◇
かちり。
秒針の音だけが支配する空間の中で、五条は不意に顔を挙げた。
雅は既に眠りに入っている。
その表情は、五条さんはいつ寝るんですか!?と目を見開いていた彼女からは想像できない穏やかさだ。
自分の「夜を一緒に過ごす」発言時の動揺具合といい、本来ならば非情に感情豊かな部類なのだろう。
性格的にも、実に素直で朗らか。
普通に生活していたならば、さぞ充実した人生を送れていたに違いない。
それが、謎の大量呪霊により長年苦痛を強いられ、邪魔されてきたのだ。
初対面ながら、彼女が元々過ごせるはずだった日々を一刻も早く取り戻してやりたいとは思う。
そう思わせる程度には、雅は五条に興味と好印象を与えていた。
その心身のタフさと、目の前の事実を素直に呑み込み理解しようとする冷静さ。
これで呪いを視る目さえあれば、己の夢の実現のためにー…信頼できる仲間として育てたいくらいの逸材だった。
「…来たね」
かち。
時刻がぴったり二時を示した刹那、よどんだ空気が部屋を占める。
音もなく立ち上がった五条の周りで、瞬間的に何かが爆ぜた。
跡形もなく消えたのは、紛れもなく呪霊だ。
どこから現れているのか。
部屋の壁から次々に湧いてくる呪霊を、その場から動くこともなく片っ端から祓っていった。
この量が毎日来ていたならば、出会った時のあの悲惨な状態も頷ける。
一般人なら、既に廃人になっていてもおかしくはないレベルだった。
天性の性格故か、忍耐強さか。
もたらされる不調に数年間耐え抜き、しっかり社会に出ていた彼女には本当に賞賛しかない。
本当なら呪力を辿って根本を探りたいところだが、土曜日の捜索で判明したことのひとつに五条の行動範囲の制限が挙げられた。
扉か、雅か。
どちらを対象にしているかは分からないが、恐らくどちらかを基準にして五条が動ける距離が決まっているらしい。
「うーん…これ自体は辿れないことはないんだけど、」
感じ取れる呪力からして、原因はその距離をゆうに超える位置にいる。
これは追うにはまだ時間が必要だ。
雅に、いくつか確認しなければいけないこともある。
数分後、気配が全て消えたのを確認したのち、五条は自室への扉に手を掛けた。
2021/03/07