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窓の外、雨音に耳を澄ます



 かち、カチ。

 秒針の音が主張する空間で、緑間は静かに息を吐いた。
 かれこれ半時間になるだろうか。
 背中にぴったりと付き添う温度に向けて、問いかける。



「いつまでそうしているつもりだ」



 身動きがとれないのだよ。

 ため息まじりに呟けば、もぞりと動く温もり。



「…つめたい」

「オマエが動かないからだろう」

「だってもう辛い」

「甘えるなバカめ」

「ちょっとほんとに冷たいよこんな時に最上級のツン持ってこなくても」



 背中合わせの雅が、抱え込むクッションに顔をうずめたのを気配で感じた。
 いつもの芯のあるソプラノに微かな揺れを察知し、手にしていた本を閉じる。
 元より、彼女の話を聞いている間に読書など一文も進められていない。

 一層掠れた彼女の音を、逃がさないように捕らえていく。



「…どれだけ必死になっても終わりは見えないし結果はでないし」

「やめたいのか」

「やめられるもんならね」



 少し投げやりな声質に、何かあったのだろうと推測をたてた。
 しかし、責任感の強い彼女のことだ。
 これが本心でないことくらい、顔を見なくても分かる。

 信頼してくれているからこそ、こうして自分に伝えてくれていることも。
 恐らくこんな頼られ方をするのは、今の時点では自分だけだろう。
 それを嬉しく思ってしまうのは、不謹慎だろうか。



「精一杯やっての結果なら誰も文句は言わないだろう」

「でもここでやめたって…開放感はあっても後悔しか残らないのも、分かってる」

「それなら、オマエはまだ人事を尽くしきってはいないのだよ」

「…尽くしてるつもりだけど」

「後悔どうのこうの言っている時点で、まだ最善ではない。やり切ったのであれば悔いなど残らないからな」



 すらすらと並べられる音に、雅はひたすら耳を傾けた。

 呆れた振りをしながらも、いつだって親身になって話を聞いてくれる彼だ。
 泣き言も、くだらない話も、弱音も、何でもない話も。
 自分を分かってくれているからこそ、無責任なことも口にしない。



「…大事な人が泣き言こぼしてるのに手厳しいよね、緑間は」

「精一杯やっているのは承知の上だ」

「うん」

「オマエのことは、誰より信じている」

「…うん」

「ひとりで抱え込もうとするな」

「…、」



 淡々と紡ぎ出される言葉は、何の抵抗もなく細胞に吸収されていった。
 結局、最終的に彼が言いたいことは、隣にいるから乗り越えて見せろと、そういうことだろう。
 全く、彼らしい励まし方だ。

 こんな時に、素直にありがとうと口にできれば、どれだけ楽だろうか。
 ただ、自分の柄でもなく、彼の柄でもない。

 いつもなら、あとはこの体勢のまま落ち着くのを待ってもらう流れだ。
 しかし、今日は柄でもないことをしてみようという気になった。

 くるりと身体の向きを変えると、クッションを放り出して、大きな背中に抱き付く。



「っおい!?」

「…」



 慣れないことしたせいか、相手側への衝撃も大きかったらしい。
 一瞬びくりと反応したが、無言で前に回した腕に力を入れると、別の戸惑いが入り交じった。



「…雅?」

「……、…」



 あたたかい。
 彼の声も、温度も、匂いも。
 服を通じてじわじわ浸透する温かさに、安心する。

 努力家で、呆れるくらい真っ直ぐで、素直じゃなくて、思慮深くて、たまにとんでもなく阿呆。
 そんな彼が、たまらなく好きだ。

 今も、これからも、ひとりじゃない。
 先程までとは違う何かで、視界が滲んでいく。

 微かすぎる空気の変化を感じ取ったのか、腕に控えめに温度が触れた。



「…泣いているのか」

「泣いてない、のだよ」

「茶化すな」






窓の外、雨音に耳を澄ます


(泣くなとは言わない、どうかひとりでは泣かないでほしい)
(あなたがそばにいてくれるだけで、どれだけ世界が愛しいか)


ふたりの世界、とやら。





※曲「雨上がり」イメージ。
2018.02.13
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