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■ 03:




 とある喫茶店では、何とも奇妙な図が出来上がっていた。

 池袋で有名な金髪バーテン服の男の前に座る、ふわふわした雰囲気の少女。
 どう見ても首を傾げる組み合わせだが、ここら辺の人間にとっては見慣れた光景なので、ガン見しているのはよそから来たお尋ね者くらいだ。
 
 そんな好奇の視線が混じる中、雅は満面笑顔でパフェのクッキーを頬張っていた。
 周りには既に皿のタワーが出来ており、目の前では静雄が感心したように目を見張っている。



「いっつも思うけどよ、よくそんだけ食って太んねぇよなお前」



 つか、どこに入ってんだこの量。

 目分量で皿を数えようとするが途中で面倒臭くなって放棄すると、パフェについてきた柄の細いスプーンを指先でくるくる回し始めた。



「―、雅」

「ふ?」



 いつの間にかパフェを食べ終え、今度はアップルパイにかぶりつきながら首を傾げる姿に、眉を寄せながら笑う。



「菓子でもデザートでも好きなだけ食わせてやっから、臨也の野郎のとこだけには行くな」

「…うん」

「?何だよその間は」



 何か不満でもあるのだろうか。

―まさかノミ蟲自身に用があるんじゃねぇだろうな。

 思わず顔を険しくする静雄に対し何を思ったのか、雅は珍しく歯切れの悪い返事をした。



「んんー…えっと、何ていうか…」

「…」



 静雄がこんなに辛抱強く待てるのも、雅だけだろう。

 彼女でなければ聞く気も失せて踵を返すか、気に入らない男であれば宙に放り投げてしまうかもしれない。
 静雄がスプーンを回す手を止めた辺りで、雅の答えがまとまった。

 ごくんとアップルパイの塊を飲み込む音がする。



「…愛の確認のためって言ったら、怒る?」

「は?」

「今日も仕事あるの分かってて敢えて臨也さんとこ行ったんだよねぇ。仕事放棄させてごめんなさい。トムさんには私から謝るから」



 少し眉を下げて申し訳なさそうに言われた言葉に、一瞬呆ける。

 確かに、今日は仕事中に臨也から雅誘拐メールが届き、仕事をほっぽり出して雅の元へと向かった。
 理解のある上司は事情を察し快く承諾してくれた為、そちらはそこまで問題ではない。
 しかし、静雄にとって見逃せない事柄が一つあった。

 静雄は怪訝そうに雅を見ると、こきゅりと軽く首を傾げて、不思議そうに一言。



「仕事のことは別にいいけどよ…そりゃ、俺の気持ちがお前に伝わってなかったってことか?」



 純粋に、ただ分からないと言った風に聞いてくる静雄に、雅は胸の辺りで音が鳴ったのを確かに聞いた。

 きゅん。

 音として表すなら、正にそんな感じだ。

 金髪にサングラスに長身。
 そんな容姿を持つ静雄は、初対面の人間には、どちらかと言われれば恐怖の対象として映る。
 静雄の喧嘩を見たことがある者は尚更だ。
 
 しかし、雅という少女からすればそれこそ解せない事柄であり、その小動物を思わせる動作に堪らず叫んだ。



「っ静雄さん可愛い!」



 そのソプラノで紡ぎ出された叫びはそこまで大きくなくとも、耳を澄まして二人の様子を窺っていた者達の耳に届くには十分だった。
 ブッ、と飲んでいたものを吐き出すような音が、店内からチラホラ発生する。

 静 雄 が 可 愛 い ! ?

 絶対にイコールで結べない単語の組み合わせに、その殆んどが顔を蒼白にした。
 静雄がキレて、彼の目の前の可愛らしい少女に危険が及ぶのではないかと。

 最も静雄の事をよく知る人物であれば、彼が女性に手をあげるような輩ではないことを知っているのでそこまでうろたえる事はないのだろう。
 更に相手が雅とあっては、そんなこと有り得ないと笑い飛ばすに違いない。
 現に、静雄は怒るでもなくあっけらかんとした表情で座っている。

 そんな一部が緊迫した雰囲気の中、心配されている当人は花のように顔を綻ばせた。



「ちゃんと静雄さんの気持ちは分かってるよー」

「そーか、ならいい」

「私も同じだからね。静雄さんの為なら甘いもの一週間我慢できるくらい、大好き」



 一週間かよ!?

 再び心中で激しく突っ込みをいれる輩は、更に驚くべき光景を見ることとなる。



「ほー、そりゃ大したもんだな」



 心なしか嬉しそうにニッと笑う静雄に、ガチャン、と皿やカップの割れる音があちこちから軽快に響き渡る。

 それでいいのか静雄ー!!

 勝手に盗み聞きをしてリアクションをとる彼等は、知らなかった。
 先程の雅の言葉が、どれだけ大きな愛を語っていたのか。
 彼女を知る者ならば、彼女にとっての甘いものの存在がどれだけ重要かを理解している為、一週間断食宣言をさせた静雄に黙って拍手を送っただろう。

 それほどに、雅は甘いものを愛していた。
 そして、それ以上に静雄を想っていた。

 ふふ、と愉しげに笑う雅は、不意に席を立つと静雄の隣に移動する。



「?こっちに移動する意味あんのか」

「んーこっちのが静雄さんに近いかなと思って。静雄さんも私も細いから狭くないし」

「そーいうもんか」

「そーいうものです。あ、シナモンパイ食べる?」

「ん、貰うわ」



 わしゃりと雅の頭を撫でて、静雄はその白い手からシナモンパイを受け取った。
 それを口に運ぼうとした瞬間、着メロが鼓膜を震わす。



「いーよ、多分トムさんだね」



 確認をとる間もなく笑顔で承諾した雅の頭にポン、と一度手を置き、携帯を耳に当てた。

 一方、静雄からシナモンパイを受け取った雅は、当たり前のようにそれを自分の口へと突っ込む。
 ハムハムと消えていくシナモンパイに軽く笑うと、幸せそうな雅の笑みを横目に会話を進めた。

 簡単なやり取りの後、携帯を畳んだ静雄は少し眉を寄せて雅に向き直る。



「悪いな、今から仕事戻るわ。もう少し居るか?」



 居るんだったら金置いてくけど。

 最後まで付き合ってやれないことに罪悪感を感じている静雄に、雅は返事を返そうとするが、それは再び着メロに遮られた。
 しかし、今度は雅のポケットからだ。
 視線で静雄に了解を得ると、通信ボタンを押して耳に押し当てる。

 画面表示により相手は分かっていた。



「もしもし、臨也サン?」



 グシャリ。

 雅が電話に出た瞬間、隣から妙な音がする。
 しかし気にする時間もなく、携帯からは爽やかな声が流れ出た。



『やあ、さっきぶり。今シズちゃんが隣にいると思うんだけどさ、―』



 そこで、言葉は途切れた。

 代わりに聞こえたのは、さっきと同じグシャリという音。
 彼女の手には、既に携帯はない。
 目を瞬かせている雅の目の前には、彼女の小さな手でも完全に包み込めるサイズになった、塊。

 片方は静雄ので、もう片方のは雅のだ。

 長い睫がパチパチと上下するのを見て、静雄は気まずそうに眉をひそめた。



「…悪ぃ。あー…なんだ、やっぱお前、一緒に来い」



 その常識外れの携帯の変貌に血の気を引かせる周りに対し、雅はキラキラと笑う。



「相変わらず手品みたいな力だねっ」



 手 品 ! ? 

 ホントにタネも仕掛けもねーよ!

 あまりに呑気な意見に、彼女を初めて見た連中は顎を外す勢いだ。
 そんな中、相変わらずなのはお前の方だと呆れたように笑った静雄は、手のひらサイズに凝縮した携帯を雅に返す。



「携帯、買い直しに行くから一緒に来い。ちょっと連れ回すことになるけどよ、いいか?」

「全然大丈夫!静雄さんになら着いてくよ」

「そいつぁ嬉しいんだけどな…臨也の野郎にはもう着いてくんじゃねーぞ」

「……はーい」

「…」



 だからその間は何だ。

 激しく不安を感じながらも、フワフワした笑顔に、静雄の口元は微かに弛む。

 まあ、そん時はそん時でノミ蟲ぶっ殺して取り返しゃいーか。

 艶やかな黒髪に手を伸ばし、小さい頭をくしゃりと撫でた。










お前は笑っていればいい





(あとは俺が何とかする。…とりあえずノミ蟲はぶっ殺す)
(ああ、もしかしたら甘いもの一ヶ月は我慢できるかも)





おひとついかが?






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