夢の続きをみさせる役割を僕にちょうだい
◇
五条は、柄にもなく立ち尽くしていた。
「…何か試されてんの僕」
いつも通り約束に会わせて彼女の家に来てみたのはいいが、珍しくきちんとインターホンを鳴らしたにも関わらず呼び出しに反応がない。
律儀な雅に限ってこんなことは滅多にないため、どんな緊急事態だとセルフで上がり込んだが(不法侵入)、当の本人はソファで穏やかにお休み中だった。
余程疲れているのか、うたた寝レベルではなく完全に身体も横たわってリラックスモードである。
自分とは真逆で普段は隙がないくらいの生活習慣である彼女のこんな姿は滅多にお目にかかれない。
思わず屈み込んで寝顔をまじまじと見つめるが、起きる気配もなかった。
タヌキ寝入りやどっきりの類いではないらしい。
「うーん、これはまいったね」
ふにふにと白い頬をつつきながら、どうしたものかと思考を巡らせる。
五条自身あまりベタベタなスキンシップをとる方ではないが、かといってこんな無防備な状態を前にスルーできるほど冷めているつもりもない。
「雅ー?さっさと起きないと、襲われちゃっても知らないよー」
つついていた頬をぷにっとつまんでみると、驚くほどよく伸びた。
「はは、ウケる」
このまま起きてくれるのを狙っていたのだが、そう簡単にはいかないらしい。
もぞりと身じろぎした雅の指先が五条の手を捉えたかと思うと、次の瞬間には頬の下敷きにされてしまった。
すり、と頬ずりされると、彼女の高めの体温と滑らかな肌質が問答無用で神経に擦り込まれる。
極めつけにはふにゃりと緩まった唇から、日常よりも甘めの質でこぼれる音。
「…んー…ごじょ…」
「…。」
あ、これは自分で首を絞めたかもしんない。
自分の理性を保とうというのなら、始めから回れ右をして彼女が目覚めるまで視界に入れなければよかったのだ。
下手にちょっかいをかけた結果、個人的には喜ばしいがそれに比例して果てしなくキツい状況に追い込まれた。
これはもうちょっとくらいいいかな。なんて早くも決心を揺らがせて顔の距離を詰めた、その瞬間。
長めの睫毛が小さく震える。
「…んん…?」
ぼんやりと焦点の合わない黒目が己を映すのを確認して、あえてそのままの距離で笑いかけた。
「あ、やっと起きたー?もう少し遅かったら危なかったよ」
「…五条さん」
「ん?なになに、もしかしてまだ起きてない?いつもなら過激な反応をする距離だもんねえ」
照れ屋な雅は基本的に逃げ腰なため、こんなシチュエーションでは大概押しのけられるかクッションなどが飛んでくる。
まだ夢見心地なのか。
動こうとしない彼女にもう少し刺激を与えてやろうと自由な片手を伸ばし掛けるが、先を越された。
「…夢に出てきたよ、五条さん」
頬下で握られる片手はそのままに、もう片方の雅の手が流れるように五条の髪にのばされる。
寝る直前に洗い物でもしていたのか、ゆるゆると鼻腔を浸食する、肌に染みついた石鹸の香り。
触れるか触れないかの柔らかさで耳付近の髪を撫でつけたのち、自然に下がった指先は彼の目隠しを引っかけて首元まで落とした。
現れた特有の碧眼が軽く驚きに見開かれているのを見つけて、嬉しそうに黒目が笑う。
「起きたら本当に五条さんがいてびっくりした…」
ふふっと可笑しそうに瞳を細める姿に、恐らく何かが吹っ飛んだ。
「…、」
ぱしり。
ささやかな悪戯が成功して満足したのか、そのまま離れようとしている白い手首を掴む。
「ー…あれ…?」
いきなり奪われた自由に、少しだけ意識がはっきりしてきたのか。
覚醒度があがるにつれて、現在の状況を把握しかけているらしい。
徐々に引きつってきた表情を見て取ると、五条は心底楽しそうに唇の両端をつり上げた。
「…僕さ、めちゃくちゃ頑張ったと思うんだよね」
「えっと…何を?」
先ほどまでの余裕はどこにいったのか。
もはや完全に引き気味になっている雅は、するりと頬下に捕らえていた五条の手を解放するが、逆にその手を握り返されて息を詰まらせた。
ああ、これはいつものパターンだ。
するすると指の間に入り込んでくる温度に意識せざるを得なくなって。
追加された体重にギシリと鳴くソファは、逃げ場かないことを宣告した。
「ちゃんと雅が起きるまで待ったんだから異論はなしってことで」
「すいません自己完結はやめてもらえますか」
夢の続きをみさせる役割を僕にちょうだい
(たまにはドキドキさせたいと思って!夢だと思って…!)
(うんうん、したした。だからこういう状況になってんの)
ゆるり、おちる。
2021/01/30
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