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手紙回し


 見上げればサワサワ揺れる緑の木々に、雅は目を細めた。

 ペタンと草むらに座り込んでいる彼女の膝でゴロゴロと喉を鳴らしているのは真っ白な猫。
 第三者から見れば何とも微笑ましい光景である。
 彼女の髪が、植え込みに絡まってさえいなければ。

 キーンコーンカーンコーン…。

 雅は近いようで遠い、そんな位置から聞こえたチャイムに耳を傾けると、困ったように笑った。
 昼休み終了の合図だ。
 五限目はサボり決定。

 まぁ一回くらいサボるのもいいかもしれない。
 保健室の先生とは仲がいいし、事情を話したら何とかしてくれそうだ。
 そんな呑気なことを考えながら、白い指で猫の喉を撫でる。
 ミャァ。
 気持ち良さそうに目を細めて体を擦り寄せる猫は見ていて微笑ましい。
 


「可愛いなぁ…」



 クスリと笑うが、次の瞬間には自分の髪が絡まった植え込みに視線を移した。
 無造作に下ろしている、細くて長い髪は複雑に絡み付いてしまっている。

 昼休みに校庭の植え込みの枝に引っ掛かっている猫を発見したのが事の発端。
 器用とはいえない雅が慣れない手つきで猫を解放した頃には、その代償が彼女の自由を奪っていたのである。

 いくら懸命で気付かなかったからといっても、どうやったらここまで絡むものなのか。

 自分に疑問を持ちながらも思考回路は止められない。
 サボるといっても時間には限りがあるのだ。
 このまま仲良く植え込みと繋がっているわけにはいかないだろう。

 どうしようかな。
 口元に手を当て考え込んだ雅は、不意に呟く。



「…引きちぎった方が早いかも」



―彼女は控えめに見えて、かなり大胆な人間だった。

 思い立ったら即行動。
 稚拙ながらも優しい手つきで猫を膝から下ろした。
 キョトンと見上げる愛らしい目にほほ笑みを返すと、自由を奪っている一束の髪に両手を掛ける。

 一般的にこういうものは決まって思い切り良く!がモットーだ。
 ギュッと目を瞑って手に力を込める。
 そして運命の瞬間、



「‐…ッ?」



 視界が閉じた暗闇の世界で軽く瞬き。



「え?」



 理由は簡単、思い切り引こうとした両手が動かなかったから。

 右手に感じる自分以外の体温と、いつのまにか暗闇にさらに射している影に疑問を持つ。 
 そっと目を開けた雅を待っていたのはただ一つ、驚きだった。

 

「…意外と大胆やなぁ」



 ドクン。

 近い位置から聞こえたその声に心臓が脈打つ。



「…白石、君?」



 中腰で雅の手をやんわりと停止させていた白石は、ポカンと固まっている彼女に微笑んだ。



「ん?」



 いや、ん?じゃなくて!

 女である雅が見惚れるような麗しい笑顔を浮かべた彼に、体温が上昇する。
 離れた手の温度が少し名残惜しかったが、それを隠すように彼を見上げた。



「今授業中だよ、ね?」

「せやで」



 首を少し傾げて、さも当たり前、みたいな顔で言うもんだから聞いた本人の方が自信を失う勢いだ。

 授業中って此処にいるもの?あれ、もしかして授業変更で体育…ううん、白石君は制服だし…!そもそも運動場からっぽだし!

 雅の頭の中はもうゴチャゴチャだった。
 しかし、一人うんうん頭を悩ましていると前方でドサリと腰を下ろす音がした。



「へ?」



 目を見開いて見た先には白石が座り込んでおり、その近い距離に体が強ばる。



「目、零れそうや。驚かせるつもりはなかったんやけどごめんな?」



 苦笑を浮かべる白石に、雅はブンブンと首を振った。



「ううん、驚いてないから平気…ちょっとビックリしただけで…!」



 驚くとビックリは同じや。

 大阪の血が騒ぐのか心中で突っ込むものの、両手をもげそうなくらい振って弁解している姿が可愛くて、思わず笑った。
 彼女が落ち着いたところで、絡まった細い髪にそっと触れる。



「じっとしとってな。髪、解くわ」

「え!?は、はい…!」



 反射的に応じるが、次の瞬間には再び疑問。



「…えっと白石君、授業は?」

「ん〜サボりやな」


 
 涼しい顔でさらりと言い切った白石に軽く目眩を覚えた。

 そんなキャラでしたっけ!?

 そもそも何故サボった彼が此処にいるのか。
 屋上なり保健室なり、他に良いスポットなど沢山あるというのに。
 じーっと白石を見つめて考え続ける雅の思考を読んだのか、白石は作業の手は止めずに視線を向けた。
 


「休憩時間に窓の外見とったら可愛ぇ猫見かけたんや」

「あ、この子?」

「…うん、そんなとこやなぁ」



 ミャア、と差し出した雅の手に頬を擦り寄せている猫を見て、意味ありげに微笑む。



「そんで来てみたら飴凪さん、大胆な事しようとしとるし」

「う」



 詰まったように頬を上気させた彼女を微笑ましく見つめた後、自分の手元に視線を戻す。
 会話を進めている内に作業は順調に進んでいたらしい。
 白石の長い指が退かれるのと同時に、細い黒髪がスルリと宙に落ちた。



「わ、解けた。ありがとう白石君、器用だね」

「どういたしまして。細かい作業は結構得意なんや」

「そうなんだ、良いなぁ」



 私もそのくらいの器用さがあったらいいのに。

 自由になった黒髪をサラサラ揺らして、雅は困ったような表情で笑った。
 しかしそれを見た白石は彼女と視線を合わせてゆっくり笑う。



「飴凪さんはそのままで十分やと思うで」

「え?…でも器用に越したことはないし…」



 今回のも自分が器用だったら白石の手を煩わせる事もなかっただろう。
 どんどん視線が落ちていく雅に対し、白石の優しい声色は変わらなかった。



「俺な、飴凪さんの仕草好きやねん」

「仕草…?」



 不思議そうに顔を上げた彼女に頷いて続ける。
 彼女にはもっと自信を持ってほしかった。



「少しぎこちないけど、凄い優しい動きしとるんや」



 気付いとった?

 笑いかけると、雅は戸惑ったような、恥ずかしそうな表情で固まる。



「…ありがとう」



 ポツリと消えそうな声を出して俯いた彼女に、猫が甘えるように鳴いて再び膝に寝転んだ。

 その猫の反応が何よりの証拠や。
 目を細めてそれを見届けると、思い出したように付け足す。



「あ、けどもうさっきみたいな無茶はせんといてな?」

「無茶?」



 雅は唐突な台詞にゆっくり視線を上げたが、先程から上がりっぱなしの体温が下がることはなかった。

 サラリ。

 白石の指が雅の髪を一束すくい上げる。
 目を瞬かせる彼女の前で白石はその髪に、



「こんな綺麗な髪、傷つけたらアカンわ」



 口付けた。



「‐…ッ」



 雅は文字通り顔を真っ赤に染め上げて、酸素不足の金魚のように口をパクパクさせる。

 そんな様子に、白石はテニスをしている時のような独特な笑みを浮かべた。
 聖書と呼ばれる彼の試合は帰りぎわに何度か見かけた事がある。
 完璧なテニス、華麗なフォーム、そして勝ち気な笑みと共に零れる台詞。



「んん、絶頂ー!」



 ……何が!?

 見かけるたびに何度突っ込んだことか。
 しかしそんな白石の表情は雅の心音を早めるに十分な威力を持っていた。
 そして、密かな想い人−白石のその行動に、照れ屋な雅が耐えられるわけがない。



「〜…」



 手にじゃれていた猫を抱えて勢い良く立ち上がると、先程褒められた黒髪を舞わせて頭を下げる。



「髪ほんとにありがと白石君!お世話になりまして今度またお礼します…!」



 おかしな文法に構わずそれだけ言うと、白石が止める間もなく上気した顔を隠すように反転して走り去った。
 白石はその華奢な後ろ姿が見えなくなると、小さく吹き出す。



「相変わらずおもろい子やなあ」



 クラスの中でも比較的大人しい彼女を意識し始めたのは、前後の席になってからだった。

 プリントを回す時の、毎度両手で受け取る律儀さ。
 分からない問題が当てられた時の、困って顔を赤くしながらも必死に考える懸命さ。
 友達と話している時の柔らかな笑顔。

 それらは全部、彼女の事を気に掛ける材料になった。

 完全に好きだと自覚したきっかけは、授業中に消しゴムを拾って貰ったことだ。
 勿論、ありきたりな、手が触れ合って…などというものではない。



「おっと…、」



 手に当たって机から弾き出され、後ろへ転がった消しゴム。
 頼むより先に、消しゴムには白い手が伸ばされていた。
 肩からさらりと落ちる髪が綺麗だと思った。

 その指が消しゴムに触れ、指先に捕まり、彼女の手に収まるまでがスローモーションで流れるように瞳に映る。



「はい」



 少し照れたようにはにかんで消しゴムを渡す、彼女の指先から目が離せなかった。
 あまりに優しい、その仕草に。
 ぎこちなさからあまり器用でないことは伺えたが、触れるもの全てを慈しむ様な、その動きに。

 自分の指が熱を持つのを感じた。



「…おおきに」



 それからは、気付けば彼女のことばかりを追っていた。
 今回窓越しに彼女を見付けたのも、その賜なのか。
 彼女が駆け寄るその先に植え込みに絡まる白いモノが見れて、人知れず笑った。



「絶対、絡まるやろなあ」



 隣で話していた謙也が不思議そうな顔をしたが、構わず笑い続ける。
 一生懸命救出作業に徹しているだろう彼女は想像に容易く、席を立ち上がった。



「?白石、もうチャイム鳴るで。何処行くねん?」

「ん、ちょっと猫を救出に行ってくるわ」

「はあ?何言って…」

「ほっとけないんや、危なっかしくて」



 先生には適当に誤魔化しといてくれへん?

 納得しきれずにいる謙也に頼んで出てきたのは良いが、現場に着いた瞬間目にしたのは髪に両手を掛けて今にも引き千切らんとしている姿だった。
 本当に、目が離せない子だと思う。



「…?」



 色々と思い還しながら空を見上げる白石の手に、不意にフカフカしたものが当たった。



「みゃー」



 視線を落とすと、先程の白猫が手に頬を寄せている。



「何や、戻ってきたん?」


 
 笑いを溢すと、その小さい体を抱き上げた。

 が、その首に掛けられた物に目がいき、猫に一言断りを入れてソレを外す。
 手に滑り落ちる青いリボンは、明らかに初めて目にする。
 しかし同じ猫であることは一目瞭然だった。

 と言うことは彼女が着けたのだろう。
 裏返すと、油性マジックで書かれた文字が見れた。



『また差し入れ持っていきます。何が良いかな?』



 少し丸い、けれども行儀良くならんだ独特な字が並ぶ。
 白石は今日何度目になるか分からない笑顔を覗かせると、胸ポケットからボールペンを取り出してリボンに書き加えた。



『スポーツドリンク。あとは飴凪さんの応援があれば頑張れるわ』






手紙回し


(いつも分からない問題はこっそり教えてくれたよね。いつの間にか貴方の文字が並んだ紙切れはクリップで束ねる程に)

(ありがとう。その一言を書いた紙が毎度律義に回ってくる度笑顔が溢れた)


かさり、笑み。
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