォーカーさーん」



 一人一人の名前を呼びながらこっちこっちと笑顔を深くする雅に、自然と三人の足取りも速くなった。
 雅の元に着くなり、三人の視線は男達に向けられる。



「取り込み中悪いな。コイツに何か用か?」



 ニット帽を被った男、門田が少し前に出るようにして男に尋ねた。
 口調は穏やかだが、その瞳には少々警戒の色が宿っている。

 それはそうだろう。
 噂通りなら、自分達が声を掛けた少女は彼が妹のように可愛がっている存在だ。
 そんな彼女が見知らぬ男に囲まれていたら、警戒するのは当然だろう。

 冷静に考える男に対し、その連れは大分困惑していた。
 門田達の雰囲気に圧されて、しどろもどろに口を開く。



「あ、いや…道を聞こうと思って、だな、」



 しかし、その声は途中で途切れた。
 連れを片手で牽制した男は、何とも言えないような表情を浮かべて息を吐く。



「合コンで一人足りなくなっちまったから、声掛させて貰ってたんだよ。連れがいるとは知らず悪かったな」



 下手に言い訳するよりも真実を伝えた方がいいと判断した為の行動だった。
 それは正しい選択だったらしく、門田が纏っていた警戒の色が、瞬間にして消え去る。



「…ああ、そういうことか。勘違いしちまって悪かったな。けど、次からは気を付けろよ。今回は俺だから良かったけどよ、静雄の奴に見付かったら問答無用で病院送りだからな」



 苦笑混じりに言う門田だったが、その両脇から狩沢と遊馬崎がひょっこり顔を出したかと思うと、ニヤニヤ笑って口を揃えた。



「またまたー、ドタチンもさっきヤバかったよ?囲まれてる雅ちゃん見るなり凄い殺気出して歩き始めちゃうんだからぁ」

「それはもう、ヒロインを奪われた主人公のような剣幕だったっすよー」

「!お前らッ」



 頼むから黙っとけ!

 頬にうっすら赤みを射して怒鳴る門田に対し、ふざけた二人が雅に飛び付く。



「雅ちゃん助けてードタチンがご立腹!」

「大丈夫っすよ!雅ちゃんが上目使いで見上げるだけでロリコンの門田さんはイチコロっすから!」

だれがロリコンだオイ!



 親指を立てる遊馬崎の言葉に聞き捨てならないと、門田がその首根っこを掴んだ。



「あははっ」



 いつものことなのか、雅はそんなやり取りを見て楽しそうに笑っている。
 しかし今のうちにとこっそりその場から離れようとする二人に敏感に気付くと、クイと男の袖を引っ張った。



「!ッ…な、なんだ?」



 やはり只では見逃してくれないかと額に汗を浮かべるが、それは杞憂に終わる。



「お兄さん達、ここらの人じゃないよね?また来る?」



 向けられた笑顔に棘はなく、ついつい素で返してしまった。



「あ、ああ…」

「そっか、じゃあ次に見かけたらまた声掛けてね。次はチョコ分けれるから、一緒に食べよ」

「お、おう」



 輝かしい笑顔を見せつけられ、照れたように視線を反らして頬をかく。
 そんな男の様子に、いつの間にかやり取りを中断してその一連の成り行きを見守っていた三人は、ヤレヤレと溜め息をついた。



「あーあ、また雅ちゃんファン追加だねー」

「ふむ、着実に勢力を伸ばしてるっすよこれは。下手したらそこらへんのチームより力持つんじゃないっすか」

「あーそれ言えてる」

「…笑い事じゃねーぞ」



 苦々しい表情を露にする門田に向かって、口に手を沿えた狩沢が茶化すように視線を送る。



「ドタチンは雅ちゃんラブだもんねー」

「男の嫉妬は醜いっすよー」

「お ま え ら ぁ あ あ」



 だから違うって言ってんだろーが!

 再びギャアギャアと騒がしくなった輪の中に、男達と別れた雅が入ってきた。
 すかさず狩沢が抱きつくと、嬉しそうに抱き返しながら疑問を口にする。



「渡草さんは来れないんだっけ?」

「ああ、どうしても外せない用事があるらしくてな」

「泣きながら用事の方に行ったっすよ」



 その時の光景を思い出したのか複雑そうに笑う門田の言葉に、雅はそっかと残念そうに口を結んだ。



「あれ、そういえば雅ちゃん、今日はどうしてお菓子持ってないの?いつもの紙袋は?」

「そうそう、それなんだよー絵理さん!」



 雅を抱き締めていた手を緩めて首を傾げた狩沢に、待ってましたとばかりに顔を綻ばせる。

 三人が注目する中で、雅はガサガサと手元をあさった。
 いつものお菓子袋の代わりに持ち歩いていた、三つの紙袋の内の一つに手を入れる。



「じゃん。ハッピーバレンタインです!」



 誇らしげに取り出されたラッピング袋に、ピタリと空気が止まった。
 一瞬の沈黙の後、狩沢と遊馬崎の興奮に満ちた歓声があがる。



「ええマジっすか!?雅ちゃんからチョコが貰える日がくるなんて!」

「凄いね、これは電撃文庫が一ヶ月単位で出るってくらいの衝撃だよね!」

「ここまで喜んで貰えるとは思わなかったなあ」



 はしゃぐ二人に対し無邪気に笑う雅に、不意に大きな手が伸ばされた。

 ピタリ。

 額に当てられた温度に、雅は不思議そうに上を見上げる。



「京平さん?」



 そこには真剣な表情で雅の熱を計っている門田がいた。
 彼女に熱がないことが分かると、益々神妙な顔でその顔を覗き込む。



「雅、最近何かあったか?どっかに頭ぶつけたとか」

「んん?何もなかったよー」



 こきゅりと顔を斜めにしながら、雅は面白そうに門田を見つめ返した。
 そんな雅の背後から、既にチョコを受け取った二人が彼女の肩に手を置きながら口を出す。



「いやいや門田さん、気持ちは分かるんすけどねぇ。ここは素直に喜ぶべきっすよ」

「そうだよードタチン、雅ちゃんがそれだけ頑張ってくれたってことなんだから」

「うん、激しい闘いだったよー。はい、京平さんの分」



 二人の言葉にウンウンと頷いてから、雅は門田に両手を差し出した。
 その白い手には、可愛らしくラッピングされたチョコが乗っている。
 暫くは心配そうに雅を見つめていた門田だったが、観念したのか、笑ってチョコを受け取った。

 礼を述べると、この後の予定を聞く。



「時間あんならケーキでも食べに連れてけるんだけどな、その感じだとチョコ配りにいくんだろ?」



 半分確信した問掛けに、雅は肯定の笑みを返した。



「ええ!?これから雅ちゃんとデートじゃないんすかー?」

「それを楽しみにきたのにー」



 すかさず二人から抗議の声が上がるが、雅はキラキラ笑って二人の手を片方ずつ握る。



「私も皆とケーキ食べたい!明日だったら確か全員集まれるんだよねえ。空けといてほしいな」



 絶対皆にも食べてほしい美味しいケーキがあるんだー。

 きゅん。

 胸から聞こえた音に、今度は狩沢と遊馬崎の二人で両側から雅を抱き締めた。
 そんな光景を前にして、呆れたように笑いながら門田は考える。
 この雅の笑顔に勝てる人間は果たしているのだろうかと。

 ま、いるんなら見てみたいもんだな。

 そんな惚気たことを考えながら、雅から引っ付き虫を引き剥がすべく、門田はそちらに向かってゆっくり歩き出した。



―数分後。

 やっと自由の身になった雅は、紙袋を片手に三人に背を向けた。



「じゃあ、またメール入れるよー」



 くるりと髪を翻して笑う雅に、各々が笑顔を返す。



「待ってるからねぇ!」

「気を付けるっすよー」

「ピンチの時は呼んだらドタチンが駆け付けるから安心して!」

「呪文は『京平お兄ちゃん大好き!』っすから!できるだけ甘え声で」

ちょっといい加減黙れ。な?

「「はーい」」



 首根っこを掴まれた二人はピタリと口を閉じ、それを確認した上で門田は雅に顔を向けた。



「まあ心配はねえと思うけど、気を付けろよ」

「うん。ありがとう京平さん」



 目を細めてとびきりの笑顔を残すと、雅は半回転し、その勢いのまま走り去る。

 その活発な後ろ姿を見届けた後、門田は手の中のチョコに視線を落とした。

 甘いものに目がない雅は、お菓子作りなどをしても完成することが滅多にない。
 否、出来るのは出来るのだが、ほんの一欠片だったりするため、他の人間が食べられることは少ないのだ。

 クッキーやケーキのスポンジなど熱を通さなければならないものならば成功例は高いのだが、スイートポテト、チョコレートなどは一発アウトだ。
 味見をするなという方が酷だろう。

 雅の知り合いは大抵、彼女がどれだけ甘いものを愛してるかを理解している。
 その為、雅がバレンタインにチョコを作るのが彼女にとってどれだけ過酷なことかも、理解できるのだ。

 今渡されただけでも、渡草の分を合わせて四つ。
 本命の静雄の他、恐らく臨也や新羅のところにも行くのだろう。

 彼女のことだ。
 その取り巻きの分もあるに違いない。
 一体どれだけのチョコを消費したのか。

 少し難しそうに眉を寄せるものの、口元が弛むのはどうしようもなかった。
 そんな門田を、愉しげに笑みを浮かべた二人が両脇から覗き込む。



「うっわ、ドタチン顔緩みすぎだよー」

「しょうがないっすよ。あの雅ちゃんからチョコ!きっと娘を送りだす父親の心境、いや、妹を彼氏に取られた兄の心境なんすよね!?」

「…うるせえよ」



 ニットを被り直してそっぽをむくが、やはりその頬は微かに赤かった。
 十人中十人が男前だと評価するだろう門田のそんな表情は、雅関係以外ではあまりお目にはかかれない。

 ここぞとばかりに一頻りニマニマと見つめるが、突如、狩沢が憂いをおびた息を吐いた。



「でも私もちょっと寂しいなあ。今まで私達だけの雅ちゃんだったのに。何かアレだよね、アニメ化とかの影響で今までマイナーだったやつがどんどん人気出ちゃった時の心境に似てるよね」

「あー分かるっすよ!今まで気付きもしなかったのにドラマだアニメだとかでいきなり売れ行きよくなって!前から愛読してたこっちから見れば非常に淋しいんすよねえ」

「そうそう、よさを分かってもらえるのは嬉しいんだけどさ、何か寂しいんだよね」

「この矛盾が何とも言えず…」

「「はあー」」

「…満足かお前ら?」



 いつもの一般人には理解し難い討論が一段落すると、いつもの調子を取り戻した門田が、二人とは意味の違う溜め息をつく。
 チョコを大事そうにポケットにしまってから歩きだした背中に、狩沢が目を瞬かせた。



「ん、何処行くの?」

「やだなあ狩沢さん!雅ちゃんの為の下見に決まってるじゃないっすか!」

「あ、そっか!流石ドタチンー。雅ちゃんには超甘あまだよねえ」

「…」



 心なしかスピードの上がった門田の後に、雅トークを続ける狩沢と遊馬崎が続く。

 数秒後には、再び門田の声が響き渡った。







その笑顔を守るだけ




(泣かせる奴は許さねえ。例え静雄だろうと、な)
(帰る場所があるから、安心して冒険できるんだよ)




スイートはにぃ。







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