呪術廻戦長編 | ナノ
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不穏





「…は?」



 機械越しに聞こえる五条の声に、雅は冷や汗で滑りそうになるスマホを握り直した。

 予想通りではあるが、これはあまり長引かせると厄介だ。
 考え抜いたカンペを片手に、スラスラと要件を伝える。



「だから、暫くマネージャー辞めるよ」

「いや、それで僕が納得すると思ってることに驚いてるよ。今からちゃんと話聞きに行くから場所教えて」

「もう冥さんにも話通してあるから」

「マジで何言ってるのか分かんない。何勝手に進めてんの。理由は?」



 明らかにいつもとトーンの異なる声に心臓が縮まるが、ここでひくわけにもいかなかった。
 震える指先を叱咤しながら、悟られない範囲で息を吐き出す。



「ー嫌がらせがね、止まらないの」



 伝えた先から、相手が息をのむのが分かった。



「…何それ、初耳だけど」

「五条がいろいろ根回してくれて、結局一部の人しか私達の関係を知らないのも分かってるよ。でも、どこからか漏れているみたいで。結構物無くしてるし、私物もだめになった。精神的に限界で…ごめん」



 一息で言い切ると、一方的に電話を切る。
 少しでも落ち着きを取り戻そうと、額にスマホをあてて項垂れた。



「…ごめん、五条」



 全てが終わったら謝るから。

ー言ってしまえば、理由は嘘だ。
 彼ほどの人気をもつ存在に女がちらつけば、仕事への影響の他に危惧するのが、その女性に対しての嫌がらせなどである。
 実を言えば雅自身も、ある程度の覚悟はしていた。

 しかし実際は、隙のない五条が全てをうまくやってくれているお陰で嫌がらせなどは一切発生していない。
 ないことをでっち上げて心配を煽るのは心が痛むが、五条を納得させるには彼のことより自分のことを挙げる方が効果があることは明らかだった。

 そこまで分かっていて利用する自分はさぞ性格が悪いのだろう。
 自嘲をこぼすと、鞄の中に詰められている紙くず達を手に取る。

 カサリと乾いた音をたてるそれらには、決まって同じ内容が綴られていた。



“マネージャーを辞めさせろ。五条悟に災難がふりかかる“

“五条悟の安全を確保したければ、マネージャーと引き離せ“



 微妙に文言は変えてあるが、どれも要約すると、雅が五条から離れなければ彼に危害が及ぶという脅し文句だ。

 初めはさすがに冗談だと流していたが、危機感を持ったのは五条に出されるはずだった差し入れに毒が入っていたと耳にしてから。
 幸いにも誰も犠牲にはならず未遂で終わったが、正直血の気が引いた。

 もちろん五条本人の安全も気にかかるが、正直な話、何かと器用な彼は自分が狙われることについてはものともしないだろう。
 ただし本人に自覚があるかは不明だが、割に情に厚いところもある。
 長い付き合いの自分はもちろん、ある程度仕事を一緒にした者や、認めている人物などに万が一被害がいけば、どんな行動をとるかもわからない。

 正直に伝えるべきか迷った瞬間もあったが、結論。
 本人に言うと面倒この上ないことになることは目に見えていたため、こっそり上司に相談にいった。



『…これは確かに穏やかではないね』



 雅が持ち込んだ紙を指先で弄びながらクスクスと笑みを溢す冥冥こそ、五条悟をこの業界に引き込んだ当人だ。
 雅自身が世話になっていることもあり、いつ見ても美しい年齢不詳の彼女のことは信頼している。



『それで?君はどうしたいんだい』



 表情を崩さずに穏やかに問うてくる冥冥に、思わず視線を落とした。



『…はい、私としては一旦五条と距離をおくべきかと』

『ふふ、私は君が可愛いから反対はしないよ。しかし、あの五条悟を納得させる手立てはあるのかな』



 彼の君への執着は凄まじいからね。

 どこか愉しげに唇を歪める彼女は、おそらく雅の決断も五条の行動も、もっと言うならばこの先の結末までもが大方視えているのだろう。



『説得は難しいと思うので、事が落ち着くまで会いません』

『それはまた茨の道を選んだね。彼から本気で逃げられるつもりかい?』

『これでも10年は一緒にいるんですから、五条の思考回路くらいは読めますよ。冥さんのところにも乗り込んでくると思うのですが…』

『そこはもちろん、かわいい部下の方に協力しようじゃないか』

『ありがとうございます。…お金積まれても揺らがないでくださいね』

『それは定かではないな』

『…』

『冗談だよ』



 安心して思う存分逃げておいで。

 妖艶に微笑む姿に頭を下げて、その日のうちに家を飛び出して早三日。
 幸いにも、仕事相手の都合によりここ四日間は仕事が入っていなかった。
 五日後ー…明後日からは、雅の代わりに五条と知り合いでもある伊地知をあててくれるらしい。

 少し推しは弱いが、気遣いができて優秀な人材だ。
 五条が困らせないかだけが心配だが、ー否、確実に精神を削られるだろう。


 すいません伊地知さん、解決したら絶対飲みに誘います奢ります。


 内心で全力謝罪、そっと涙を拭いながら、スマホ画面に意識を戻した。
 やはりと言うべきか、初日からずらりと並んだ着信履歴やLINEに苦笑する。

 1日目は、友達と泊まりがけで会うから。
 2日目は、親が風邪を引いたみたいだから泊まりで様子を見に行く。

 怪訝そうにしながらも、引き下がってくれたのはそこまでだった。
 さすがに三日目は問答無用で問い詰められたため、冒頭の会話に戻る。

 ビジネスホテルや漫画喫茶を転々として居場所を掴ませないようにはしているが、これでここからは五条も本格的に動くだろう。
 できることなら五条を刺激せずに解決したかったが、雅が五条のマネージャーを外れたというこの事実が脅迫の犯人に伝わらなければ元も子もない。
 かといって初日からそれを公にして五条に伝わりでもすれば、あっという間に確保される。

 だから、できるだけ遠くにきて痕跡を消してから伝えることにした。

 この後、五条が会いに行けばそれを合図に、冥冥がマネージャー交代の情報を知人達に公開してくれる手筈だ。
 それで事が収まれば、とりあえずよし。
 犯人が他の動きを見せるようであれば、今度は警察にも要請して徹底的に調査してもらう。

 本来ならば、脅迫がいくつか届いた時点で警察に相談する話も上がっていた。
 しかしやはりそんなニュースのネタになることは避けたい会社の本心と、五条には穏便に過ごして欲しい雅の意見が一致。
 冥冥からは無理をしないことを条件に、五条のマネージャーを外れて様子をみるという案を採用して貰った。

 さて、五条の行動力を考えれば、そろそろ冥冥に接触している頃だろうか。

 新たな場所に拠点を移そうかと少ない荷物に目をむけたその時、スマホが着信を知らせた。







今まで以上に離してあげない


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