◇
ぱちり。
雅が瞼を押し上げると、見慣れた天井が目に入った。
今までに感じたことがない爽快感、約十年ぶりの気持ちの良い目覚めだ。
身体を起こしてその軽さに目を丸くすると同時に、気を失う前の記憶を取り戻す。
「そうだ、あの人は…」
そもそもあの時そのまま床で意識を飛ばしたにも関わらず、今目覚めたのはお行儀良くベッドの上。
普通に考えたら、彼が運んでくれたことになる。
勢いよく起き上がって、部屋を出た。
家中を探すが、やはり己以外の人の気配はない。
「…夢だったのかな」
しかし、そうすると今の身体の快適さが説明できなかった。
確かに、彼が現れた瞬間に憑きものが落ちたかのように楽になったのだ。
長年の苦痛を一瞬で取り払ってくれた、いわば命の恩人と言っても過言ではないだろう。
あのままでは、本当にいつ病院に運ばれてもおかしくない状態だった。
お礼をしなくてはと思っていたのに、名前すら聞けていない。
彼がどんな経緯で、何を目的に、どうやって此処に存在していたのか。
気にはなるが、まず一番にやはりお礼がしたい。
何も手がかりがない状況に溜息が出るが、ふとテレビをつけて絶句した。
「…なんと、」
天気お姉さんが伝えた日時は、日曜日。
気を失ったのは金曜日の夜だ。
まるっと土曜日を夢の中で過ごしたというのだろうか。
いくら寝不足だったとはいえ、衝撃的だった。
土日を挟んでいたことで、仕事に支障が出なかったことは幸いか。
何となく鏡を覗いてみれば、あれだけ目立っていた隈も少し薄くなっている。
健康な身体がこんなにも素晴らしいものだとは!
とりあえず全快した今、すべきことは沢山あった。
手早く朝食を済ませて身支度を調えると、エプロンを身につけて腕まくりをする。
やりたいことは山積みだが、まずは折り重なる身体の不調のせいでゴミ屋敷と化しているこの家を変えるのが最優先。
家事はもともと苦手ではなかった。
ペロリと軽く唇を湿らせてから、長らくご無沙汰だった作業に没頭する。
気が付けば、夕日が映える時間帯。
見違えるような部屋に満足して、オレンジの反射する窓を開けた瞬間ー、
がちゃり。
「はいはいお邪魔するよー。って、すごい変わり様だね。部屋も本人も」
クックと面白そうに喉を鳴らした目隠し男が、背後の扉から姿を現した。
2021/03/03