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これだからやめられない


 雅は上を見上げた。

 空が泣いている。

 ロマンチックな詩人の言葉を借りるなら、そんな感じだろうか。
 その喩えでいくなら現在大泣き中だ。
 泣きやんでくれそうもない。



「止みそうもないなぁ…」



 大粒の雨を前にして、どうしたものかと腕を組む。
 自分の傘があったはずの場所に視線を移しても、盗られた物が戻っているなんてことはない。

 あれ気に入ってたのに。

 少し頬を膨らましたのち、あっさり結論を出した。



「うん、走ろ



 彼女の唇から溢れたのは、周りに人がいたらずっこけるような単純すぎる答えだった。
 雅って見掛けによらず男らしい時あるよね、なんて言われる所以である。
 適当に肩までの髪を横に束ねて、戦闘準備完了。

 いざ出陣!

 鞄を頭に一歩踏み出そうとした瞬間、彼女を影が覆った。



「んぇ?」

「人事を尽くす気はないのかオマエは」



 掴まれた腕に、後ろへと引き戻された身体。
 頭上から降る声は聞き慣れたものだった。
 顔を輝かせた雅は振り向き様にその影へと抱きつく。



「真ちゃん!」

「…動けないのだよ」



 呆れたように溜め息をつく緑間だったが、満更でもなさそうにやんわりと妹の身体を引き離した。
 そんな彼に、雅は首を傾げる。



「今日部活じゃなかったっけ?」


 
 どうして此処にいるのか。
 素早く質問の意図を汲むと、持っていた傘を開きながら答えを出した。



「今日は半日だ。偶々近くを通りかかっただけだのだよ」

「あはは、ラッキー。傘なくて困ってたんだ」



 開けた傘を掲げれば、軽やかな足取りで隣に並んでくる。
 自分と同じ色の髪が肩より下で活発に揺れるのを見ながら、緑間は足を踏み出した。
 その瞬間に真上で空の雫が跳ね、何とも言えないリズムを刻み始める。



「わ、結構降ってるねえ」



 パチパチと瞬きを繰り返す姿に、呆れたように眉を寄せた。
 この中を鞄だけで突っ切ろうだなんて、無謀なことをしようとした人間の反応だろうか。

 しかし当の本人は分かっているのかいないのか。



「真ちゃん真ちゃん、また眉間に皺寄ってるよ?」



 ケラケラ笑い始める始末だ。
 瞬時に、ほぼ毎日顔を合わせる部活仲間の顔が思い浮かび、すかさずそのイメージをポフポフと消しさる。

 そんな兄の様子を楽しそうに見つめながら、雅は足元の水溜まりを越えるべく軽くジャンプした。
 長身の緑間が傘を持っている為に上方向には余裕があるが、跳ねた拍子に少しはみだしたらしい。
 雨に濡れ変色した制服の肩口を視界に入れ、緑間は雅の腕を引き寄せた。



「暴れるな、濡れるだろう」

「真ちゃんの方が濡れてるくせに」



 悪戯っぽく笑う妹に、暫し黙り込む。

 確かに、緑間の反対側―雅の死角側の肩は既に制服が大量の水分を吸って重くなっていた。
 いくら雅が小柄と言っても、緑間はかなり体格のいい部類に入るのだ。
 一般の傘に二人がすっぽり収まるというのは難しいだろう。
 この状況で妹の方に傘を多く配分するのは、彼にとって極々当然の事と言えた。

 そんな兄の性格を承知の上で、雅は覗き込むようにして笑いかける。



「こんな大事な時期に風邪でも引いたら大変だよ?」

「…、そんなヘマはしない。大体、オマエが風邪をひく方が厄介なのだよ。長引くだろう」

「私帰宅部だから支障ないもんねー」



 鞄を持った両手を後ろに、クルクルと回り出しそうな勢いでステップを踏む雅。
 そんな彼女に、目を閉じて息を吐き出すと、再び口を開き掛ける。

―そういう問題じゃない。

 言葉は音にはならなかった。
 彼より先に、別の声が空気を振動させる。



「オーイ」



 やたら聞き慣れた―否、ついさっきまで部活で聞いていた声に、緑間は自分の眉間の皺が深くなったことを確信した。
 ふと雅の足が止まる。



「あれ?この声って」

「…」

「おお?え、ねぇ真ちゃん?」



 応えなくていいの?

 不思議そうに首を傾げる雅の手首を掴み、無言で歩みを再開させた。
 しかしそれも束の間。
 数秒もたたない内に、後ろから追いついてきた人物によって止められる事となる。



「オイオーイ無視とかツレねーなあ!」

「…高尾、何故ここにいる?」

「ちょ、マジで傷付くんだけどソレ」



 ガーンとわざとらしいリアクションをしてみせる高尾に、緑間は不機嫌そうに眉をひそめた。

 高尾が嫌いというわけではない。
 寧ろ部活中においては信頼すらしている間柄だが、彼の性格を知りつくしている緑間にとって、今の状況は大変よろしくなかった。
 そんな彼の心境の動きですら読んでいるとでもいうように、高尾は愉しげな笑みを浮かべる。
 視線の先には、ニコニコと笑う雅の姿。

 恐らく意図的にだろう。
 緑間に半分隠されているような形の彼女に、ひょいと身体を折り曲げ覗き込むように挨拶した。



「お、雅ちゃん久しぶり」

「お久しぶりです高尾さん!真ちゃんに何か用ですか?」

「そうそう。ホイ真ちゃん、忘れもん」



 軽く投げられた物をキャッチし、手の中の物を見てピクリと眉を動かす。
 いつも使っているテーピングテープだ。
 こんな忘れ物をしなければ高尾が現在この場にいることもなかっただろう。
 自分の失敗に舌打ちしそうになるのを抑える。

 そんな緑間の手元をひょっこり覗き見て、雅が目を丸くした。



「真ちゃんが忘れ物なんて珍しいねぇ」

「あー、コイツ雨降ってるって分かった瞬間スゲー勢いで去ってったからさ」

「黙れ高尾」



 ププ、と笑いを堪えるようにして口元に片手を添える高尾に、緑間の牽制が飛ぶ。
 
 まあ雅ちゃん見て原因はハッキリしたけど。

 そう呟く高尾は、きょときょと瞬きする雅を見て唇の両端をつり上げた。
 緑間本人は知らないだろうが、彼のシスコン説はかなり有名だ。
 彼の焦るところ、必ず妹が関係していると噂されるほど。
 高尾も彼女に直接会わなければ信じることはなかっただろう。

 性格的にも容姿的にも可愛い部類に入るであろう雅を目にして、これはシスコンになってもしょうがないと納得した記憶は、多少古いもののまだ鮮明だ。
 
 また、元々楽しいこと大好きな高尾の緑間専用のからかい要素にもなっていた。
 緑間への愛称を真似たのも、ちょっとした嫌がらせの一部だ。

 そしてもう一つ。



「あ、そういや雅ちゃんさ、次の日曜暇?」

「次の日曜ですか?ばっちり空いてます」

「じゃあ映画でも行かね?ちょうど『二枚』、タダ券あんだよね」

「…オイ」



 わざとらしく二枚という数字を強調しつつ、敢えて緑間の前で雅をデートに誘う。
 ここまで来れば、嫌がらせ以外の何者でもない。
 ピシリと緑間の顔に浮かび上がった血管に、高尾はニヤニヤと笑った。



「お、何なら義兄貴も一緒に行く?」

オマエに義兄呼ばわりされる覚えはない

「んな冷てぇこと言うなってー将来も仲良くしなきゃいけない仲なんだし」

一回病院に行ってこい

「あはは!」



 二人のやり取りに明るい笑い声を響かす雅に、緑間はグルリと顔を向ける。



「笑い事ではないのだよ」

「私は楽しいよ?」



 満面の笑顔で返ってきた雅の言葉に、兄はピタリと動きを止めた。
 恐らくその頭の中では激しい葛藤が繰り広げられていることだろう。
 それですらお見通しなのか、雅と高尾は顔を見合わせて笑う。
 似た者同士なのを何となく自覚している二人は、やはり互いの考えていることも解るらしい。

 顔を嬉しそうに綻ばせた雅が、不意に緑間の腕に抱きついた。



「…雅?」

「次の日曜は三人で遊園地!だめ?」



 腕にしがみついたまま顔を輝かせて見上げてくる妹のお願いを、緑間が断れるはずもない。
 暫くの沈黙の後、顔を背けるようにして静かに歩き始めた。



「―…おは朝占いが良ければな」



 つられて歩く雅が後ろを振り返ると、笑いを堪えて肩を震わせる高尾と目が合う。


『また日曜にな』


 口パクで伝えられた言葉に微かに頷くと、弾けるような笑みを返した。









これだからやめられない



(分かってるよ、いつだって何より優先してくれてること)

(目が離せないことに安心するなんて、どうかしている)




踊る雨音、握った裾。


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