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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
ああ、敵わない


 とある喫茶店、エプロンを身につけた雅は固まっていた。
 思わずお盆を持つ手に力が入る。

 彼女の見開かれた視線の先には先程入ってきた二人の男子。
 嫌っている、とか好みだ、とか勿論そんな理由ではない。
 彼らが自分と同じ中学の制服を着ていることが問題だった。

 何を隠そう、今はテスト期間中。
 どんな理由であれ、バイトが許される時期ではなかった。
 そんな事がばれれば指導室行きは確定し、三年の彼女には進路にまで関わるかもしれない問題である。
 店は学校から離れているし、まさかテスト期間中に来る生徒がいるとは思わなかった。

 唇を噛み締めるが、こういう時に限って悪魔は悪戯する。
 


「何してるの飴凪さん、お絞りと水出してきて」

「…はい」


 
 本日は人数が少ないため、自分以外に接客に動ける人員がいない。

 あぁ非情!

 かけられた声に力なく返し、水とお絞りを準備する。
 せめてもの抵抗と、いつもは下ろしている中途半端な長さの髪を一つに括り、誰かが忘れたらしく放置してあった伊達眼鏡を借りた。

 これで大分雰囲気は変わったはず。
 校内ですれ違ったくらいじゃ気付くまい、と腹を括ってテーブルに近づいた。
 しかし、会話が聞こえた時点でその足は止まる。



「金ちゃん、手ぇ止まっとるで!」

「白石鬼やぁ〜…何でこんなことせなあかんのん?」

「テスト、赤点とるわけにはいかんのや。金ちゃんは補習でテニスできへんくてもいいん?」

「嫌や!」

「せやろ、やったらちゃんと手ぇ動かしなさい」



 会話の中で聞こえる声、そして片方の台詞に出てきた『白石』。
 雅の血の気を奪うには十分だった。

 白石君!?

 冷や汗がたらりと背筋を流れる。
 白石蔵ノ介とはクラスメートで隣の席。
 ここまで材料が揃っていれば、青ざめるに十分だろう。
 もともと鋭い彼が気付かないわけがない。

 怒られるの承知で一旦引き下がって誰かに変わってもらおう!

 そう判断を下し、引き替えそうと顔を上げた瞬間。



「ッ!」



 何と目が合ってしまった。
 白石は一瞬目を見開くが、幸か幸いか頭が真っ白になってる雅は気付かない。

 次の瞬間微笑んだ彼に呆気にとられた。



「店員さん、水もらえへん?」

「…え、あ、はいッ」



 一回きょろりと辺りを見渡すが、勿論自分以外に店員はいない。

 やっぱり私か…。

 落胆したように肩を落とすと、再度腹を括る。
 こうなったら素早く用を済ませて去ろう。

 態度からするとまだばれてないみたいだし、最悪ばれても白石君なら大丈夫…な気がする!

 妙な確信を持ちながらアセアセと近づく。
 その百面相に白石は密かに笑うが、彼女の足元にあるものが視界に入り咄嗟に叫んだ。



「下、危ないで!」

「え!?ッ…きゃッ」



 白石の台詞に何事かと下を見るが時既に遅し。

 それが視界に入ったときにはその濡れ雑巾を踏んでおり、そのままバランスを崩す。
 手からお盆がすっぽ抜けたのを感じ、自分が前‐客席の方へと倒れるのを実感し、雅は大きな失態を覚悟した。

 しかしどれだけたってもコップが割れる音は聞こえず、自分がテーブルに突っ込む感覚も襲ってこない。
 が、手や肩、膝などは確かに何処かについていた。
 そっと目を開けて顔を上げようとすれば、ぱたりと頬に冷たいものが流れる。



「…意外とおっちょこちょいなんやなぁ」

「…え?」

「痛いとことかあらへん?」



 状況を理解するのに十数秒必要とした。
 視線を上に上げれば、微笑みながら見下ろす白石のアップ。
 その髪からは雫がパタパタ流れ落ちている。

 あぁ、さっきの冷たいのはこれか。

 なんて思いながら彼に見惚れていたが、その冷静さが保つわけがなかった。



「ご、ごめんなさいっ。あ、コップは…ッ。水!?」

「はは、慌てすぎや、落ち着き」

「コップはこっちやでぇ、姉ちゃん!全部無事や〜!」



 明るい声。

 その声の持ち主へと顔を向ければ、赤髪の小柄な少年が笑っていた。
 ずっこけたような態勢で軽くテーブルに乗っている状態であり、その手にはコップやらお盆が上手に納まっている。

 …お絞りが頭に乗っているのが気になるが。



「ナイスキャッチや、金ちゃん」



 笑う白石の台詞で全てを理解した。

 倒れた自分を白石が受けとめ、水を彼にぶちまけたコップ達を金ちゃんというこの少年が見事キャッチしてくれたのだろう。
 そこまで考えて、雅はハタと止まる。

 白石君が、受けとめて?

 目を見開いて自分の態勢を確認した。
 あれだけ派手に滑ったにも関わらず怪我をしなかったのは、白石がいたからこそだった。
 座っている彼に乗っかっている状態で、肩と腰を軽く支えてもらっている。
 簡単に言えば、抱きしめられている体制だ。



「!!すぐ退きますッ」

「別にそんな焦らんでも」

「いえ…!ありがとうございましたッ」



 ふっと優しげに笑う白石に軽くときめきながらも、バッと長椅子のスペースに手をつき立ち上がる。

 二人のお陰で、一番死角にはいるこの席での騒ぎは周りに伝わっていない。
 しかし改めて客観的に見ると中々凄い光景だ。
 一人は水を滴らしており、一人はテーブル上で芸でもしているかのよう。
 自分が招いたその状況に申し訳なさそうに赤面する。



「大変失礼しました。タオルをお持ちいたしますので暫くお待ちください」



 ペコリとお辞儀をすると、タオルを目指して踵を返した。
 そのまま一直線、かと思いきやそれは妨げられる。

 思わぬ妨害に恐る恐る振り向けば、相変わらず麗しい笑顔を浮かべた白石の姿。
 掴んだ雅の手を堪忍、と離すと金太郎を退かして、広げてあったノートをトントンと指でこづいた。



「かまわんわ、こんなんすぐ乾くし。それよりこの問題ってどっちの方式使うんやったか迷っとるんやけど」

「え?あ、えっと…」



 いきなりの問い掛けに驚くが、雅は数学は得意な方だった。
 隣同士である白石とは何度か答え合わせをしたり、解き方を相談したこともある。

 先程のアクシデントのせいだろう。
 今の彼女には、自分が何の為に髪型を変えて伊達眼鏡まで掛けたのかが頭になかった。
 
 少しでも恩を返さねば!

 そんな思いで、中途半端な長さのせいで束から外れ滑り落ちてきた髪を、左手で右耳に掛けると、ノートを見るべく前屈みになった。
 白石はその様子に目をスッと細めるが、問題を見るのに集中している雅は気付かない。

 彼女にとって、その式は見覚えのあるものだった。
 数十秒睨めっこしたのち、白い指が一つの方式をなぞる。



「こっち、だと思います」

「ん、やっぱそうか。おおきに」

「いいえ」



 ニコリと笑って礼を言う白石に、雅も控えめな笑顔を返す。

 しかし、彼の『やっぱそうか』の意味を彼女は組み違えていた。
 雅の解釈は、白石も自分と同じ方式を使うことを考えていた、というものだ。
 その勘違いに彼女が気付くのはもう少し後である。



「なぁ白石〜何か頼んでええ!?」



 不意に、今まで静かにしていた金太郎が明るい声を響かせた。
 見た目活発そうな印象を受ける彼だ。
 今まで大分頑張って沈黙を守ってくれたのだろう。
 そこを汲んだのか、白石は苦笑するとそれに応じた。


 
「んーせやなぁ…折角店員さんおるし」



 雅はそんな二人の会話をまるで切り離された世界から見ているように聞き流していたが、その二人の視線を感じて我に返る。



「…は!あ、ご注文をどうぞッ」



 その様子に二人は面白そうに笑い、雅は再び赤面してオーダーをとるはめになった。






-約一時間後。

 レジを担当していた雅の前に白石と金太郎が立った。
 髪は乾いたのだろうか。
 気まずそうに白石の方を見る雅に、金太郎が笑顔を向ける。



「姉ちゃん、めっちゃ美味かったでぇ!」

「ありがとうございます」



 垂直な物言いに自然と頬が緩み、笑顔を零した。

 彼女が料理を作ったわけではないが、自分の働いている店だ。
 誉められて嬉しくないはずがない。
 舞い上がった気持ちでレジを打ち、金額を伝える。
 白石の奢りなのか、彼が差し出した代金を受け取りおつりを返した。

 後は彼らが出ていくのを見届け、あるがとうございましたの一声で締めるだけ。
 だがやはりまだどこか後ろめたい。
 雅はもう一度謝っておこうと顔を上げる。



「あの、…」



 言葉は途中で途切れた。

 トン、と軽い衝撃を唇に受ける。
 一瞬にして離れたそれが、白石の人差し指だと分かるのに時間はかからなかった。
 それが口チャックを求める合図であることも理解できる。
 どちらにしろ唐突な、彼のその行動に惚けた雅がそれ以上喋ることは不可能だったが。

 白石はそんな彼女に予想どうりとでも言うように笑いかけた。



「髪は見ての通りもう乾いたでぇ。気にすることないわ。ただ今度からはちゃんと下見て歩くようにな」

「う…。はい」



 思わず俯く彼女を微笑ましそうに見つめると、金太郎に声を掛けて出口に向かった。
 扉に手を掛けて出るその瞬間、思い出したように振り返る。



「ほな、また明日学校で」

「…………え?」



 あまりの衝撃に意味が分からない、と思考が停止した。
 完全に頭から消えていた、容姿に気を遣った理由を思い出す。
 ぽかんとする雅に最後にもう一度綺麗に微笑んで、金太郎を引きつれた白石は店を後にした。

 数秒後、我に返った雅の叫びが店中に響き渡る。



『えぇえええッ!?』



 店を背にその声を聞いた白石は口に手を当て、楽しげに肩を震わした。



「白石めっちゃ楽しそうやん」

「楽しいで」

「さっきの姉ちゃんやろ、例の雅ちゃん!」

「せや」

「けど前ケンヤと見た時と大分違ったでぇ?」



 なんで分かったんや?不思議そうに自分を見る姿に、白石は逆に口の端を釣り上げた。



「毎日顔合わせとるしなあ。あんなん普通は一目で分かるわ金ちゃん」

「でも他人でも似てる奴なんてぎょうさんおるわ!」

「まあ万が一奇跡的なそっくりさんやとしても、癖まで同じなんてそうそうおらんやろ」

「癖?」



 白石は鞄を持ちなおし、耳元を指差す。



 「彼女な、ノートに向かう時必ず右側の髪を耳に掛けるんや。それも逆の左手使ってな」



 あんな変装で誤魔化せると思いこんでいるところがまた可愛いのだけれど。
 白石は言葉を区切ると、テニスをしている時とはまた違った、楽しそうな表情で笑った。

 何や白石、べた惚れやんけ。

 金太郎は帰りぎわに見た雅の笑顔を頭に浮かべ、目の前の白石と見比べる。



「な、白石ぃ、今度雅ちゃんも誘って皆で昼食べようや〜」



 目を輝かせて言われた台詞に、白石は危うく鞄を落としかけた。

 何故いきなりそんな話が出てきたのか。
 会話を思い返しても、発端となるものは見当たらない。



「いきなりどないしたん?」

「ワイ雅ちゃんとちゃんと話したい!」

「…アカン」

「何でや白石〜!?」

「駄目。飴凪さんにも一緒に食べる友達おるんや」



 理由を話した途端却下した白石に、金太郎は愚図る。

 しかし彼もそれらしい理由をつけながら内心焦っていた。
 想い人をわざわざ他の男と会わせる必要がどこにあるのか。
 できれば不必要に男と関わってほしくないのが本心だ。

 そこまで考えて、白石は心の中で苦笑いした。
 自分がここまで嫉妬深い人間だったとは。
 でも今回のことだけは譲れない。
 必死に抗議する金太郎を目を細めて見つめると、左手の包帯に手を掛けた。



「金・太・郎?」

「げげッちょ、タンマや白石ぃ!毒手嫌やぁーッ!」



 真っ青になって両手をぶんぶん振る後輩に、満足げにほくそ笑む。
 包帯を戻す、と思いきや再び金太郎に向き直った。



「…そういや金ちゃん、気になっとったんやけど何で飴凪さんのこと知っとるん?」
 
「け、ケンヤが小春達と喋っとって」

「へぇ?謙也と一緒に飴凪さんを見たってのは?」



 包帯片手に怪しく笑う白石に、金太郎の顔は蒼白になっていく。
 数秒後、金太郎の叫びがその場に響き渡った。






ああ、敵わない


(視線を合わせるだけで緊張する、のに)

(どんな姿でも見分けられる自信あるわ)


熱る、火照る。
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