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馬鹿な子ほど可愛いってね


 ザリ。

 海常高等学校という表示を横目に、雅は足を進めた。
 只でさえ私服で注目を浴びているのに余計にウロウロはしたくない。
 適当に目が合った女生徒に目星をつけると、出来るだけ柔らかく話しかけた。



「ちょっといいですか?」

「え!?は、はい…!」



 話し掛けられるとは思っていなかったのか慌てて返事を返す女生徒の顔は、微かに赤みが射している。
 それを知ってか知らずか雅は緩く微笑んだ。



「お聞きしたいことがあるんですが…」



 言葉は最後まで続かなかった。



『きゃあぁあああ!』



 不意に耳に届いた黄色い歓声に軽く溜め息を溢して、その方向へと視線を向ける。



「…相変わらず分かりやすいな全く」



 助かるっちゃ助かるけどね。

 帽子を軽く被り直し、縁眼鏡から覗く涼しげな切れ目を細めた。
 オロオロする女生徒の視線に気付くと、ニコリと笑う。



「ああ、すいません。もう方向分かったんで大丈夫ですよ」



 小柄な女生徒に合わせて少し屈んで言えば、彼女は更に赤く染めた顔で視線を外した。



「あ、あの…良かったら案内しましょうか?この学校結構入り組んでますし…」

「ん…じゃあお願いしてもいいですか?」

「はい!」



 パッと輝いた顔に苦笑を浮かべ、雅はパラリと落ちてきた長い髪を耳に掛け直す。

 あの野郎、会ったら覚悟しとけよ。

 肩に掛けた鞄を持つ手に力を込めた。






 体育館は、ボールが跳ねる音と掛け声、歓声で溢れかえっていた。
 一人の選手がボールを持つ度に黄色い声が飛ぶ。
 毎日この場にいる者にとってはいつも通りの光景だ。

 しかし、今日は違った。
 パスミスで軌道が反れたボールが、扉目掛け一直線。

 全員の視線がそれを追う中、それは起こった。


―バァンッ


 突如大きな音を立て扉が開き、人影が現れる。



「危ねぇ!」



 誰かが叫んだ。
 誰もが直撃すると思って目を見張ったが、その予想は見事に裏切られた。

 バシッ。

 その人物は顔面前でいとも簡単にボールを止めると、そのまま歩みを進め、近くの選手に放り投げる。
 片手でなされたそれに、周りは唖然となった。

 そして沈黙が降りた原因はもう一つ。



「練習中、すいません。馬鹿に忘れ物届けにきました」



 首を傾げた際に肩からサラリと黒髪が滑り落ち、ソプラノが静まりかえった室内に反響する。

 パーカーにジーパンとラフな格好だが、その身体のラインと声は明らかに少女のものだった。
 帽子と眼鏡で全貌は明らかでないものの、案内役であろう後ろに控えている女生徒が頬を染めていることからも、端正な顔立ちをしていることは窺える。
 身長も170後半はありそうだ。

 ぐるりと辺りを見渡す彼女に誰もが目を奪われる中、一つの声が上がった。



「雅!?」



 酷く容姿の整った選手が向かってくるのを見て、雅は軽く舌打ちする。



「…いたな、馬鹿め」



 そんな彼女に駆け寄ったのは先程から歓声の中心にいる人物だった。

 注目の中、その勢いのままに雅に抱きつく。
 その瞬間に、今まで固まっていた周りの女生徒から悲鳴が上がった。
 わざわざ休日に足を運んでまで応援を送っている意中の人が、見知らぬ女に抱きつけばショックを受けて当然である。

 相手が普通の容姿であれば文句もつけれただろうが、残念ながら女子から見ても完璧な美少女。
 悔しいながらも見守るしかなかった。

 驚いたのは勿論、彼女達だけではない。



「…黄瀬、オマエの知り合いか?」



 キャプテンである笠松が代表して全員の疑問を口にする。
 その言葉に、黄瀬は雅を抱き締めた状態のまま顔だけをそちらに向けた。



「あれ、見て分かんないスか?雅はオレの、」



 言葉は、遮られた。

 ドスッ。

 鈍い音と共に、黄瀬がうめき声を上げて雅から離れる。
 彼女の肘鉄が、みぞおちにクリーンヒットしたらしい。



「暑苦しい」

「ッ相変わらずいい肘鉄ッス…!」



 一言で片付けた雅に対し、黄瀬はみぞおちを抑えて前屈みになりながらもグッジョブと親指を立てた。
 黄瀬のファンからは勿論非難の声が上がるが、二人とも気にする様子もない。



「で、どうしたんスか?連絡くれたら迎えに行ったのに。もしかしてオレの勇姿を見」

「んなわけないでしょ忘れ物だ馬鹿」

「イテ!」



 雅は呆れたように鞄に手を突っ込むと、弁当の包みを出して黄瀬の額にぶつける。

 先程から黄瀬の一方通行ではあるが、容姿のいい二人のやり取りはやたら絵になった。
 雅のそっけなさに慣れてしまえば、じゃれあっているようにしか見えない。

 それは一人二人の意見ではなく、傍観者の一人がとうとうボソリと考えを口にした。



「…黄瀬の彼女か?」



 ピタリ。

 二人の動きが止まる。
 しかし観衆の方を向いた二人の浮かべる表情は対照的だった。
 ピクリと眉を動かす雅に対し、黄瀬は笑顔が輝く。

 そんな彼に、状況も忘れたファンから黄色い声が上がった。



「そう見えます!?いやぁ、オレはそれでもいいんスけどね、」

「いいわけあるか」

「いて!ちょ、雅!痛いんスけど…!」



 弾む黄瀬の声を遮って、雅がその耳を思いきり引っ張る。
 黄瀬君になんてことをするんだとファンから再度非難が飛ぶが、やはり彼女がそれを気にかける様子はない。

 目をすわらせて黄瀬の耳から手を話した雅は、溜め息を溢して帽子と眼鏡に手を掛けた。

 ふわり。

 ロングヘアが緩く揺れ、カチャリと音を立てて眼鏡が外される。
 その何気ない動作でさえ、目を奪うには十分だった。
 固唾をのんで見守る中、正面を向いた雅の顔を見た一同に衝撃が走る。



「…―、申し遅れました。『黄瀬』雅です。馬鹿な兄がお世話になってます」



 僅かに唇の端を上げた彼女に顔を赤くする輩もちらほら。
 今まで雅を敵視していた女生徒達ですら例外ではない。



「マジかよ…」



―彼女の顔は、黄瀬に酷似していた。

 瓜二つとまではいかなくとも、主要なパーツはそっくりそのままだ。
 しかし、造りは似ているもののやはり男女の差なのか、雰囲気がグッと違う。
 女性独特の華やかさや柔らかさ、色気を含んだ表情に呑まれた人間は少なくなかった。



「馬鹿ってヒドっ!」

「事実。もう今度からは届けないからね」



 隣で落ち込む黄瀬に構わず、雅はくるりとメンバー達の方へ身体を向ける。



「こんな兄ですが最後まで見捨てず面倒見てやって下さい」

「…おう」



 優雅に礼をした彼女は、笠松の返事にふわりと笑みを溢して踵を返した。
 再び帽子と眼鏡を装着しながら扉に向かう雅を黄瀬が慌てて追いかける。



「え、もう帰っちゃうんスか!?」

「そんなに暇じゃないよ」

「ええー一緒に帰」

寝言は寝て言え

ハイ…」



 弱っ!

 ガックリ肩を落とす黄瀬にはメンバー達から哀れみの視線が送られた。
 まるで主人に構って貰えない犬のようだと、笠松は息を吐く。



「シスコンだな…」



 ポツリと呟く言葉は空気に溶けた。






『気をつけて帰るんスよ』



 しょんぼりしながらも真面目に言う黄瀬の台詞が甦り、雅は人知れず目を細めた。
 相変わらず心配症な兄だ。

 学校を出て暫くぶらついていると、不意に身体に衝撃が走った。


 ドンッ



「!」



 幸い軽くよろけただけで済んだが、このシチュエーションには覚えがあった。
 見えないのに何かにぶつかるこの感覚。



「すいません、大丈夫ですか?」



 物静かな声が耳を擽り、口元を弛めた。

 やはりそうだ。

 大丈夫だと返して、その姿を確認する。



「―黒子さんこそ、怪我なかったですか?」

「はい。久しぶりですね、雅さん」



 黄瀬と同じキセキの世代の一人である彼とは、何度か面識があった。
 先程の衝撃で落とした本を拾って手渡してやると、いつも通り丁寧な言葉遣いでお礼が返ってくる。



「黄瀬君は元気ですか?」

「ああ、相変わらず馬鹿ですよ



 素晴らしい笑顔でさらりと返す雅に、黒子も頷いた。



それは何よりです。相変わらずと言えば雅さんの格好もですね」



 黄瀬君に届け物でもしてきたんですか?

 ズバリと当ててくる黒子に、今度はニヤリと笑う。

 動きやすさとシンプルさを尊重するものの、しっかり身体にフィットする服装。
 ほどよく顔の造りを隠す帽子と眼鏡。

 格好とは100パーセントこれらのことを指しているのだろう。
 勿論好みはあるが、何の理由もなしにこんな格好をするはずもない。
 そしてその理由を知っているのも、今のところ黒子だけだった。

 眼鏡を外して黒子を見ると、ウインクする。



「この格好のが『女避け』になるでしょ?兄弟って分かっちゃ危機感持って貰えないじゃないですか」

「確かに。…で、今回は何人『おとした』んですか?」

「ええっと…10とちょいですかね」

「順調みたいですね」

「上々ですよ」



 第三者が聞けば首を傾げるであろう会話。
 黒子との会話の中で、校門を出るまでの情景が雅の脳内に甦る。



『あ、あの…!』

『…はい?』



 案内役の子をお供に校門へと向かう自分に掛った声。
 心の中で嘲笑を浮かべて振り返れば、やはり頬を染めた女生徒が数名こちらを見ていた。
 全員、先程体育館で見た面子だ。



『何か?』

『あの、連絡先を教えていただけませんか!?』

『言っとくけど兄貴の情報は流せませんよ?』

『いえ…!そうじゃなくて…貴方の連絡先が知りたいんですっ』



 クスリと笑ってやれば益々強くなる熱視線。

 それらを思い出し、雅は愉しげに唇を歪めた。
 そんな彼女を見つめた黒子は、暫しの沈黙の後に呟く。



「…ブラコンぶりも変わらないみたいですね」

「下手な女と義姉妹になるのは御免ですから」



 表情はそのままに言い切る彼女から少し視線を外した黒子は、少しスピードを緩めた。



「その気持ちの少しでもボクに向けてくれると嬉しいんですけど」

「…冗談に聞こえませんよ?」

「冗談じゃないです」



 真面目に言い返す黒子に一瞬面食らったような顔をすると、次の瞬間には悪戯っぽい笑みで歯を見せる。



「あの馬鹿を任せられる女の子が現れたら、考えます」



 キョトンとなった黒子の口元が、微かに緩んだ。



「協力します」

「どうも」



 拳が軽くぶつかる。

 期間限定の同盟が結ばれた瞬間だった。







馬鹿な子ほど可愛いってね




(わたしに気を取られる程度の女に、大事な馬鹿兄貴は任せられないから)

(彼氏とかできるまでは出来るだけ一緒にいたいんスよ)




何が悪い!

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