◇
ガヤガヤと賑わう店内で、その二人はずば抜けて目立っていた。
黒髪の少女が隣の彼の服の裾をちょいちょいと引っ張る。
「涼、これはどう?」
涼と呼ばれた少年−黄瀬涼太は、うーんと唸ってそれを見た。
「雅にはちょっと派手じゃないッスか?」
「難しいなあー。縁なしのがいいかな」
「そうッスね、…これは?」
目の前のそれらを眺めたのち、そのうちのひとつを手に取った黄瀬はスッと雅に手を伸ばす。
軽く髪をどけて彼女に眼鏡をかけるその仕草に、周りの女性から悲鳴が上がった。
しかし二人にとっては慣れたものらしく、特に気にした様子もない。
「似合う?」
「!っ」
−グッジョブ…!
照れたように笑って首を傾げる雅に、黄瀬は静かに悶えた。
正直、可愛くて仕方がない。
しかし直ぐに当初の目的を思い出し、頭を振って顔を引き締める。
そもそも何故、視力も悪くない雅に眼鏡をあてているのか。
理由は至って簡単。
年を越す度に魅力が増す大事な大事な女の子への悪い虫を、少しでも減らそうという試みだ。
やらないよりはいいだろうと連れてきてみたものの、やはり効果はそんなに期待できないらしい。
−っ普通に可愛いんスけど…!
魅力を抑えるどころか、寧ろ愛らしさが上がった気さえして、黄瀬は頭を抱えた。
そんな彼に、不意にしゃがめの合図が掛けられる。
軽く引っ張られた制服のネクタイに従って少し屈むと、次の瞬間には一枚のレンズが視界を遮った。
「…雅?」
「うん、やっぱ涼も縁なし似合うよ!この際お揃いで買おっかー」
「っ」
まあ涼の場合は何でも似合うけどねえ。
−キュンっ
へらりと顔を綻ばせて再び眼鏡を物色し始める雅に、胸の奥で音を聴く。
貴重な眼鏡姿に興奮した女の子の黄色い声や共に向けられる携帯のレンズには見向きもせず、黄瀬は雅の手を取った。
途端に叫びへと変わった声にも構うことなく、そのまま手を引いてレジへと向かう。
自分のと雅の眼鏡を外して惚ける店員へと手渡したのち、嬉しそうに微笑んだ。
「度はいれなくていいんで、そのままお願いしてもいいスか?」
「は、はい…!」
その笑みに頬を染めつつ危なっかしい手付きで会計を行った店員は、チラリと雅の方を窺いながら黄瀬に商品を手渡す。
「あ、あの!モデルの黄瀬君…だよね?サインとか貰えないかな?」
雅のことを気遣ってのことだろう控え目な申し出には好感を持ちながらも、黄瀬は申し訳なさそうに苦笑を返した。
経験上、ここでオッケーを出せば、現在周りで様子を窺っている女の子達も押し掛けてくることは目に見えている。
いつもなら対応するところだが、雅がいる状況でそれは避けたかった。
いいよと視線で許可を出してくれている雅にニッと笑いかけて、その肩を抱き寄せる。
「スイマセン、今はデート中なんで」
「え、涼!?」
またの機会によろしくッス!
それだけ言い残すと戸惑う雅の手を引っ張って、ショックの絶叫に渦巻く店内を後にした。
◇
人気のない公園に、二人はいた。
「…っあはは、久しぶりに走ったかも」
「ごめん!大丈夫ッスか?」
片膝に手をついて息を整える雅の様子に気付き、慌ててベンチに誘導する。
バスケで毎日走り回っている自分とは違い、彼女は文化部だ。
特に害はないにしても、急なダッシュは負担が掛かる事に変わりはない。
配慮が足りなかったと悔やむ黄瀬に対し、雅は楽しそうに横に束ねた黒髪を揺らした。
「相変わらず凄い人気だね、涼。女の子達に悪いなあ」
「今日一緒にいるのは雅ッスよ。優先順位なんて決まってるって」
「ふふ、これも特権ってやつかな」
口元を緩めて喜びを表現した雅は、ふと首を傾げる。
「それにしても、みんな気付かないよね。そんなに似てないかなー」
完全に主語が欠如した呟きだったが、言いたい事はすぐ分かった。
髪の色のせい?
己の黒髪と黄瀬の金髪を見比べながら不思議そうに睫毛を上下させるが、あまりしっくりこない。
悩む雅に、黄瀬も考え込む。
「寧ろ似てる方だと思うんスけどね」
「だよねー。呼び方のせいかな?今度から呼び方変えてみよっか」
「オレは別に今のままでも…、変えるとしたら何て呼ぶんスか?」
ちょっとした興味から思わず聞き返せば、悪戯っぽい笑みが返ってきた。
「そんなの決まってるでしょ。
…−“お兄ちゃん”」
涼兄でもいいよ。
無邪気な笑顔に、また心臓を押さえた。
それは大いに有りだと思います。
(今のままのが都合はいいけどね)
(どっちも捨てがたいんスけど…!)
かちゃり、お揃い眼鏡。
ガヤガヤと賑わう店内で、その二人はずば抜けて目立っていた。
黒髪の少女が隣の彼の服の裾をちょいちょいと引っ張る。
「涼、これはどう?」
涼と呼ばれた少年−黄瀬涼太は、うーんと唸ってそれを見た。
「雅にはちょっと派手じゃないッスか?」
「難しいなあー。縁なしのがいいかな」
「そうッスね、…これは?」
目の前のそれらを眺めたのち、そのうちのひとつを手に取った黄瀬はスッと雅に手を伸ばす。
軽く髪をどけて彼女に眼鏡をかけるその仕草に、周りの女性から悲鳴が上がった。
しかし二人にとっては慣れたものらしく、特に気にした様子もない。
「似合う?」
「!っ」
−グッジョブ…!
照れたように笑って首を傾げる雅に、黄瀬は静かに悶えた。
正直、可愛くて仕方がない。
しかし直ぐに当初の目的を思い出し、頭を振って顔を引き締める。
そもそも何故、視力も悪くない雅に眼鏡をあてているのか。
理由は至って簡単。
年を越す度に魅力が増す大事な大事な女の子への悪い虫を、少しでも減らそうという試みだ。
やらないよりはいいだろうと連れてきてみたものの、やはり効果はそんなに期待できないらしい。
−っ普通に可愛いんスけど…!
魅力を抑えるどころか、寧ろ愛らしさが上がった気さえして、黄瀬は頭を抱えた。
そんな彼に、不意にしゃがめの合図が掛けられる。
軽く引っ張られた制服のネクタイに従って少し屈むと、次の瞬間には一枚のレンズが視界を遮った。
「…雅?」
「うん、やっぱ涼も縁なし似合うよ!この際お揃いで買おっかー」
「っ」
まあ涼の場合は何でも似合うけどねえ。
−キュンっ
へらりと顔を綻ばせて再び眼鏡を物色し始める雅に、胸の奥で音を聴く。
貴重な眼鏡姿に興奮した女の子の黄色い声や共に向けられる携帯のレンズには見向きもせず、黄瀬は雅の手を取った。
途端に叫びへと変わった声にも構うことなく、そのまま手を引いてレジへと向かう。
自分のと雅の眼鏡を外して惚ける店員へと手渡したのち、嬉しそうに微笑んだ。
「度はいれなくていいんで、そのままお願いしてもいいスか?」
「は、はい…!」
その笑みに頬を染めつつ危なっかしい手付きで会計を行った店員は、チラリと雅の方を窺いながら黄瀬に商品を手渡す。
「あ、あの!モデルの黄瀬君…だよね?サインとか貰えないかな?」
雅のことを気遣ってのことだろう控え目な申し出には好感を持ちながらも、黄瀬は申し訳なさそうに苦笑を返した。
経験上、ここでオッケーを出せば、現在周りで様子を窺っている女の子達も押し掛けてくることは目に見えている。
いつもなら対応するところだが、雅がいる状況でそれは避けたかった。
いいよと視線で許可を出してくれている雅にニッと笑いかけて、その肩を抱き寄せる。
「スイマセン、今はデート中なんで」
「え、涼!?」
またの機会によろしくッス!
それだけ言い残すと戸惑う雅の手を引っ張って、ショックの絶叫に渦巻く店内を後にした。
◇
人気のない公園に、二人はいた。
「…っあはは、久しぶりに走ったかも」
「ごめん!大丈夫ッスか?」
片膝に手をついて息を整える雅の様子に気付き、慌ててベンチに誘導する。
バスケで毎日走り回っている自分とは違い、彼女は文化部だ。
特に害はないにしても、急なダッシュは負担が掛かる事に変わりはない。
配慮が足りなかったと悔やむ黄瀬に対し、雅は楽しそうに横に束ねた黒髪を揺らした。
「相変わらず凄い人気だね、涼。女の子達に悪いなあ」
「今日一緒にいるのは雅ッスよ。優先順位なんて決まってるって」
「ふふ、これも特権ってやつかな」
口元を緩めて喜びを表現した雅は、ふと首を傾げる。
「それにしても、みんな気付かないよね。そんなに似てないかなー」
完全に主語が欠如した呟きだったが、言いたい事はすぐ分かった。
髪の色のせい?
己の黒髪と黄瀬の金髪を見比べながら不思議そうに睫毛を上下させるが、あまりしっくりこない。
悩む雅に、黄瀬も考え込む。
「寧ろ似てる方だと思うんスけどね」
「だよねー。呼び方のせいかな?今度から呼び方変えてみよっか」
「オレは別に今のままでも…、変えるとしたら何て呼ぶんスか?」
ちょっとした興味から思わず聞き返せば、悪戯っぽい笑みが返ってきた。
「そんなの決まってるでしょ。
…−“お兄ちゃん”」
涼兄でもいいよ。
無邪気な笑顔に、また心臓を押さえた。
それは大いに有りだと思います。
(今のままのが都合はいいけどね)
(どっちも捨てがたいんスけど…!)
かちゃり、お揃い眼鏡。