雅は目の前に現れた人物に絶句した。
全身黒に身を包んでいるだけなら、その高身長とスタイルも相まってモデルと見間違えたかも知れない。
ただ、その目隠しで覆われた目元は何をどう見ても不審者だ。
更に、その謎の人物が現れた場所が問題だった。
「ーあれ?此処どこ?」
「…私の家、です」
特に慌てた様子もなくただ不思議そうに首を傾げた男に、小さく片手を挙げた雅は消え入りそうな声で報告した。
◇
ー飴凪雅は、長年原因不明の体調不良に悩んでいた。
頭痛と吐き気を感じるのは常で、肩凝りもひどく腕は上がらない。
年中睡眠不足のため根付いてしまった隈に、気怠すぎてろくにケアも出来ずにカサついた肌。
ぱさつく黒髪は申し訳程度に後ろで束ねるだけ。
そんな彼女が人生を謳歌できるわけもなく、生きるので精一杯の日々だ。
今日も今日とて、回らない頭で連発しまくったミスに打ちひしがれながら帰路についた。
いつも通り適当に買ったコンビニ弁当をテーブルに置くなり、力尽きてその場に倒れ込む。
「やばい、頭割れそう…気持ち悪い…あーチョコ食べたい」
絶対食べられないけど買ってこれば良かった。
グルグル回る意識の中で、やらなければいけないことをイメージする。
とりあえず部屋着に着替えなければ、またこのまま朝を迎えることになってスーツがシワだらけだ。
床に伏せたまま、クローゼットのある部屋に続く扉を見上げる。
ぼんやりした視界の中、不意にそのドアノブが回転した。
「…は?」
ガチャリと音を立てたそれに、身の毛がよだつ。
現在一人暮らしのこの家に、自分以外の人間がいるわけがない。
合鍵などを渡している相手も存在しない。
そうなれば、可能性はただひとつ。
不法侵入者…!
バクバクと心臓が音をたてる反面、妙に冷静な自分もいる。
強盗なりがいたとしてこの家に金目の物はないし、こんな死にかけ同然の女に何かをすることもないだろう。
逆に救急車を呼ばれる程度の容体であることは自覚していた。
そうしたら一週間くらい仕事を休んでも許されるだろうか。
ふふふと笑みさえ溢し始めた雅の目の前で、とうとう扉が開いた。
2021/03/02