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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
お手柔らかにお願いします


 ドサリ。

 いつものように自宅の扉を開けた火神は、絶句した。
 気だるそうに手にしていた鞄が滑り落ちるが、それを気にする余裕すらない。
 靴も脱がずに上がり込んだ。



「オイ!」



 床の間へのドアから覗く、白い手へと駆け寄る。
 床へ横たわる身体を確認すると、慌てて抱き起こそうとするが、手を伸ばした瞬間にピクリとその頭が上がった。



「…あ。大我くんお帰りー」



 へにゃりとした笑顔に、火神はドッと疲れたように息を吐く。



「何でこんなとこで寝てんだよ?」

「あはは、ちょっと転んじゃって」

「…見りゃ分かる」



 彼女の足元でカーペットが大きく捲れ上がっているのを目にして、軽く眉をひそめる。
 全く、転ぶ姿が目に浮かぶ。
 額が赤くなっているところを見ると、また頭から突っ込んだのだろう。

 手の使い方を知らないのだろうか。
 寧ろ反射的に出るべきはずのものが何故でない。

 呆れたように肩を落とす火神を、雅はそっと見上げた。



「それでね、足くじいたみたいで」



 運んでくれると嬉しいなー。

 何とも脳天気な声色で言われた台詞にピタリと動きを止める。



「それを早く言え」



 素早く雅を近くのソファーまで運ぶと、直ぐに足の状態を確認し始める。
 彼の知り合いがこの場にいたならば、その扱いの丁寧さに驚いたことだろう。
 それくらい、火神は雅を大切に想っていた。

 昔から何かと目の離せない姉だ。
 家事が出来て、頭も良くて、人当たりも良い。
 そんな理想的な女性だが、唯一、運動神経が破滅的に悪かった。
 よく何もない所で転んではあちこちに傷を作っていた。

 血の気が多い火神を止めるのは雅の役目で、雅の怪我を最小限に抑えるのが火神の役目。
 小さい頃からずっと一緒で、互いを補ってきた。

 思ったより腫れていないことに安堵し、とりあえず氷をと立とうとすれば、服を引っ張られる。



「大我くん、靴くつ」

「あ?…ああ」



 促されて見てみれば、履いたままの外履きが目に入った。
 自分のルートに沿って綺麗についた足跡に、バツが悪そうに視線を反らす。
 相変わらず、姉のことになると周りが見えなくなるらしい。
 自覚はしているが、ここまでいくと文句なしのシスコンだ。



「わりぃ、後で拭いとく」



 気まずそうに靴を脱ぐ火神に、雅は嬉しそうに微笑む。
 昔から、困っている時には一番に飛んで来てくれた弟。
 いつの間にか大きくなって、いつか離れていってしまうんじゃないかと思っていた。
 彼女なんて出来たら、今ほど構って貰える確証なんてきっとない。



「大我くん」

「何だよ?」

「夕食、何がいい?」

「…姉貴の作るもんなら何でも食うよ」



 照れたように首に手をやって、ぶっきらぼうに答える姿を見る限りは、まだ大丈夫らしい。
 フワリと笑う雅を見ると、火神は今度こそ立ち上がった。



「氷とってくる。大人しくしとけよ」

「はいはい」



 その返事を耳に入れながら、台所へと向かう。
 その際に、自分のポケットから落ちたモノには気付かずに。



―ガラガラ。

 火神がビニール袋に氷を詰めていると、隣の部屋から微かに鼻歌が聞こえてきた。
 普段からのほほんとした雅はよくハミングする。
 場所や時間も問わない為、彼女の鼻歌は色々な所で聞かれ、これがまた密かに近所に好評だったりした。

 今日は一段と楽しそうだ。
 思わずつられて笑うと、詰め終えた氷を片手に戻る。
 扉をくぐるその前に、ふと鼻歌が途切れた。



「…?」



 疑問に思いながら部屋を覗く。



「オイ、何かあっ…」



 言葉は、続かなかった。

 雅が視線を落とす紙を見た火神の顔から、血の気が引いていく。
 慌ててポケットを確認するが、あった筈の物はなく。
 恐る恐る顔を上げると、笑顔の雅と目があった。

 その手には、破滅的な英語のテスト。

 帰国子女というにはあまりに酷い点数だ。



大我くん

「…ハイ



 ダラダラと冷や汗を流す火神に向けて、雅は笑顔のまま軽く首を傾げた。
 普通に見れば可愛らしいそれは、火神から見れば何より恐ろしいものだ。


―彼女は、勉強面に関しては厳しかった。



一緒に勉強しよっか?」

「………ハイ



 姉貴にだけは敵わねぇ。

 氷がパキリと音を立てた。








お手柔らかにお願いします



(いつだって笑ってて欲しいんだよ)

(甘えられるうちに甘えさせてね?)



笑って、笑って。
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