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「#幼馴染」のBL小説を読む
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君の言葉が何よりも


「はぁ…」



 大きな溜め息が聞こえて、雅は顔を上げた。
 そこには彼氏である謙也の姿があり、先程の溜め息の出所が彼であることを証明している。



「忍足、溜め息ついたら幸せ逃げるよ。すぐ息吸って呼び戻さなきゃ」

「…もう幸せなんて追う気にもならんわ」

「?何で。今日は何か暗いね。どうしたの?」

「…雅、今日は何の日か知っとるよな?」

「忍足の誕生日」



 何を今更と言わんばかりに笑顔でさらりと答える彼女に、謙也は頭を抱えた。

 そこまで分かっとって何でおめでとうの一言もないんや!

 そう、彼は未だに彼女である雅に言葉で祝って貰っていなかった。
 今日が日曜で休みということもあり、前日である昨日や金曜にはプレゼントと祝いの言葉の嵐だったのだから忘れられていないことは確かなのだが。
 しかも謙也は女の子からのプレゼントは全て丁重に断ったのだ。
 それもこれも、他の誰の言葉やプレゼントより、彼女からのたった一言が欲しかったから。
 
 しかし今日家に招いた雅はおめでとうの『お』ですら言う気配がない。
 これには流石の謙也も落ち込んでしまい、雅が一緒に食べようと持ってきたケーキをフォークで突く。

 このケーキも明らかに誕生祝いとして持ってきたものだろう。
 意外と面倒臭がりの彼女が手作りで持ち込んだのだから間違いない。
 そのケーキに謙也が喜ばないわけがないのだが、「おめでとう」という決定的な言葉が欠けていた。

 ひたすらにケーキを突く彼の行動に、とうとう不安を感じた雅が悲しそうな顔をする。



「…ごめん、ケーキ美味しくなかった?やっぱり慣れないことはするもんじゃないね」



 無理に笑う彼女に謙也は慌てた。

 手元を見ればまだ半分以上残っているケーキが映り、不安にさせてしまったと後悔する。
 多少形は崩れているが味は確かだったし、愛する彼女のお手製だ。
 例え味が悪かったとしても食べきる自信はあった。



「は!?ちょい待ち!誰も不味いなんて言っとらんやろ!」

「でも…」



 不安げな表情が消えない雅に、謙也は急いでフォークを進める。
 ケーキを口に入れると、緊張した顔で見守る彼女に微笑んだ。



「めっちゃ美味いわ。おおきに、雅」

「無理してない?」

「しとるわけないやろ。俺は雅に嘘はつかへん」

「…良かった。忍足にそう言って貰う為に練習したんだ」

「…、」



 阿呆、可愛すぎや!

 ニコッと笑った雅に、謙也は思わず顔を反らした。
 幸せそうな彼女を見ていたら、もうそんな一言なんてどうでも良くなる。
 確かに少し名残惜しいが、そこまでこだわるのは馬鹿らしく思えてきた。

 折角誕生日に大事な彼女と過ごせるのだ。
 ならば精一杯楽しもうと、にこにこしている雅に視線を合わせる。



「雅、どっか行くか?」

「んー、今日はいいかな。忍足と二人でゆっくり過ごしたいから」



―ゴンッ



「忍足…?」



 お前は俺をキュン死にさせる気か!!

 にへっと笑った雅の言葉に、反射的にテーブルにうつ伏せた。
 鈍い音がしたのは勢いが良すぎたのだろう。
 雅はそんな彼にびっくりして立ち上がり、正面から隣に移動する。
 そのまま動く様子のない謙也に心配そうに手を伸ばそうとした、その時。


―コンコン



「は、はいッ」

「あら、雅ちゃんやないの。いらっしゃい。謙也は寝とるん?」



 ドアから顔を覗かせたのは、謙也の母親だった。
 外に出ていたらしく買い物袋を提げている。
 もう既に顔見知りの雅の姿を見ると、優しく微笑んだ。

 やっぱり謙也と似てるな、なんて軽く頬を染めて反応する。



「あ、お邪魔してます!あと本日はありがとうございます」

「は…?」



 聞こえてきた妙な会話に謙也が復活する。
 額がうっすら赤いが本人はそれどころではなかった。
 雅を家に上げた時には既に母親は家を空けていた為、二人は今日は初の顔見せだ。

 なのに何故、本日はありがとうなのか。
 意味が分からないという謙也に対し、謙也母はごく当たり前のように返事を返した。



「ふふ、どういたしまして」

「ちょ、待ちぃ雅。何で俺のオカンにお前が礼言うねん?」



 自分だけが蚊帳の外のようで、堪らず謙也が質問する。
 しかし彼女は逆に不思議そうな顔で首を傾げた。



「ん〜?忍足こそお母さんにちゃんとお礼言った?」

「?言うてへんけど」

「ちゃんと言わなきゃ!」

「お、おう、オカンおおきに」

「いいえぇ」



 雅に促され訳も分からず母にお礼を言うが、返ってきたにこやかな返事にすぐ我に返って突っ込んだ。



「って何でやねん!?」

「え、だって今日は忍足の誕生日だよ?」



 当たり前のように言葉を返されるが相変わらずさっぱりだ。



「益々意味分からんわ」

「え?誕生日って、産んでくれた親に感謝する日でしょ?」

「!」



 ふわり、と花のような笑顔を浮かべて確認するように言われた台詞。

 くっそ、可愛ぇやんか。

 毎度のように心中でコメントしながらもハッとなる。
 視線を下に向けると、気まずそうに頬を掻いた。
 
 だから雅は『おめでとう』とは言わんかったんや。

 彼女が大人に、そして自分が酷く子供に感じる。



「…確かにせやな」

「うん。そうそう、もう一つ。忍足、耳貸して」

「何や、まだ何かあるんか?」



 今度はニカッと悪戯っぽく笑うと服の裾を軽く引っ張り、近づくように促した。
 それに従えば、耳元で彼女独特の優しい声が響く。



「生まれてきてくれてありがとう“謙也”」



 もう一つは、生まれてきた自分に感謝する日だよ。

 付け足された言葉に思わず赤くなった耳を隠すように、そのまま雅を抱き寄せた。



「…おおきに」


 
 それはおめでとう、より響く言葉。
 ありがとう。
 嬉しさで頬が弛んだ。





君の言葉が何よりも


(貴方が同じ世界に生まれてきてくれて本当に良かった。この幸せを現すのに何回言っても言い足りないよ。ありがとう)

(こんなことを言うたら笑われるかもしれけんけど。同じ世界に生まれたこと、出会えたこと。偶然なんかやなくて、運命やと思っとる)


ころり転がる苺。



「あらあら、謙也ってば大胆やねえ」

「は!?ってオカンまだおったんかい!?」

「あはは、忍足顔真っ赤だよ」
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