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五条悟は、目の前の光景に珍しく悩んでいた。
本日も難なく任務を終え自分の部屋の扉を開けたはずが、先に見えたのは見慣れた光景ではない。
面倒この上ない状態に一旦閉めてしまおうとも考えたが、職業柄それをしにくい要素が明らかだったために思いとどまった。
どこかの家の中であることは分かるのだが、家具を覆い隠すほどにひしめく呪霊の量に軽く唸る。
一匹一匹は雑魚だが、問題はなぜここまで一カ所に密集しているかだ。
いくら力が弱い呪霊だろうと、こんな量の呪霊に取り憑かれていたらその人間が無事なはずがない。
こんな量に一気に集まられている例は見たことがなかった。
とりあえず主を探すべきかとも思ったが、その必要はないらしい。
部屋の真ん中に伏せている人影を見つけて、内心ほくそ笑む。
ーすごいね、ちゃんと生きてる。
「ーあれ?此処どこ?」
わざとらしく声を上げてみれば、完全に呪霊に埋もれている人物がそろそろと片手を挙げた。
「…私の家、です」
届いたのは消え入りそうな声だが、震えや恐怖といった感情は意外にもなさそうだ。
ただ、状況的にはやはりあまりよくないだろう。
彼女の安全のためにもまずはこの呪霊を祓わなければならない。
緩やかに唇を崩すなり、一歩進んで後ろ手に扉を閉めた五条が軽く腕を振るった。
周りに漂っていた呪霊が一気に消え、異常に気付いた他の呪霊もそれぞれの動きを見せようとするが、最強の男がそれを許すはずもない。
あっという間に部屋内の呪霊を祓うと、空間の全貌が明らかになった。
「はは、すごいゴミ屋敷。まあ、あれだけ憑かれていたらこうなるよね」
物やゴミが散乱した室内に思わず笑うが、当の本人は別のことに意識が向いているようでそんな五条の失礼な態度は気にもとめていない。
「え。え、なに?めっちゃ楽になった!頭痛くない!気持ち悪くない!すごい何年ぶりだろ」
酷い隈のある瞳がキラキラ輝いて、五条を捉えた。
「誰だか分かりませんけどありがとうございますっ」
「どういたしまして。まあ合ってるんだけど、僕がなんかしたことは確定なの?」
「貴方がきた瞬間ですもん。確かにめちゃくちゃ怪しいけど、人は見かけで判断しちゃいけないって近所のお姉ちゃんが、…あれ?」
がばりと肘で支えて上半身を起こしかけていた彼女だったが、不意に再び地に伏せる。
「…すいません、楽になったから…か…眠気が…やば、お礼…帰らないで…、すぅ…」
「…」
ぱたりと力尽きた直後、途切れた台詞に穏やかな寝息が混ざって彼女の夢入りを知らせた。
2021/03/02