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■ 01:





 臨也は何とも言えない表情で目の前の少女を見た。
 自分のマンションの一室でテーブルをはさんで顔を合わせている少女に、呆れたように問掛ける。



「雅ちゃんさあ、自分が人質にとられてるっていう自覚あるのかな?」



 どう見てもないよねえ?

 自分の問掛けを相手の返事も待たずに肯定する彼に、雅はニコリと笑顔を向けた。
 先程から口にしているクッキーの欠片を口元に付けたまま無邪気に口を開く。



「このクッキー美味しい!波江さん作だよね?教わりたいから今度臨也サンからも頼んでほしいな」

「自分で頼みなよ。人の話を聞かないとこはシズちゃんといい勝負だよね」



 天敵とも呼べる存在の顔を思い浮かべながら少々苛ただしげに言葉を吐き出す臨也には、実に楽しそうな笑い声が返された。



「静雄さんが耳を傾けないのは臨也サン限定だよー」

「…相変わらずなんて都合のいい耳だろう。腹立たしさもいい勝負かもしれない」

「んんー臨也サン、今日糖分足りてないんじゃない?」

「は?…、」



 そういうや否や唇に押し付けられたクッキーに、軽く眉をしかめながらも素直に口を開ける。
 普段、笑みを張り付けていることの方が多い臨也からここまで笑顔を奪える相手も珍しい。

 片手で頬杖をつきながら不機嫌そうにクッキーを噛み砕いた臨也は、不意に空いている方の手を伸ばした。
 クッキーを自分に与える為に身を乗り出していた雅の手首を掴み、不敵に笑う。



「んん?」



 意図が掴めないとでもいうように首を傾げる雅に、優しげに語りかけた。



「一つ提案があるんだけど」

「えー、何なに?」



 元々楽しい事に目がない雅は、簡単にこういう話に乗ってくる。
 掴まれた手首をどうするでもなく、更に身を乗り出してくる姿に思わず笑った。
 近付いた事を確認するなり掴んだ手をゆっくり離すと、そこら辺のセールスマンのような爽やかな、しかし胡散臭い笑みを雅に向ける。



「シズちゃんなんてやめて、俺にしときなよ」

「んー…何で?」



 ただ純粋に、心の底から不思議だと言うように聞き返してくる雅の口元に、臨也はさりげなく手を伸ばした。
 その白い肌に指を滑らせ、クッキーの欠片をとってやりながら淡々と言葉を列び立てる。



「俺だったらシズちゃんみたいにキレることはないし、こんな風に君を拉致られるようなヘマもしない。容姿もそんなに悪くないだろう?」



 機械のような言葉の羅列。
 雅はパチパチと数回瞬きして、それから可笑しそうに目を細めて笑った。



「臨也サンまだ若いんだから、そんな死に急ぐことないのに」



 別に、雅が変わっているわけではない。

 洒落にもならないことを無邪気に言い放つ彼女は、極々当然の事を言っている。
 それが分かっているからこそ、一般的に聞けば飛躍しすぎている台詞にも、臨也は敢えて何も突っ込まなかった。



「私に手出したら静雄さんに殺されちゃうよ?」

「そうだろうねえ」





―コロコロ鈴が転がるような声で空気を震わす雅は、池袋では有名だ。

 別に彼女自体が特別な何かを持っているわけではない。

 強いて言うなら、その肩書きに力があった。
 池袋では知らない人間など存在しないと言っていいほどの有名人、喧嘩人形の異名を持つ平和島静雄。
 雅は、彼が100%キレる事のない唯一の存在だ。

 平和島静雄の女。

 その肩書きだけで、周りが驚異の念を持つには十分だった。
 その上、静雄と犬猿の仲で知られている折原臨也のお気に入りで、ダラーズの顔役として密かに名を轟かせている門田京平に可愛がられている妹分。

 これだけ要素が揃えば、誰も下手にちょっかいを出そうとはしないだろう。
 
 初めのころは利用しようとした輩も存在したが、その企みの一時間後には、雅の名前を聞いただけで逃げ出すような状況に追い込まれた。
 今となっては、静雄関係で雅を利用しようなんて考える輩は臨也一人だ。



 クスクスと楽しそうに笑みを溢す臨也は、不意に携帯に視線を落とした。
 画面に表示される時間を確認すると、軽快な動きで腰を上げる。



「さて、と…」

「あれ、どこかにお出掛け?」

「まあね。流石にマンション壊されるのは迷惑だからさ」

「あーそうだねぇ」



 二人の間に、主語は最早必要ない。
 臨也はすがすがしい笑顔で頷く雅に、手短な台の上に置いてある菓子の缶を手渡した。



「まあ、俺とシズちゃんが話してる間はこれでも食べて待ってなよ」

「新商品だ!ありがと臨也サン」

「喜んでもらえて何よりだ」



 目の前に差し出された菓子に一瞬で瞳を輝かせる雅に、目を細める。

 扱いは実に簡単。
 一見、もしかしたらそこら辺の子供よりも誘拐されやすいのではないかと疑うほど、雅は単純だ。
 しかし彼女がそんなつまらない人間ではないことは、臨也が一番よく理解していた。

 その無垢な笑顔の下に、何れだけの感情を押し込んで凝縮しているのか。

 クツリと喉を鳴らして雅の頭を軽く撫で付けると、臨也は彼女に背を向ける。
 扉に手を掛けたところで、ガサガサと袋を開ける音に混じって、年の割に幼い声が飛んで来た。



「臨也サン―…―…」


 
 立ち止まらずに、その台詞を聞き流す『ふり』をしながら、臨也は静かに部屋を出る。
 扉を閉めると、すぐリピートされる雅の言葉。



「―全く、どこまで分かって言ってるんだろうねえ君は」



 どこか自嘲気味な笑みを浮かべながら、臨也はマンションを後にした。











無防備な完全防御



(君って奴は、なんて残酷な人間なんだろう!)
(貴方はいつも、一体どこまで見つめているのかな)



カツリと鳴った。






(お題配布元:ことばあそび様)


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