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優雅に紅茶を啜る冥冥を前に、五条は目をギラつかせた。
「さて、冥さん。一から全部説明してもらうよ」
「フフ、そろいも揃って本当に期待を裏切らない子達だね」
「前置きはいい。金も用意した。急いでるからさ、さっさと話してくんない?」
「まあ珍しい君の姿が見られただけでも充分かな」
自分に噛みつくことは滅多にない男から滲み出る殺伐とした空気に、笑みを深める。
カチャリとカップを置くと、彼が持ち込んだ鞄を満足そうに引き寄せた。
「まあ、今回は可愛い雅に関わる案件だから初めから動くつもりだったけども。厚意はありがたくいただいておくよ」
金がなければ動かない、逆に金さえあれば何でもする。
金の亡者である冥冥にタダ働きも可能発言をさせることから、彼女にとっても雅は相当お気に入りらしい。
「ここに来たということは、雅には連絡がついたんだね」
「暫くマネージャーを辞めるって言われたよ。理由は嫌がらせらしいんだけど、そんなの僕が見逃すはずないからね。何を隠してるのか冥さんに確認をとろうと思って」
「なるほど」
昔とは違って、彼にとっての自分の価値を理解して利用し始めたわけだ。
ー全く本当に、疎いんだか聡いんだか。
ゆらりと髪を揺らすと、雅からこっそり一枚くすねていた紙を机上に差し出した。
躍る文字をなぞった五条の顔が更に険しくなる。
「雅に大量に届いた脅迫文の一部だよ」
「…ほんっと、舐めた真似してくれるね。ちなみに文章は全部一緒?」
「言い回しは変えているけれど、指し示す内容は全て一致していたかな」
「冥さんは勿論、“これ“に気付いた上で雅さんを行かせたって解釈でいいんだよね?」
「そうなるね」
「冥さんのことだから考えはあるんだろうけどさ、これで雅さんに何かあったらさすがに僕も黙ってられないよ」
一層鋭さを増す雰囲気に、ぞくぞくと身体を駆け巡る快感。
全く、相変わらず金の匂いしかしない。
その美貌に加えて、彼独特のナイフのように尖った危うい雰囲気。
女はもちろん、男ですら危険な香りには強い興味を惹かれるものだ。
実際、五条悟には男性ファンも多くついている。
そしてそれを覆す、唯一無二の相手にしか見せない砂糖菓子のような甘さ。
正直こちらの方は当初は期待していなかったのだが、飴凪雅との出逢いによって引き出された掘り出しものだった。
前回のジュエリー企画も大盛況で、話題が話題を呼び雑誌ジュエリー共に売り上げは過去最高。
今も記録を更新中だ。
まさに出会うべくして出会った二人。
冥冥という人間にとって、五条と雅は現在何よりも価値が高い存在である。
勿論、ひとりの人間としても二人のことは気に入っていた。
だから多少のリスクは背負ってでも、今回のことは確実にケリをつけるつもりで雅を見送ったのだ。
「ーそこは信用したんだよ。君がいて、彼女が助からないわけがないからね」
「まあそれは否定しないけど。まず危険な目に遭わせたくないでしょ」
「雅の魅力は私もよく分かっているさ。しかし何がそこまで君を骨抜きにしたのかな」
「それ、今する話?」
「今からの流れに重要なんだ。まあ、大体予想はつくから問題ないよ」
「どっちだよ」
「この脅迫文。君もお察しの通り、今回狙われているのは雅である可能性が高いからね」
「…ああ」
美しく整った指先に弄ばれる紙切れを睨みつける。
五条と雅の関係が一部にバレて起こった今回の一件。
普通に考えるならば、五条と付き合う雅への嫉妬、または会社のことを思っての五条のスキャンダルによる人気低下を恐れた雅への警戒。
どちらに転んでも、ただ二人を引き離すために仕組まれたことだと考える。
だが、問題は脅迫文のその内容だった。
先ほどの理由から導き出すならば、五条への害を仄めかす文章では辻褄が合わないのだ。
五条のファンが彼に怪我をさせるわけがないし、会社のためと謳うなら仕事に支障を出させては本末転倒。
過激なファンという線もあるが、それならば雅に対してマネージャーを辞めさせろ程度の生ぬるい要望で済むはずもない。
五条から女の影を消すことが目的である場合、一番簡単で効果的なのは、雅自身に危害を加えて危険を察知させることだ。
それなのに実際はなぜか全くの逆だった。
確かに雅の性格を熟知していればこちらの方が効果的であるのは一目瞭然だが、そこまで関わりが深い人物を 五条や冥冥が見逃すはずもない。
すると、あと考えられる可能性はふたつ。
過激な五条ファンの線が復活して、マネージャーを辞めさせた上で何かしら接触してくるか。
はたまた、雅自身が執着の対象か。
どちらにせよ、彼女が狙われているのは明白だった。
「よほど君のことで頭がいっぱいだったみたいだね」
「それ自体は嬉しいんだけどさ、複雑だよ。自分の価値がまだまだ分かってないよね」
「そこが彼女の愛い所のひとつじゃないか」
「知ってる。で、冥さんは何を掴んでんの?」
「大体の犯人の目星」
ほぼ百パーだけどね。
指を組んで両眼を細めた冥冥に、思わずサングラスを外す。
「さっすが冥さん。詳しく」
更に詰め寄ってくる五条を片手で制すと、逆に自身もやや身を乗り出した。
「その前に、君にひとつ確認がある」
「何」
「最近、危険な目にあったり何か身の回りに変化はあったかい?」
「あるわけないでしょ。そんな分かりやすい変化があったら雅さんをむざむざ離れさせたりしなかったよ」
「それはそうだろうね。まあ雅が私の元に来たきっかけだけれど、君への差し入れに毒が混入されていたらしい」
「は?何それウケる」
「調べたけどやっぱり実際には起こっていなかったよ。つまり雅だけが、直接嘘を伝えられた」
「へえ。なるほどね」
そこまで聞けば、小学生でも察しはつく。
「で、雅さんにそんなでたらめを吹き込んだヤツの素性は?」
「…今の君に言うのは少し躊躇われるね」
暴れるのはほどほどにしてほしいな。
完全に瞳孔が開いている五条に無言の圧をかけてから、勿体ぶるように指を組み直した。
「過去に雅と短期間、同じバイトをしていたようでね。ーうちの現モデルのマネージャーだ」
今まで以上に離してあげない