◇
「お?めっずらしー」
自分の部屋の扉を開けた高尾の第一声がそれだった。
少し低めのソプラノが返って来る。
「よっす。お帰りー、かず」
部屋の主である自分より先にベットでくつろぐ姿に口の端を上げると、自分も部屋に入り、近くの椅子に腰掛けた。
いつものように逆座りで、背持たれに両腕を預けるようにして姉の方を見る。
「今日はデートって言ってた気がすんだけど」
「あー…んー。ばっくれた」
「ひでー」
読んでいた雑誌を閉じた雅は、ケラケラ笑う高尾に視線を向けた。
弟とは対照的に、つまらなそうに溜め息をつく。
「面倒になった。乗り気じゃない」
「何処行く予定だったんだよ?」
「映画」
「あー…」
そりゃ相手の選択ミスだな。
眉をひそめる雅を見て、クツリと笑う。
彼女はじっとしているのが苦手な人種だ。
二時間近くじっと座っているだけの映画なんて、持っての他。
余程彼女の見たいチョイスでなければ、デートごとドタキャンされるのは当たり前である。
「その調子だと『今回』のも外れかねー」
「そうじゃない?楽しくないし。そのうちあっちから言ってくるでしょ」
興味なさそうにポッキーをくわえる雅を、高尾は面白そうに見つめた。
彼女はまさに、来る者拒まず、去る者追わずの精神の持ち主だった。
自分と同じ真っ黒な髪や釣り上がった目、それに相反する小柄な体格は、異性を魅了するには充分の魅力を備えているらしい。
そのため多くの告白を受けているが、断ったという話はまだ一度も聞いたことがなかった。
付き合うとか付き合わないとか、彼女からすればどうでもいいことなのだろう。
そして大概、今回のようなパターンになるのだ。
「我が姉ながら、いい性格してんね」
「どーも」
「で、次の相手はもう決まってるわけ?」
「んー…確か五歳年下の予約が入ってる」
さらりと返ってきた答えに、少しぎょっとした。
年齢層広ぇ…。
「オイオイオイ、犯罪にだけは手出すなよー」
「そんな関係にはならないよ」
直に言えば、初めから相手になどしていない。
クスリと笑う彼女を周りは酷いとか悪女だとか言うが、高尾はそうは思わなかった。
相手を惑わすような素振りを見せながら今の彼女のようなことをすればそれは非難の対象になるだろうが、彼女は違う。
断りこそしないものの、相手に思わせぶりな態度をとっているわけではないのだ。
興味がないと言うことも予め相手に明確に伝えている。
そこから先は、相手の自由。
雅が興味を持つかどうかは、その力量次第だ。
不意に、音楽が流れた。
「…携帯鳴ってっけど」
「そーだね」
「今日の相手じゃねーの?」
「かず、出て」
「えー」
出る気はさらさらないらしい。
携帯に視線も送らず無茶苦茶な要求をする雅に、高尾はやれやれと立ち上がった。
つまりは自分に相手との縁切りを頼んでいるのだ。
なんでこうオレの周りには人使い荒いヤツばっか集まるかなー。
すましたツンデレの級友を思い浮かべながら、ベット上へと移動する。
煩く自己主張し続ける携帯に手を伸ばし、通話ボタンを押した。
『雅!?オレ何かしたか!?何かしたなら謝るから…!』
通話中に切り替わった瞬間に漏れる、必死な呼び掛け。
こりゃダメだわ。
雅が最も面倒くさがるタイプだと判断すると、チラリと彼女の方へ視線を送る。
案の定目を細めた姿が映り、思わず笑った。
指でオッケーサインを作って見せ、携帯の向こうの哀れな男にメッセージを伝える。
「残念だけど、諦めた方が身のためだぜ?」
『な!何だよお前!?雅はどうした!?』
食い付く声に、滑稽だと唇が弧を描いた。
「もう近付くなよー」
『ふざけんな!雅と話を…』
プツリ。
最後まで聞くことなく切る。
オマエじゃ姉貴はおとせねーよ。
心の中で嘲笑うと、携帯を放り投げた。
ポスリと間抜けな音がして、そのオレンジのボディがシーツに沈む。
「お疲れー。さんきゅ」
「むぐ」
振り向くなりポッキーを三本ほど一気に突っ込まれ、高尾は反射で顔を定位置に戻した。
手で支えて地道にその長さを縮めていく。
パキパキと口の中で棒が音を立てた。
「かず、私に運命の出会いはあるのだろうか」
後ろから何ともやる気のない声が聞こえる。
ごくん。
全てを喉に押し込んだのち、高尾もだるそうに返した。
「あるんじゃねー?」
ギシリとベットが軋み、背後で雅が起き上がったのを感じ取る。
トン、と軽い衝動と共にじわりと温度が伝わった。
背中合わせに、ポニーテールが首筋に当たってくすぐったい。
パキン。
気味のいい音が響いた。
「かず以上の奴がいたらいーけどねー」
「なになに、愛の告白?」
「そんなとこ」
悪い気はしないね。
ニッと笑うと、背中越しにも笑った気配がした。
「ってことで運命の相手が見つかるまで相手宜しくね」
「りょーかい」
背中の重みが心地良い。
んじゃ、オレもそれまでは彼女づくりはお預けってことで。
微かに揺れたポニーテールに愉しげな表情を浮かべ、ゆっくり目を閉じた。
気の済むまでどうぞ
(きっとまだまだ先のハナシ)
(何だかんだで嬉しいなんて、オレも末期かも)
パキリ。もぐもぐ。
「お?めっずらしー」
自分の部屋の扉を開けた高尾の第一声がそれだった。
少し低めのソプラノが返って来る。
「よっす。お帰りー、かず」
部屋の主である自分より先にベットでくつろぐ姿に口の端を上げると、自分も部屋に入り、近くの椅子に腰掛けた。
いつものように逆座りで、背持たれに両腕を預けるようにして姉の方を見る。
「今日はデートって言ってた気がすんだけど」
「あー…んー。ばっくれた」
「ひでー」
読んでいた雑誌を閉じた雅は、ケラケラ笑う高尾に視線を向けた。
弟とは対照的に、つまらなそうに溜め息をつく。
「面倒になった。乗り気じゃない」
「何処行く予定だったんだよ?」
「映画」
「あー…」
そりゃ相手の選択ミスだな。
眉をひそめる雅を見て、クツリと笑う。
彼女はじっとしているのが苦手な人種だ。
二時間近くじっと座っているだけの映画なんて、持っての他。
余程彼女の見たいチョイスでなければ、デートごとドタキャンされるのは当たり前である。
「その調子だと『今回』のも外れかねー」
「そうじゃない?楽しくないし。そのうちあっちから言ってくるでしょ」
興味なさそうにポッキーをくわえる雅を、高尾は面白そうに見つめた。
彼女はまさに、来る者拒まず、去る者追わずの精神の持ち主だった。
自分と同じ真っ黒な髪や釣り上がった目、それに相反する小柄な体格は、異性を魅了するには充分の魅力を備えているらしい。
そのため多くの告白を受けているが、断ったという話はまだ一度も聞いたことがなかった。
付き合うとか付き合わないとか、彼女からすればどうでもいいことなのだろう。
そして大概、今回のようなパターンになるのだ。
「我が姉ながら、いい性格してんね」
「どーも」
「で、次の相手はもう決まってるわけ?」
「んー…確か五歳年下の予約が入ってる」
さらりと返ってきた答えに、少しぎょっとした。
年齢層広ぇ…。
「オイオイオイ、犯罪にだけは手出すなよー」
「そんな関係にはならないよ」
直に言えば、初めから相手になどしていない。
クスリと笑う彼女を周りは酷いとか悪女だとか言うが、高尾はそうは思わなかった。
相手を惑わすような素振りを見せながら今の彼女のようなことをすればそれは非難の対象になるだろうが、彼女は違う。
断りこそしないものの、相手に思わせぶりな態度をとっているわけではないのだ。
興味がないと言うことも予め相手に明確に伝えている。
そこから先は、相手の自由。
雅が興味を持つかどうかは、その力量次第だ。
不意に、音楽が流れた。
「…携帯鳴ってっけど」
「そーだね」
「今日の相手じゃねーの?」
「かず、出て」
「えー」
出る気はさらさらないらしい。
携帯に視線も送らず無茶苦茶な要求をする雅に、高尾はやれやれと立ち上がった。
つまりは自分に相手との縁切りを頼んでいるのだ。
なんでこうオレの周りには人使い荒いヤツばっか集まるかなー。
すましたツンデレの級友を思い浮かべながら、ベット上へと移動する。
煩く自己主張し続ける携帯に手を伸ばし、通話ボタンを押した。
『雅!?オレ何かしたか!?何かしたなら謝るから…!』
通話中に切り替わった瞬間に漏れる、必死な呼び掛け。
こりゃダメだわ。
雅が最も面倒くさがるタイプだと判断すると、チラリと彼女の方へ視線を送る。
案の定目を細めた姿が映り、思わず笑った。
指でオッケーサインを作って見せ、携帯の向こうの哀れな男にメッセージを伝える。
「残念だけど、諦めた方が身のためだぜ?」
『な!何だよお前!?雅はどうした!?』
食い付く声に、滑稽だと唇が弧を描いた。
「もう近付くなよー」
『ふざけんな!雅と話を…』
プツリ。
最後まで聞くことなく切る。
オマエじゃ姉貴はおとせねーよ。
心の中で嘲笑うと、携帯を放り投げた。
ポスリと間抜けな音がして、そのオレンジのボディがシーツに沈む。
「お疲れー。さんきゅ」
「むぐ」
振り向くなりポッキーを三本ほど一気に突っ込まれ、高尾は反射で顔を定位置に戻した。
手で支えて地道にその長さを縮めていく。
パキパキと口の中で棒が音を立てた。
「かず、私に運命の出会いはあるのだろうか」
後ろから何ともやる気のない声が聞こえる。
ごくん。
全てを喉に押し込んだのち、高尾もだるそうに返した。
「あるんじゃねー?」
ギシリとベットが軋み、背後で雅が起き上がったのを感じ取る。
トン、と軽い衝動と共にじわりと温度が伝わった。
背中合わせに、ポニーテールが首筋に当たってくすぐったい。
パキン。
気味のいい音が響いた。
「かず以上の奴がいたらいーけどねー」
「なになに、愛の告白?」
「そんなとこ」
悪い気はしないね。
ニッと笑うと、背中越しにも笑った気配がした。
「ってことで運命の相手が見つかるまで相手宜しくね」
「りょーかい」
背中の重みが心地良い。
んじゃ、オレもそれまでは彼女づくりはお預けってことで。
微かに揺れたポニーテールに愉しげな表情を浮かべ、ゆっくり目を閉じた。
気の済むまでどうぞ
(きっとまだまだ先のハナシ)
(何だかんだで嬉しいなんて、オレも末期かも)
パキリ。もぐもぐ。