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甘党のあの人の気持ちが少しだけ分かった気がする






 ピンポーン。

 空間をしめた呼び出し音に、七海は凝視していた文面から顔を上げた。
 玄関に向かい扉を開けると、隙間からひょっこり無邪気そうな顔が覗く。



「こんばんは七海君、今大丈夫?」

「ああ、飴凪さんですか。こんばんは。珍しいですね、こんな時間に」

「急にごめんね。今日は明かりがついていたからいるんだと思って押しかけちゃった」

「大丈夫です、上がってください。しかし用事があるなら言っていただければこちらから出向きますよ。このような時間帯の女性の一人歩きは危険ですから」

「ありがとう。相変わらず紳士だね」



 ニコニコと満面の笑みで後ろを歩く彼女は、正直同じ年齢には見えないほどに幼く見える。
 顔の造り的には相応の大人びた雰囲気があるのだが、屈託のない笑顔や軽やかな笑い声がそうさせているのだろう。

 呪術師に復帰する以前の業界で出会った雅とは偶然にも住まいが近く、お互いに気も合う仲だったため関わりは続いていた。
 どちらからともなく会って、なんとなくで一緒に過ごす時間が月に何度かある程度。
 どんな関係かと聞かれれば、心地良く話が出来るお茶飲み仲間といったところだろうか。

 一般人である彼女には、就職先を変えたことしか話していない。
 ただ妙に勘は鋭いらしく、時折心配そうな困ったような表情が垣間見えたり、それとなく体調に関して注意を受けたりもする。
 何かを察しながらも探ろうとしてこないのは、彼女なりの優しさなのだろう。

 雅を椅子に案内し、彼女のお気に入りの紅茶を準備すると自分も向かいの席に腰を下ろした。
 頬を紅潮させてはしゃぐ姿に口元を緩めつつ、本題に入る。



「それで、今日の要件は…その指の怪我と何か関係がありますか?」

「おっと、さすが七海君。目敏いねえ」

「いえ、さすがにその量は誰が見ても分かりますよ。どんな無茶をしたんですか」

「ちょっと今料理を練習しているんだけどね。結果がまあ、これですよ…」



 絆創膏だらけの指を苦笑いでひとなでしながら、手提げからタッパーを取り出した。

 ぱかりと開けた瞬間に漂った香りと見た目のギャップに、七海はほんの一瞬慄く。
 見た目は普通に美味しそうなのに、どうしてこんな独特の匂いが生まれているのか。

 黙り込んだ七海に申し訳そうに眉を下げた雅は、頬に手を当てておっとりと唸った。



「見ての通りでね、何をどうしたら良いのかさっぱり」

「分かりました、とりあえず食べてみましょう」

「え」

「なぜ驚くんです?そのために私のところに持ってきたのではないのですか」

「いや、確かにそうなんだけど。この匂いはさすがに躊躇しない?もし七海君が体調を崩しでもしたら、申し訳なくてもう来れなくなっちゃうかも」

「そんなに柔な鍛え方はしていないのでご心配なく」

「グルメのくせに」



 くすくすと口元を隠しながら笑う雅からタッパーと箸を受けとると、いつもの食事と何ら変わりなく口へと運ぶ。
 瞬間、脳天を貫くような味覚嗅覚への刺激に一瞬だけ動きを止めた。



「…ー、」

「七海君無事!?無理せず吐いて!?」



 顔に出さないのは得意だと自負しているが、そこは観察眼の鋭い彼女のことだ。
 真っ先に察して常備しているらしい色付き袋を差し出してきたが、片手で制してゆったりと嚥下した。




「…失礼。問題ありません」

「いやいや、でも顔色が、」

「確かに少々個性的ではありますが。色々考えて作ってくれたんでしょう、普段の君を見ていたら分かります」

「優しい七海君!食べられないレベルだと意味ないけどね!

「こちらはレシピを聞けばなんとかなる気はしますね。後で覚えている範囲で書き出してください。それよりも、個人的にはやはりその手の傷の方が気になりますよ」



 七海の視線がテーブル上の己の指先に移ったのを察すると、ぱっと隠すように膝の上に移動させる。



「君はどちらかと言えば器用なほうだと認識していますが」



 やや不思議そうに尋ねると、本人も唸りながら前髪を揺らした。
 その耳元に揺れるイヤリングは彼女自身のお手製であるし、ハンドメイドのネクタイピンをプレゼントされたこともある。

 指を傷つけるならば包丁さばきに問題があるのか。
 ピーラーや缶切りといった調理器具の扱いか。



「うーん…私も自分が不器用だとは思っていないんだけど…なんでだろうね?」

「改善する箇所はあると思うので、次は私も同席しますよ。むやみに怪我をさせるわけにはいきませんから」

「え、練習に付き合ってくれるってこと?」

「はい。飴凪さんさえよろしければ」

「ぜひよろしくお願いします」



 七海君と料理!
 だなんてキラキラ瞳を輝かせる姿を見るのは、悪くない。

 久しぶりに穏やかな気持ちで珈琲を一口啜ると、腕時計を確認した雅が残念そうに溜息をついた。



「あ。あーあ、もうこんな時間か…もう少し早く来れば良かったかなあ」



 彼女の職場のことは自分もよく知っている。
 記憶通りなら、明日は休みだ。

 そんなことを考えていたら、勝手に口から言葉がこぼれた。



「…泊まっていきますか?」

「…、…うん?」

「部屋には余裕があるので、一晩の宿は提供できますよ。明日のスケジュールに支障がなければですが」

「え。え?」

「移動時間を考えれば、このまま夕飯も済ましてしまった方が効率的でしょう。今から一緒に料理をしてしまえば早速問題も確認できますし、補助があれば私も助かります」



 スラスラと口をついて出る音の形に、困惑する雅よりも遙かに自分の方が驚いている。
 さもそれっぽい御託を並べているが、元を辿れば、全て自分の我が儘にすぎない。

 自分にこんな一面があったとは。

 自嘲気味に肩を竦めると、未だにあわあわしている雅に向かってひとつ咳払いをした。



「…なんて、大人が私情に理由をこじつけるのは格好悪いですね。冗談です」

「え。ええー…」



 なんだ冗談かあ…。

 あからさまに肩を落とした彼女にひとつ瞬く。

 いや、拾って欲しいところはそこではないんですが。

 しかしリアクションを見るにほんの少し期待をしてもいいのだろうかと、気持ち微笑みながら続けた。



「実は、最近少々疲れていまして。私としてはまだ君と話していたい。時間の許す限りでいいので、もう少しいていただけませんか」

「…七海君、どこまでが冗談だった?」

「君を引き留める理由です」

「泊まっていっていいっていうのは本気?」

「まあそこは、君次第ですが」

泊まります

「…そうですか」






甘党のあの人の気持ちが少しだけ分かった気がする

(いつまでもその笑顔で傍にいてほしいと思う)
(一緒に料理つくってお泊まりとかそれはもうもはや新婚の予行練習なんじゃ…!)

砂糖追加で。



※夢主は七海君大好き。

2021/02/02


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