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きっとこれからもドロドロに溶かされていく



 甘い香りの拡がる空間。
 目の前の完成した黒い物体に、雅はがっくり項垂れた。



「…嘘でしょ」



 昨日までの練習ではうまくいったのに、なぜよりによってここで失敗するのか。
 今年はがんばって手作りしてみようだなんて慣れないことを考えた結果がこれである。
 大人しく既製品を準備するべきだった。

 そこまで考えるなり顔を上げて時間を確認すれば、相手が来るまで残り1時間。
 今から既製品を買って帰ってくるくらいの時間ならある。

 慌ててエプロンを外すが、不意に後ろから聞こえてきた残念そうな呻き声にぴたりと動きを止めた。



「えーとっちゃうんだそれ」

「…不法侵入ですかくそ教師」

「ちょっとちょっと口が悪いよ雅ー」



 め。なんて人差し指をたてる約束相手に目が据わるのは許して欲しい。
 黒一色の服装に目元を布で覆う出で立ちは、一般的に見れば立派な不審者だ。



「ってか1時間も早いんだけど」

「そこは早く君に会いたかった僕の気持ちを汲んでよ」

「いやそんなキリッと言われても。迎える側は色々準備があるんだから考えて行動を、…」



 どうせいつもの気紛れで早く来たのだろうと文句を言いかけるが、相手の視線が自分から外れているのに気が付いて血の気が引いた。
 追うまでもない、本日のメインであり同時に今見てほしくないものぶっちぎりナンバーワンの代物である。



「っ…」



 慌てて隠そうと身体をずらすが、時既に遅し。
 いつもの如く瞬間的な早さでそれは五条の手元に移動し、止める間もなく彼の口に入ってしまった。



「五条さん!」

「…あーこれはやっちゃったねー。まあ単刀直入に言うと不味い」

「!…っのバカー!勝手に食べといて…っだから買いに行こうと思ってたのに…!」



 許可なく食すだけに留まらず、わびれもなくケロリと直球感想をぶちまけてくる横暴さに、色々な感情が折混ざって爆発する。
 思わず顔を覆ってしゃがみ込むが、次の瞬間にはソファに座っていた。



「…は?」



 ゆったり身体が沈む感覚にきょとんと両手を外すと、何とも楽しそうに笑う姿にかち合う。
 毎度ながらの尋常離れした方法で、一瞬でここまで運ばれたらしい。

 全く意味が分からない。

 仕組みにも意図にも疑問符を飛ばしまくっている雅の状態がウケたのか、喉を震わせた五条が軽く頭に触れてきた。



「いやいやそんな顔しなくてもちゃんと食べるから安心して。ちょっと手加えるけど」



 そう言うやいなや、キッチン借りるよーと背を向ける。
 相変わらずのマイペースさに、息を吐いた。

 なんかもうどうでもよくなってきた。

 あれだけ高ぶっていた気持ちが全てどこかにいってしまい、一気に脱力感に見舞われる。
 その重怠さにされるがまま視界を閉じて過ごし、どれくらいだっただろうか。

 数分か半時間か、1時間か。
 時間感覚も曖昧な世界で、突如唇に触れたものに反射的に開口した。



「んぐ!?」



 一気に広がる甘みに今度こそ覚醒すると、自分の口元におかわりのチョコを運ぼうとしていたらしい五条の手が止まる。



「あ、起きた?お待たせー」



 ひょいと片手をあげるその手元の皿には、見覚えのある塊たちが乗っていた。
 本当に加工してしまったらしい。

 自分が味見をした時の記憶と現在味覚をしめている甘味を比較して、無意識的に座り直した。



「…普通においしい。なにしたらこうなるの」

「それは企業秘密。でもこれができるのは僕だけだから、ー」

「!」



 不意打ちで下げられた目隠しに息を呑む。
 彼の、美しすぎる碧眼は雅の天敵だ。

 目が離せなくなって、頭が真っ白になって、何も考えられない。
 冗談抜きで、動けなくなる。



「ー他の奴には作るなよ?」

「ごじょっ…」



 多分、こうなることが分かっていて魅せつけているのだろう。

 狙っているのも、企み通り全く身動きのとれない己も腹立たしい。
 普段は最小限にしか触れてこないくせに、こういうときにだけ決まって指を絡めてくるところすら、憎らしくて堪らない。

 唇を掠める温度に、ゆるゆると瞼をおろした。






きっとこれからもドロドロに溶かされていく

(だって好きでしょ、この目)
(ノーコメントで)

ないしょ、レシピ。

2021/01/025


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