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奇妙体験
鏡の向こうは違う道。
見知らぬ空間。
戸惑いと恐怖。
さあ、早く始めなきゃ。

楽しいゲームのスタート地点は何処ぞや。






ふたつ始まりのチャイム



 ヒヤリとした堅い地面に痛みを感じ、白石は目を開けた。

 身じろぎすればギシリと悲鳴を上げる床。
 見慣れない木造の天井が目に入る。
 埃っぽい空気に咳き込みそうになるのを抑え、必死に頭を働かせる。
 事態を把握するのに時間は掛からなかった。



「…ッ飴凪さん!?」



 一瞬で覚醒し、真っ先に一人の少女の存在を確かめる。
 探す必要はなかった。

 自分の腕の中で微かに動いた雅を見ると、安心した表情で溜息を零す。
 体を起こして、片膝をついた状態で彼女の上半身をゆっくり抱き上げた。
 外傷がないのを大方目で確認すると、雅の頬を軽くペシペシ叩く。



「飴凪さん」

「……ん」



 呼び掛けと同時に返ってくる反応。
 ぴくりと目蓋が動き、その瞳が白石を映し出した。
 始めはボーッと定まらなかった視線も、数秒もしないうちに驚きに染まる。



「へ!?」



 ガバリと飛び起きた雅の頭を、自分の頭を上げることで上手に衝突を防いだ。

 ホンマに予想を裏切らん子やなぁ。

 思わず笑みが零れるが、すぐに表情を引き締める。



「体は平気か?」

「あ、うん。どこも…白石君は?」

「俺も平気や」



 白石の答えに、雅は胸を撫で下ろした。
 先程の状態、また記憶からも彼が自分を庇ったのは明らかだ。
 こんな大事な時期に怪我をさせるわけにはいかない。



「良かった…。さっきは有難う」

「ん?どういたしまして」



 白石は立ち上がると、苦笑を浮かべて頭を下げる雅に、笑って手を差し伸べる。
 ペタリと座り込んでいた彼女は素直に応じた。



「それにしても…」



 周りを見渡して呟く雅の言葉の続きは言われなくても分かる。
 改めて見てみると、どうやら学校らしかった。
 と言っても床や壁など全てが木造であり、動くたびに悲鳴を上げる床の様子からもかなり古いことが伺える。
 
 二人が倒れていたのはその玄関だった。
 昔独特の引き戸の扉が風によってカタカタ音を立てる。
 外は夜のようで、申し訳程度の電灯に照らされる自分達の姿が、その硝子にうっすらと写し出されていた。

 湿っぽい空気は不安をかき立て、握り締めた手のひらにうっすらと浮かぶ汗がまがまがしい。
 夢であってほしかったが二人とも意識がはっきりしすぎている上に鏡に吸い込まれたのも記憶に新しく、この状況を受けとめるしかなかった。



「とりあえず、はぐれるのだけは避けへんとな」

「うん」



 白石が軽く微笑んで手を差し出すのを見ると、少し躊躇した後、今度はしっかりその手を握る。
 現状が現状だけに、遠慮や羞恥心など感じている場合ではなかった。
 これで、普通に過ごす分にははぐれることはないだろう。

 問題は、ここからどう動くか。
 景色、雰囲気、空気…どれをとっても此処が異空間であることは明らかだ。
 自分達がいた世界とは完全に隔離された空間に飛ばされたのだろう。
 下手に動いていいものか。
 そして自分達をこんな目に合わせている者達は一体何を望んでいるのか。

 記憶を辿って思考を巡らす白石を横に、雅の目は一つのモノに釘づけになった。
 視線はそのままに繋いだ手を軽く引っ張る。



「…白石君」

「ん?」

「あれ」



 少し首を傾げて彼女の指先を辿れば、心臓が少し早まるのを感じた。

 そこにあったのは、鈍く光を反射する長方形の鏡。
 下駄箱の横、右を向いた二人の真前に立て掛けられているそれは四天宝寺中の鏡ほど大きくはないが、人一人映すには十分の大きさを誇っている。
 違う鏡だと分かっていても、まだあの恐怖体験から時間はたっていないのだ。
 二人の体は強ばった。

 ギュッと汗ばむ掌を握り、雅が白石を見上げる。



「ね、引きずり込まれる前に鏡が言ってた事覚えてる?」



 唐突な質問だったが、見上げる瞳の真剣さに我に返った白石は記憶を呼び起こした。
 秒ごとに刻まれる記憶のコマが、ある場面で引っ掛かる。
 


『世界の出入口は<鏡>』



 脳裏にそのノイズがかった台詞が甦り軽く目を見開いたのち、考える仕草で視線を横に流した。



「…せや、鏡が出入口言うてたなぁ」

「うん、だったら私達も此処から出てきた可能性が高いよね」

「確かに。っちゅーことは、逆に言うと此処から出られる可能性もあるってことや」



 自然と顔を見合わせる。
 射し始めた希望に少し緊張が解けるのを感じた。
 一%でも可能性があるのならば、それを試さぬ手はない。

 白石は雅が自分の視線を受けとめて頷いたのを確認すると、鏡に近づいた。
 何があっても対処できるように、さり気なく雅を庇うようにして半歩前を歩く。
 僅か五歩程の距離。
 鏡との距離が7センチくらいのところで歩みを止める。

 薄暗い中、鈍い光の中に、途切れ途切れの二人分の人影が映った。
 互いに繋ぐ手に力が入るのを感じながらきっかり十秒、自分達の姿を見つめる。
 しかし前回のような変化は無かった。



「他にも必要要素があるのかな?」



 首を傾げる雅は、そっと鏡に触る。
 一瞬ギョッとした白石だったが、何も起こらず胸を撫で下ろした。

 俺より全然度胸あるわ。

 苦笑を浮かべると、話に乗る。



「せやなぁ…。他に要素言うたら場所か…時間、辺りか?」

「んー、そうだね。時間とか特に怪しいかも…、!」



 何気なく腕時計に視線を移した雅はその示された時間に息を飲んだ。
 その反応に、白石もすかさず覗き込む。

 その針が示す時間は零時きっかり。
 更に秒針は動いていない。
 時計は、此処にとばされる前は確かに正常に動いていた筈だ。



「飴凪さん、俺らの世界で鏡を見た時間は覚えとる?」

「うん。確か…7時16分」

「んーそれから五時間近く気を失ってた、とは考えにくいなぁ」



 気を失っていたのは長くて一時間程度だろう。
 秒針が停止しているのにも意味があるのか。
 しかし、時計に異常が見られることからほぼ確定されたことが一つ。

 ニコリと笑顔を浮かべた雅は、白石に顔を向ける。



「でも、鏡が入り口になる要素は時間で良さそうだね」

「みたいやな。謎が一つ減ったわ」



 白石がニッと笑い返したのを合図に、互いに軽く吹き出す。
 まだ正解かは分からなくとも自分達の中で一つ問題が解決したのだ。
 緊張を解くには十分だった。

 体の力みが抜けたところで次の課題に入る。



「ね、時間が関係してそうな事は分かったけど、どうしたら時間が進むのかな?」

「それが分からんと動きようがないからなぁ」

「うーん…少し歩いてみる?」

「此処でじっとしとってもしゃーないし、そっちのが賢明やな」



 そう結論を出すと、まず白石が手を伸ばし、すぐ近くの玄関の扉へと手を掛けた。

 ガシャン。

 数センチと動かずにつっかえる。
 長い年月を感じさせる木が軋み、枠組みに嵌る硝子が耳障りな音をたてた。
 十分、予測の範疇だった。
 軽く視線を合わせると互いに苦笑を漏して、廊下へと足を進める。



「やっぱりこの建物からは出られないみたいだね」

「せやなあ。まず外には鏡なんてありそうにないし、やっぱりなんかあるとしたらこん中や」



 窓に目をやる白石の視線を追って、納得した。

 風の動きに合わせてざわめく影。
 暗闇により塗り潰されているが、本来のそれらは鮮やかな緑だろう。
 この古い建物からも充分に予測できることだが、此処は自然に囲まれている。
 都会なら見付けるのに苦労しない鏡も、そんな中にある所はイメージできない。

 何があるか分からない中、出入口だという鏡から遠ざかるのは戸惑われた。



「床、脆そうやから気ぃつけてな」



 気遣いにコクリと頷きながら慎重に簀を上り、廊下へと足をつけた。

 ジジ。

 黄色い電灯が天井で点滅するのを見ながら、ギシギシと不況和音を鳴らす床を踏みしめる。
 二人並べばいっぱいいっぱいの狭い廊下を渡る途中、職員室と1つの教室を通り過ぎだが、両方共に鍵がかかっていた。
 今のところ新しい手掛りはなしだ。
 雅は一つ溜め息をつくと、開かない扉を軽くノックする。



「もしかして教室全部に鍵が掛ってるのかな…」

「んー、有り得やんこともないなあ。まあそん時はそん時や。とりあえず全部回ってみよか」

「そうだね。壊せないこともなさそうだし」



 普段大人しいイメージしかなかった雅の意外な発言に、白石は一瞬固まると楽しそうに笑った。



「はは、意外に大胆やなあ」



 何か面白いことでも言っただろうかと思い返すが、雅には思い当たる節はない。
 その悩んでいる姿がまたウケたらしく、白石は笑う口元はそのままに前を差した。



「さて、突き当たりや」



 それに従い前に視線を戻すと、突き当たりには掃除道具らしき大きさのロッカーが壁に沿ってひっそりと立っている。
 右には階段が暗い闇を抱えて伸びており、向かって左には、今までの引き戸とは違うドアノブの扉。

 何となく、何となくだが、此処に何かがあるような気がした。
 白石を見ると、彼も同じ気持ちらしく静かに頷く。
 ゴクリと唾を飲み込み、扉に近い雅がノブを掴もうとした。
 しかし、その手を白石が止める。



「白石君?」

「俺が開けるわ。ちょっと下がっとき」



 優しく言われれば従う他なかった。
 何があるか分からない扉を自分に開けさせまいとしてくれているのを察した雅は、大人しく下がりながらも心配そうに見守る。



「開けるで?」



 繋ぐ手が強く握り返されたのを肯定と取り、白石はドアノブを回して慎重に少し、力を加えた。



―キィ

「「!」」



 開いた。

 漏れる光と木の擦れる音に思わず一旦止まるが、視線で確認し合うと、今度は素早く力いっぱいの力を加える。


―バタン


 勢い余った扉が中の壁に当たる音がし、二人の視界には部屋内の様子が広がった。
 壁一杯に並んだ本棚に囲まれ、奥には木製ながらも立派な机が堂々とその身を置いている。



「校長室、かな?」

「そんな感じやなあ。探索…する必要はないみたいや」

「…うん」



 二人の視線の先、机の上に、明らかに異質な物が置いてあった。
 それは両方共に、特に雅はつい最近目にしたものだ。

 机の全面に渡る大きな紙の上に並ぶマスに、スタートとゴールの文字。



「双六…」



 ポツリと呟いた雅は吸い寄せられるように歩みを進めた。
 白石も黙ってそれに続く。
 机まで辿り着くと雅が紙に手を滑らせ、内容を辿った。

 そこで一番に気付いたこと。



「…図書室、音楽室、保健室、体育館…これって」

「ああ、学校内の構造みたいやな。これが条件要素なのは間違いないみたいや」



 所々に大きなマスが存在し、そこに学校にある教室名や場所の名称が記されていた。

 白石の言葉に同意すると、雅はキョロキョロと何かを探し始める。
 白石もすぐにその意図に気付き、彼女に断ってから机を周ると引き出しを調べた。
 数秒とたたないうちに目的の物を見つける。
 しかし、引出しを掴む手がそれに伸ばされることはなかった。
 
 暫しの沈黙の後、口を開く。



「…飴凪さん、あったで」



 その声に顔を上げ白石と同じ所を覗き込んだ雅は、息を飲んだ。
 
 目的の物は、確かにあった。

 双六には欠かせない、サイコロと、コマ。
 手に収まるサイズのサイコロは、木製であると言う点を除けば普通の代物であった。
 問題は、コマの方だ。
 サイコロと同じ木で彫られたであろうそのコマの数は、二体。
 そっとそれらを手に取った白石が大袈裟にため息をつく。



「えらい手のこんだ演出やなあ」



 恐怖で、その声さえ遠く感じた。
 白石の手に収まる親指ほどのそれらは。



「…なんで、」



 どう見ても、


 自分達を催した姿をしていた




 青ざめる雅の顔を心配そうに見た白石は、握る手に力を込める。


 
「今は帰ることだけを考えるんや。それ以外の事は俺に任しとき」



 優しい声に顔を上げれば、しっかりと自分を映す瞳とかち合った。
 その瞳に迷いはなく、遠ざかっていた音が、戻ってくる。
 彼以上に頼もしい人はいないと思った。
 身体の震えも治まってきたのを感じ、雅はまだぎこちないながらも笑顔を見せる。
 


「有難う。もう大丈夫だから」



 私も、やれるだけのことはやるから。

 白石は彼女の安定した声に安心すると、コマを持ち上げることでやろうとしていることを伝え、相方の了解を得た。
 恐らく、自分達に与えられた選択肢はこれしかない。



「いくで」

「うん」



 雅の返事を合図に、白石の手からコマが離れた。
 コマの行く先は、スタート地点―校長室と記されたマスの上。

 カツン。

 コマの着地と共にカチリ、と乾いた音がし、二人の鼓膜を震わせた。



―キーンコーンカーン…



 学校中に、少し音の外れたチャイムが鳴り響く。
 
 ユラリ。
 玄関の鏡が揺らめいた。
 歪んだ鏡の表面で何かが笑う。




ゲーム、スタート
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