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あなたがいない明日なんてこなくていい



 暗闇にぼんやり浮き上がる外灯のもと、雅は公園のベンチに座っていた。
 どれくらい座っていたのか、自分でも記憶がない。
 ただ、気が付いた時には隣にドサリと温度が落ちていた。

 同時に、無造作に投げ出していた左手をとられ何かを握らされる。
 じーんと伝わる熱におもむろに視線を移すと、大きめの手とコーヒー缶が自分の手に接触していた。

 続けて、やや不機嫌そうな声が鼓膜を揺らす。



「冷った。いつから待ってんだよ、こんな場所に女一人で。今何時か分かってる?」

「…私、ブラックは飲めないよ」

「俺のだもん。オマエのこっち」

「なぜ五条君のを渡した」

「こっちのサイズのが雅の手にはしっくりくるだろ。びっくりして落とされてもやだし。はい交換ー」

「…ありがと」



 一回りサイズの大きいココアにすり替えられ、それを両手で包み込む。
 じわじわと広がる痺れに似た感覚に、思った以上に身体が冷えていたのだと実感した。

 ぷしりと乾いた音がして、気だるそうに座る体勢を崩した五条が缶に口をつけながら携帯を弄る。



「で?夜中にいきなり“会いたい“の一言で呼び出すとか、今時恋人でもしねーけど」

「だって最近、店には来てくれないし。五条君のことだから、昼間に送ってもスルーするでしょ?」

「夜でもスルーするわ」

「実際来てくれたよね」

「…確信犯かよ」



 うぜぇとガシガシ後頭部をかき回すと、そのまま黙った。
 彼なりの話せの合図に、少しだけ笑ってからココアを開ける。



「ー私も、夏油君に会ったよ」



 いつもとは少し違う格好で、いつも通りの穏やかさで、いつもとは無縁の悲しみを置いていった。

 訳も分からず何も声をかけられないまま、その背中を見送ってから一週間。
 その間待てども五条は来ないし、ひとりでは抱えきれず家入に連絡をとると包み隠さず概要を話してくれた。

 そこには中途半端な嘘も見栄も同情もなく、私情も挟まず、つくづく本当の優しさを知っている人だと思う。
 さすが彼らの同期だ。

 軽い沈黙の中ちらりと横目に見るが、宙を見つめたまま動かない彼の表情は読めない。



「…ふーん。傑、何か言ってた?」

「私は視えるから非術師じゃないんだって」

「へえ」

「呪術師の素質があるからって」

「あっそ」

「ならないけどね。一回断ったし」

「だろーな」



 そこで一旦切ると、ココアを一口啜った。
 甘さで気持ちを紛らわせてから、溜息と共に言霊を押し出す。



「あとは、…ー五条君を独りにしないでくれって」

「なんだそれ」



 今までは適当に相槌を打っていたのに、そこだけには感情の動きが見えた。
 ウケる。なんて呟いているが、音に含まれる感情が形に見合っていない。

 本日顔を合わせてから一度も絡まなかった視線が出会って、サングラス越しにその碧眼が驚いたように見開かれた。



「なに泣いてんの」

「…うん、意味分かんないよね夏油君」



 雅が両眼から溢れる熱に思わず笑うと、少しカサついた指先が目元を撫でる。



「…五条君もこんな対応ができたんだね」

「あー喧嘩売る元気がありゃ安心だな」

「でもちょっと痛い」

「悪かったな慣れないことして。つーか俺が泣かしてるみたいだからやめてくれる?」

「今度ハンドクリームあげようか?」

「聞けよオイ」



 お互いに心にぽっかりと穴が空いているはずなのに、こんな軽い調子で会話ができることは救いだった。



「なあこれキリねぇんだけど」



 撫でても撫でても止まる様子のない涙に諦めたのか、面倒くさそうに眉を歪めた五条に引っ張られて顔ごと彼の胸元にダイブする。



「五条君、息。これは窒息コース」

「これ以上手が濡れると寒ぃんだよ。文句なら泣き止んでから言えっての」

「ごもっとも」



 しかし服がびしょびしょになった方が寒いのでは。

 ぼそぼそと突っ込むと腰当たりの肉をつまんできたため、体勢はそのままに勢いよくその手を払った。

 夏油と五条。
 二人のそれぞれの優しさは、身に染みて理解している。
 そのかけがえのない関係性と、互いの存在も。

 弟を守っていくためとはいえ周りを疑いながら生きてきた身としては、正直羨ましいと思いながら見つめてきた。

 二人の間にどのようなやりとりがあったのかは知らないが、それでも夏油が別れを告げて尚、五条のことを気にしている事実は変わらない。
 だからこそ、それらをまとめて実感した時にこうして感情がセーブできなくなるのだろう。

ー私が泣いても仕方ないのに、ね。

 ぬるくなったココアを手探りでベンチの端に置いた雅は、そろそろと両腕を五条の腰に回した。
 ピクリと後頭部に回されている指先が揺れるが、次の瞬間にはからかうような音が降ってくる。



「なに、寂しくなっちゃった?」



 よしよーしと撫でられて少し睨むように見上げると、なぜか片手で目元を覆われた。
 何となく察して、再度彼の胸元に顔を埋める。



「ー五条君は、いなくなったりしないでね」

「…こんな泣き虫置いてどこにいけっつーんだよ」



 自分の代わりに感情を爆発させてくれる姿に、多少なり救われたのは確か。
 今までは意識的に触れてこなかった白い温度に、縋るように力を込めた。






あなたがいない明日なんてこなくていい

(こいつを置いていったのがオマエの答えなら、応えてやるよ。後で後悔しても絶対やらねーけど)
(いつかまた、二人が本音を言い合えますように)

染み広がる、あまい。

2021/02/04


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