×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
恋VS漫画
 芸能人なんて、一生縁がないと思ってた。
 漫画と平和に暮らせればそれでいい。
 それだけしか望まなかったのに。




神様、私は貴方に何かしましたか?





「…」

「…」



 飴凪雅は悩んでいた。
 この空気を、どうしようかと。

 片手にはマイク。
 今まで熱唱していた為にもう片手には拳。
 そう、人々がこのストレス社会を生き抜く為に存在する娯楽の場所の一つ、カラオケボックスでの出来事だ。

 軽快に流れる、一般的にはイタいであろうアニメソングがいきなり歌い手を無くして虚しく一人流れている。
 画面には大好きなアニメ映像が何事もなかったかのように流れ続けている。
 それらに身体を向けたまま、雅の首だけは先程開いたドアに固定されていた。

 何ともぎこちない、ロボットのような動きで向けた視線の先には、一人の男性が立っている。 

 口をポカンと開けたまま、何とも間抜けな顔を晒してくれていた。
 イケメンが台無しですよ〜なんて笑えたらどれだけ良かったことか。
 いつもの雅ならそうしていたことだろう。

 ただ一つ、その人物に見覚えさえなければ。

 オールバックの銀髪を一つに束ねた、明らかに女の子に騒がれそうな顔立ち。
 特徴的な垂れ目は今は色付きのサングラスに隠されているが、記憶に正しければ燃えるような赤色をしているのだろう。
 彼を見てまだ一週間経っていないのだ。

 いくら三次元の人間の顔を覚えるのが苦手な雅でも覚えている(因みに二次元なら今まで読んだ漫画キャラ全てのプロフィールまでインプット可能である)。

 あの最高に暇を持て余した、暁ライブコンサート。
 そのステージでマイク片手に熱唱していた姿は記憶に新しい。
 そして彼女が、そのライブが終ってから更にグッズを求める友を振りきるようにして帰った理由は、趣味を求める心が一つ。

 そしてもう一つが前日に関わりを持ってしまった主役の一人−デイダラを避ける思いだ。

 ライブのような大規模な場で見付かる可能性は限りなく低いし、たった一度きり会っただけの自分を彼方が覚えているかも解らないが、女の子の怖さを知っているからこそ面倒事には最低限関わりたくない。
 好きな人関係で、そこらの可愛らしい女の子は鬼にも悪魔にもなるのだ。

 仮に、偶然だろうと何だろうと、アイドルとのツーショットを写真に収められてインターネットに流されでもしよう。
 次の日からそのアイドルファンの女の子達全てを敵に回す事になるのだ。
 現実にも、男を争う女の子達の争いは何とも恐ろしい。
 泥沼だ。

 そういう知識があるから、漫画やアニメという趣味一筋になることで平和を守ってきたのに、何故こうも縁があるのか。
 こういうのに関わると高確率で趣味を妨害されるのも実証済みだ。
 買い損ねた漫画然り、ライブによって奪われた観賞時間然り。
 この出会い運、出来ることならファンの子達に譲ってあげたい。

 しかもよりによって一人でアニソン熱唱中にばったりとは…
 空気も気まずいではないか。

 そんなことをごちゃごちゃ考えながらも、雅は先日のライブの主役の一人、暁のボーカル−飛段を見て心中で頭を抱えた。

 事の始まりは数十秒を遡る。







 飛段は、むしゃくしゃしながら歩いていた。
 先日は無事にライブも終え、いつも通りのはずなのに。
 何かがおかしかった。

 メンバーのうち二人、デイダラとサソリの様子がどうも可笑しい。
 元々芸術がどうたらとイカレた連中だとは思っていたが、更に拍車をかけて変だった。

 自分は退屈が耐えられない質で、メンバーの中でも喋る方だ。
 会話が一方的になるのはいつものことだったが、最近の二人の上の空度が高い。
 デイダラからは反論が消え、お得意の『うん』のみ。
 サソリに至っては視線すら寄越さない。

 そんなに考え込む材料がここ最近あっただろうか。
 どれだけ思考を巡らせても思い当たるものはなかった。
 よって、性質上ごちゃごちゃ考えることが性に合わない飛段はカラオケボックスにストレスを発散しにきたのである。

 ボーカルである彼は、専ら声を出すことでストレス解消するタイプだ。
 一人でカラオケだなんて一般的にはとても寂しいだろう。
 しかし彼にはそんなことは関係なかった。
 ようは叫べれば良いのだ。

 今日はとことん叫びまくるぜ!

 そんな意気込みを燃やしながら、ドリンク片手に自分の割り当てられた部屋を目指す。
 そう、いつも頭で考えるより先に体が動く彼が思考を飛ばしながら動いたことが原因だった。
 此処等だったな、なんて感覚のみで、扉ナンバーを確認せずにドアノブを開く。




−ガチャリ。




 思わず息を飲んだ。

 L字の赤いソファに、白い壁。
 黒い丸テーブル上に置かれたマイクセット。
 そこまでは、良かった。

 しかし、明らかにそこが自分に準備された個室ではないことを訴えるものがあった。
 簡単過ぎる間違い探しだ。

 まず一つ目、扉を境に耳に流れ込んでくる、明らかに一般向けではない音楽。
 二つ目、問答無用で視界に飛び込んでくる、二次元の映像が流れる画面。
 そして三つ目。

 仁王立ちでそれらと全うに向き合って拳片手に熱唱している、少女。

ー…扉の向こうは違う世界だった。




 普段、飛段の周りにいるのは自分達に対してキャーキャー叫んでいる女ばかりであり、世の中の女は皆そういうものなのだと思って生きてきた彼にとって、その光景は中々衝撃的だった。
 元々二次元=オタクというイメージもあり、どうしても暗い部屋で毛布にくるまりパソコンと向き合っている人間の姿をイメージしてしまうのである。
 しかし目の前にいるのはどう見ても二十歳前の青春真っ盛りの少女だ。
 何処にでもいそうな少女だったが、一瞬で本能が理解した。

 中身がどうも普通じゃないらしい。



 不意に、少女の声が消えた。

 違和感に気付いたのだろう。
 密室の筈の空間に突如入った亀裂に向けて、顔が動く。
 ギギギギ…とでも音がしそうなほどぎこちない動きで向けられたその顔は、歌っていた時そのままなのだろう。

 口を大きく開き、何とも楽しそうな表情だ。
 体の動きと一致しない違和感に溢れたその表情も、飛段を見た瞬間にひきつった。
 飛段本人も呆けていた為、何故そんなに拒否全快の表情をされたのか、なんて考えにも及ばなかった。
 もし頭が回っていたとしても、彼ならば、『俺に会えた感動か?』なんて思考に辿り着いた違いない。

 



 −とりあえずこの雰囲気から脱せねば!

 そんな思いで先に動いたのは雅だった。
 血の気の引いた顔を、余った元気の全てを持って笑顔にする。
 拳を解いて、とりあえずマイクを両手に喋ってみた。




「あー…トイレはその廊下の突き当たりですよ?」




 結果、反応なし。虚しくスピーカーから響く自分の声。


 は、外したぁああぁああッッッ。


 虚しさと羞恥心により、雅は今度こそ頭を抱えた。
 ノるなんて高度な事は求めてないから、せめてクスリ位は笑おうよお兄さん。

 るー。
 寂しそうに笑う雅を、暁ファンである彼女の友が見たらどう反応を返しただろうか。

 一方、飛段は追い討ちを掛ける彼女の言動に心から呆けていた。
 今までこういうシチュエーションがなかったわけではない。
 二十年とちょっと生きていれば、一人の時に女性と遭遇なんて事は両手じゃ足りないくらい経験するだろう。

 容姿に恵まれた彼は、芸能界に踏み入る前から女性に騒がれる事に慣れていた。

 そして、彼と出会った女性の行動は大体ツーパターンだ。
 頬を染めてオロオロするか、媚を売るように寄ってくるか。
 間違っても『トイレ』なんて単語は発さなかった筈だ。
 少なくとも一般的な女性は憧れの異性の前で軽々しく『トイレ』などと言わない事は確かである。

 そして自分を見ても全く反応しない、まるでただの其処らの通りすがりに話し掛けるような言動。
 自分の周りにはいない新しいタイプに、飛段は玩具を見つけた子供のように笑った。




「一人でカラオケなんて寂しい事してんなぁ、あんた」




 不意に向けられた言葉に、雅は思わずぎょっとする。
 確かに寂しいかもしれないが、自分は好んで一人で来ているのだ。
 けして一緒に来る人がいないとかではない。




「は!?大きなお世話ですよ!言っときますけど、友達はいますからねッ。只、今日は一人で熱唱したい気分だったんです!」

「へぇ?そりゃ奇遇だな。実は俺も一人で来てんだよ」

「は、人のこと言えないですね」



 ますます深くなる飛段の笑みには目もくれず、鼻で笑う。
 色々な事の積み重ねにより、雅にとって彼はかなり印象が悪いらしかった。
 しかし飛段の笑顔は変わらない。




「つーことでお邪魔するぜ」



「…はい?」




 会話のキャッチボールが出来ていない。
 首を傾げる間もなく、飛段は扉から手を離すとズカズカ入り込み、ソファに腰を下ろした。
 足を開いて楽な体制を取ると、機械を操作して曲を検索し始める。

 あまりに自然なその動作に一瞬ポカンとなったが、1テンポ遅れて思いっきり突っ込みを入れた。




「いやいやいや!何でそうなんの!?何の為に一人で来たんすかあんた!自分の部屋行きなよッ」

「実際来たら寂しくなったんだって、そうカッカすんなよ」

「何ですか、兎ですか!寂しいと死んじゃうみたいな!?知るかーッつかぶっちゃけ邪魔です出てって下さい!!」




 追い出す事に必死なせいか時々敬語も忘れた反論に、飛段は楽しそうに笑うだけだ。
 気を惹くための演技でも、照れ隠しでもない。
 本気で拒否されている。

 それが新鮮で、また愉快で堪らなかった。

 ククッ。
 喉で笑うと、機械を操作する手を進める。




「って聞いてんですかこの野郎!退けって言ってんですよッ」

「お、これ全部オタク曲?結構歌ってんじゃねーか。つか持ち曲こんなんばっか?」

「ッ〜…履歴チェックしてんなあぁあ!!つかオタク曲って何よ!そうだよ何が悪い!?オタク舐めんなよッッッ」

「だからそうカッカすんなって。長生き出来ないぜ?」




 大腿の上で肘を立て、頬杖を付きながら視線を寄越す。
 体制を崩しても一枚の絵のような彼を見て、世の中理不尽だ、と顔を歪めた。
 思いきり睨みを効かせて、飛段の手から機械を奪う。




「っ大体、芸能人がこんなとこ来てて良いんですか?面倒事は御免ですからね!」




 その台詞に、初めて飛段の表情が崩れた。

 常に円弧を描いていた口元が軽く開く。
 まさか、自分を知っているとは思わなかったらしい。
 意外そうに目を瞬かせると、再び唇を歪ませた。

 そりゃ固まってたら一発だけどな、一人ずつだったら案外、軽い変装でもバレねえもんだぜ?

 そんなことより、と。
 目を細めて、思った事をそのまま口にする。




「何だ、あんた俺のこと知ってんのかよ?」




 自分に興味がない人間ということに惹かれていたのに、全く興味がないわけではないのか。
 もしくは自分ではなく他のメンバーのファンなのか。
 正直なところ興醒めし掛けたが、心配はいらなかった。




「友達の付き添いでライブ見に行ったんですよ。ボーカルでしょ?」




 表情も変えずにさらりと返ってきた答えに納得する。
 飽き掛けた玩具に新しい使い方が見つかった、そんな感覚を味わう。
 これでまた退屈しなくて済む、とでも言うようにニヤリと笑うと、お陰で貴重な観賞時間が…などとブツブツ呪文を唱え始めた雅の腕を引っ張った。

 どわあ!?

 色気も何もない声に半分呆れたが、もっと女らしい声でねぇの?なんて突っ込みながらも、隣に収まった雅にマイクを持たせる。



「そうそう、ボーカルだせ。俺と歌えるんだ、光栄に思うんだな」

「…今まで何聞いてたんですか、どっか消えて下さいお願いします」

「で、何歌う?」

「あーそうですか、その耳は飾りですか。じゃあぞーさんでも歌いましょか」

「あ?んな幼稚な曲歌えねぇなあ」

「都合の良い耳だなおい!」



 遠い目をして返答を返していた雅だが、飛段の俺様っぷりに堪らず突っ込む。
 飛段はと言うと、そんなやり取りを心から楽しんでいた。

 何せ、彼の周りは皆クールというか、冷めすぎている。
 軽く流されるか一言で片付けられるかで、雅のように全力で相手してくれるタイプがいないのだ。
 暇つぶし相手として持って帰りてぇなーなんて犯罪スレスレなところまで思考は及んだ。

 何やら悪寒を感じた雅は即座に距離を取ろうとしたが、それは叶わず。
 しっかり肩に手を回されている。



「すいません、何ですかこの密着度。うざいんですけど」

「ライブ見に来たんだよなあ?どの曲が良かったか教えてくんねえ?」

「あー…いい加減会話のキャッチボールしてくれませんかね?因みに始終寝てたんで曲なんぞ聞いとりません」



 遠い目そのままに本音をスバズバ言いまくる。
 もう完全に彼女の制御とか常識とかいうリミッターは外れていた。
 そもそもこの男は初めから常識など無視ではないか。
 ならオアイコだ、と鷹をくくる。

 が、流石に最後のは失礼だったかと軽く視線を流した。

 お金を払っているのはこちらとはいえ、彼らだって本気でやっているのだ。
 見たくても見れなかった女の子達だって数えきれない程いただろう。
 彼等にも彼女達にも失礼極まりない発言だったと、小さい声で、すいません、と漏らした。

 飛段はそれに一瞬度肝を抜かれたような顔をすると、次の瞬間にはケラケラ笑う。




「何急にしおらしくなってんだよ、訳分かんねぇなあんた。興味もねぇもんをじっと聞いてられるタイプじゃなさそうだもんなあ。大体そんなこったろうと思ってたぜ」




 逆に答えられちゃあガッカリだったしな、

 なんて頭をベシベシ叩かれて、雅の機嫌は再び急降下した。
 意味が解らない。

 ぷいっとソッポを向いて曲選びに専念する。
 もうこの際どうでもいい。
 一回熱唱しているとこを見られているし、相手にするだけ時間の無駄だ。
 寧ろこのまま好き勝手熱唱してひいてくれれば万々歳だ。

 思う存分ひくがいいさ!

 訳も解らない勢いに任せて、お得意のアニメ曲を入れまくる。
 キャラソンだってお手の物だ。



「おいおい、俺無視で我道まっしぐらかよ!俺にも歌わせろって」

「嫌ですよ。歌いたいなら自分の部屋に戻ればいいじゃないですか」




 物凄いスピードで入っていく予約の、明らかにあっち系のタイトル。
 その流れに流石にぎょっとした飛段が彼女の手から機械を奪おうとするが、そう簡単に渡すわけがない。
 腹をくくった女は強いのだ。

 冷たい彼女の一言に『うっ…』と言葉を飲み込むと、暫くは様子見をしようかと引き下がる。

 雅の独占舞台が始まった。
 それは、飛段にとっては違う世界の幕開けだった。
*<<>>
TOP