◇
―何しとるんやこの子は。
「うーうぅ…」
秋ながらポカポカ日差しが差し込む、まさにデート日和の昼。
とある公園でジュースの缶を両手に、白石はその場に立ち尽くしていた。
目の前にはベンチで唸っている彼女の姿。
喉が乾いた為に雅をベンチで待たせて飲み物を買ってきたのは良いが、急いで帰ってみればこれだ。
驚かないほうが凄い事だと思う。
唸る彼女の手には目薬が握られており必死に上を向いているが、薬が落ちるべき場所がしっかり閉じられていた。
「そんな堅く目瞑っとったら注せへんで?」
「蔵ノ介?…だって」
雅は白石が帰ってきた事に気付き、顔を戻すと気まずそうに俯く。
そんな彼女に苦笑すると隣に腰掛け、買ってきた缶を近くに置いた。
「目、痒いん?」
「…ん」
近くでよく見てみれば目が赤く、うっすら浮かぶ涙が痛々しい。
しかし、何故…。
原因を探ろうと辺りを見渡すと、目の端にフサフサの細長い尻尾を捉える。
そういうことか。
原因を理解し整った眉を潜めた白石の見つめる中、それは正体を露にした。
ニャー。
そう、猫だ。
雅は重度の猫アレルギーだった。
触らずとも、近くに居るだけで目が炎症を起こすのだ。
彼女のアレルギーを知っていながらに気を配れなかった自分が悔しかった。
「堪忍な、もっと俺が気を付けるべきやったわ」
「んーん、蔵ノ介のせいじゃないよ。ねこなんて何処にでもいるし」
そう言いながらも目を擦ろうとする手を慌てて止める。
「擦ったらアカンで」
「う…」
握った手を彼女の膝の上に引き戻したのは良いものの、ギュっと瞑った雅の目からとうとう涙が零れ落ちた。
ハラハラ落ちる涙と、擦るのを我慢してスカートを掴む手が辛さを物語っている。
そんな雅をただ見ているわけにもいかず、彼女の頭を撫でると話し掛けた。
「目薬貸してくれへん?俺が注すわ」
「…いい」
「アカンって、雅が辛いんは困るんや」
「気持ちは嬉しいんだけどね、…目薬、嫌いなの」
俯いたまま目薬を隠すように手を握り込む雅に、白石は困ったように笑う。
「怖ないよう注すから」
「…うん」
白石のその表情が効いたのか、雅はちらりと彼の顔を見た後怖ず怖ずと目薬を差し出した。
白石はそんな彼女に微笑むと、目薬を受け取って涙を指で拭い取る。
「ほな此処に頭置いて横になろか」
「へ!?」
此処、と自分の膝を指差して言う白石に、雅の声が裏返った。
そこに頭を乗せて寝るとは、所謂膝枕と言うものではないか。
彼女として雅にとっては嬉しい申し出だが、何分此処は公園。
もともと恥ずかしがり屋の彼女がすんなり了解する筈がなかった。
「それは、あの…恥ずかしいです流石に…」
顔を真っ赤に染め上げて困ったように視線を逸らす雅は可愛い。
思わずキュンとなるが、しかしときめいている場合ではなかった。
白石としても、彼女がこのまま辛い状態なのはいただけない。
「今は人おらんし、な?」
「…」
「手早くするわ」
「〜…お願い、します」
「ん、任せとき。おいで」
しぶしぶといった様子で頭を下げた彼女の頭を再度撫でて、ニコリと微笑む。
お邪魔します。
雅は控えめに呟くと、ベンチに足全体を預けた。
どうぞ、と返した白石の大腿部に頭を置くと、必然的に俯いている彼と目が合う。
元から見た目麗しい彼が微笑んでいるものだから心臓に悪いったらない。
「〜…」
仰向けでは心臓が持たない!
瞬時にそう察すると、熱の冷めない頬をそのままに白石の方向に横向きになった。
ベンチから落ちそうな不安からか目に入った彼の服の裾を軽く掴むが、そこでふと気付く。
一般的に目薬は上から注すのだ。
仰向けでなければいけないのではないのか。
慌てて仰向けに戻ろうとするが、それは叶わなかった。
トン、と軽く肩に置かれた手によって体が安定する。
「あんま動いたら落ちるで。良い態勢や、そのまましっかり捕まっとき」
雅が言葉を漏らす前に白石は動いた。
先程の台詞にキョトン、となっている瞳の目尻に目薬を落とす。
「!っ」
横向きになっている為そのまま瞳の中に流れ落ちた薬に、反射的に目を閉じた。
続けて鼻を越して下の瞳に薬を流す。
仰向けとは違い、死角から入ってくる為変に力むこともなかった。
容器の蓋を閉め始めた白石は、目をパチパチしている雅に笑う。
「どうや?」
「ん…入った、ありがと」
「どう致しまして」
瞳から零れた余分な薬を袖で軽く拭ってやれば、雅は照れたように目を細めた。
「あの…これからも頼んでいいかな」
ゴロリと仰向けになって、こそりと言われた台詞。
手を添えられたのは目薬を持つ手で、今までの流れからも意図を汲むのは容易かった。
照れ屋な彼女の精一杯が愛しい。
白石はいきなりかち合った瞳に少し驚いたものの、嬉しそうに口元を緩めた。
「喜んで。いつでも注したるわ」
「頼りにしてるね」
「光栄やな」
すっきりした目で見上げた空は青かった。
永遠なんて信じるわけではないけれど
(ずっと傍にいてくれるのなら、アレルギーも悪くないかもしれないね)
(辛い時は何処にだって飛んでく)
落とした雫、ポタパタ。
―何しとるんやこの子は。
「うーうぅ…」
秋ながらポカポカ日差しが差し込む、まさにデート日和の昼。
とある公園でジュースの缶を両手に、白石はその場に立ち尽くしていた。
目の前にはベンチで唸っている彼女の姿。
喉が乾いた為に雅をベンチで待たせて飲み物を買ってきたのは良いが、急いで帰ってみればこれだ。
驚かないほうが凄い事だと思う。
唸る彼女の手には目薬が握られており必死に上を向いているが、薬が落ちるべき場所がしっかり閉じられていた。
「そんな堅く目瞑っとったら注せへんで?」
「蔵ノ介?…だって」
雅は白石が帰ってきた事に気付き、顔を戻すと気まずそうに俯く。
そんな彼女に苦笑すると隣に腰掛け、買ってきた缶を近くに置いた。
「目、痒いん?」
「…ん」
近くでよく見てみれば目が赤く、うっすら浮かぶ涙が痛々しい。
しかし、何故…。
原因を探ろうと辺りを見渡すと、目の端にフサフサの細長い尻尾を捉える。
そういうことか。
原因を理解し整った眉を潜めた白石の見つめる中、それは正体を露にした。
ニャー。
そう、猫だ。
雅は重度の猫アレルギーだった。
触らずとも、近くに居るだけで目が炎症を起こすのだ。
彼女のアレルギーを知っていながらに気を配れなかった自分が悔しかった。
「堪忍な、もっと俺が気を付けるべきやったわ」
「んーん、蔵ノ介のせいじゃないよ。ねこなんて何処にでもいるし」
そう言いながらも目を擦ろうとする手を慌てて止める。
「擦ったらアカンで」
「う…」
握った手を彼女の膝の上に引き戻したのは良いものの、ギュっと瞑った雅の目からとうとう涙が零れ落ちた。
ハラハラ落ちる涙と、擦るのを我慢してスカートを掴む手が辛さを物語っている。
そんな雅をただ見ているわけにもいかず、彼女の頭を撫でると話し掛けた。
「目薬貸してくれへん?俺が注すわ」
「…いい」
「アカンって、雅が辛いんは困るんや」
「気持ちは嬉しいんだけどね、…目薬、嫌いなの」
俯いたまま目薬を隠すように手を握り込む雅に、白石は困ったように笑う。
「怖ないよう注すから」
「…うん」
白石のその表情が効いたのか、雅はちらりと彼の顔を見た後怖ず怖ずと目薬を差し出した。
白石はそんな彼女に微笑むと、目薬を受け取って涙を指で拭い取る。
「ほな此処に頭置いて横になろか」
「へ!?」
此処、と自分の膝を指差して言う白石に、雅の声が裏返った。
そこに頭を乗せて寝るとは、所謂膝枕と言うものではないか。
彼女として雅にとっては嬉しい申し出だが、何分此処は公園。
もともと恥ずかしがり屋の彼女がすんなり了解する筈がなかった。
「それは、あの…恥ずかしいです流石に…」
顔を真っ赤に染め上げて困ったように視線を逸らす雅は可愛い。
思わずキュンとなるが、しかしときめいている場合ではなかった。
白石としても、彼女がこのまま辛い状態なのはいただけない。
「今は人おらんし、な?」
「…」
「手早くするわ」
「〜…お願い、します」
「ん、任せとき。おいで」
しぶしぶといった様子で頭を下げた彼女の頭を再度撫でて、ニコリと微笑む。
お邪魔します。
雅は控えめに呟くと、ベンチに足全体を預けた。
どうぞ、と返した白石の大腿部に頭を置くと、必然的に俯いている彼と目が合う。
元から見た目麗しい彼が微笑んでいるものだから心臓に悪いったらない。
「〜…」
仰向けでは心臓が持たない!
瞬時にそう察すると、熱の冷めない頬をそのままに白石の方向に横向きになった。
ベンチから落ちそうな不安からか目に入った彼の服の裾を軽く掴むが、そこでふと気付く。
一般的に目薬は上から注すのだ。
仰向けでなければいけないのではないのか。
慌てて仰向けに戻ろうとするが、それは叶わなかった。
トン、と軽く肩に置かれた手によって体が安定する。
「あんま動いたら落ちるで。良い態勢や、そのまましっかり捕まっとき」
雅が言葉を漏らす前に白石は動いた。
先程の台詞にキョトン、となっている瞳の目尻に目薬を落とす。
「!っ」
横向きになっている為そのまま瞳の中に流れ落ちた薬に、反射的に目を閉じた。
続けて鼻を越して下の瞳に薬を流す。
仰向けとは違い、死角から入ってくる為変に力むこともなかった。
容器の蓋を閉め始めた白石は、目をパチパチしている雅に笑う。
「どうや?」
「ん…入った、ありがと」
「どう致しまして」
瞳から零れた余分な薬を袖で軽く拭ってやれば、雅は照れたように目を細めた。
「あの…これからも頼んでいいかな」
ゴロリと仰向けになって、こそりと言われた台詞。
手を添えられたのは目薬を持つ手で、今までの流れからも意図を汲むのは容易かった。
照れ屋な彼女の精一杯が愛しい。
白石はいきなりかち合った瞳に少し驚いたものの、嬉しそうに口元を緩めた。
「喜んで。いつでも注したるわ」
「頼りにしてるね」
「光栄やな」
すっきりした目で見上げた空は青かった。
永遠なんて信じるわけではないけれど
(ずっと傍にいてくれるのなら、アレルギーも悪くないかもしれないね)
(辛い時は何処にだって飛んでく)
落とした雫、ポタパタ。