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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
恋VS漫画
 芸能人擬きに会った。
 でもその代償に手に入れられなかったものは大きいよ。
 全く、どこで選択肢を間違えたんだか。
 でも、私はまた大きな選択ミスをしてしまったかもしれない。



 ―過去の自分よ、目を覚ませ!



「暑ーいッ!」

「や、静かにしようよ雅」



 一人叫んだ少女の声に、人々が振り返る。
 そんな人々の視線も気にせずブツブツ言い続けている少女を、友人である奏絵は苦笑で宥めていた。

 しかし雅と呼ばれた少女が不機嫌極まりないのにもわけがあるのだ。
 今日は学生である彼女にとって貴重な休みであるわけで、勿論そんな日は大好きな漫画を堪能していたいのである。
 しかし今身を置いている場所は漫画が溢れ返ってる自室ではなく、愛しいそれの代わりに人間という生物が溢れ、熱中病になるのではないかという程の日差しが注ぐ場所。
 ぎゅうぎゅうと身を捩る場もないくらい人がいるそのせいで、一層暑く感じる。

 今握りしめている紙切れを思わず破りたくなる衝動に駆られる程に追い詰められていた。
 それを必死に制御している苦労人が奏絵だ。

 だが―……と、雅は自分の握りしめている紙切れを見下ろした。
 自分が『紙切れ』と称したこのチケットには実際に数万円となる価格があるし、そのチケットがある上で入場できるライブに熱烈な乙女たちには、それこそ彼女には到底理解出来ない希少価値があるのだろう。
 


「何でこんな紙切れ一枚であんな値段もするのよ……?」



 雅にはまずそれが理解できなかった。
 たかだかそこらの芸能人を見るためのチケットではないか。
 実際には自腹を切っているわけではないのだが、どうしてもそれが不思議でしょうがない。
 こんなもの一枚で漫画が……と、呟きながら頭の中で計算している雅と、それを苦笑を通り越して呆れた表情で見守る奏絵。

 そして二人に、透き通ったソプラノの声が掛かってきた。



「あの、貴方達のチケット売ってくんないかな?」
 
「あたし達どうしても入りたいの!」



 綺麗に着飾った可愛らしい女の子二人がパンッ、と手を合わせて頭を下げてきた。
 それを見た雅と奏絵は、視線を合わせて困ったように笑い合う。
 雅としては出来ることならばこんな紙切れなど速効売ってあげたいのだけれど。



「御免なさい。私達も今日、どうしても入りたくて」


 ―大嘘吐きました、勘弁!



 微塵にも思っていない事を彼女達に告げた瞬間、雅は心中で謝罪する。
 そんな彼女を全く疑いもせず、「そっか、そうだよね」「御免ね」、と無理に笑って去っていく女の子達に心底胸が傷んだ。
 今この場で土下座したい勢いだ。

 先程の様な申し込みは、別に彼女達が初めてではなかった。
 そして断るその度に罪悪感に捉われながら、雅は目の前の大きな建物を睨むのだ。

 そもそも、何故彼女がこんな場所に居るのかというと、話を一週間前に逆ぼらなければならないことになる。







「一生のお願い!来週の日曜日、雅の時間をあたしに頂戴ッ!」

「へ?」



 漫画片手に某喫茶で至福の時間を過ごしていた雅は、共に来ていた奏絵の唐突な言葉に間抜けな声をあげる。
 朝いきなり彼女は突然押しかけてきて雅の腕を引っ掴むと、「奢るから付き合ってッ」と家から連れ出された。
 連れ出される時に賢い友によって一緒に来た漫画を読んで落ち着くのを待った、その後がこれだ。

 まるでウブな少年が彼女をデートに誘う為に一晩考え抜いたような台詞を言われ、思わずチョコパフェを掬いあげたスプーンを取り落としてしまった。
 それでももう一方の手に持つ漫画を落とさなかったのは流石と言えよう。
 テーブルに落としたスプーンを拾い上げ脇に寄せると、人差し指を栞代わり挟んで漫画を閉じ、今まさにキラキラと輝く目で真っ直ぐと自分を見据えている親友に向き直る。



「一応空いてるけど、どないした?」

「ついに手に入ったの!」

「はい、主語を入れてもう一度?」

「了解。ちょっとしたコネでね、なんと!超有名なバンドのコンサートチケットが」

「悪いけどパス。他の子誘ったら?」



 完全に言葉を聞かないうちに否の返事を返し、再び漫画に視線を戻そうとした雅を奏絵は軽く制した。
 これは予想内だったらしく、チチチ、人差し指を振ると悪戯っ子のように笑う。



「雅がいいの!いざという時には頼りになるし、熱狂的過ぎる子とは行きにくいから」

「評価は嬉しいけど漫画読みたいの。……あ、やっぱその日は空いてなかった」

「はい嘘。勿論ただとは言わないよ。雅が前家に来た時欲しがってた漫画全巻譲る!」

「やっぱ持つべきものは友達だよね。困った時はお互い様〜。で、何時に何処行けばいい?」



(この子以上に扱いやすい人間はいないな……)


 掌を裏返したかのような態度で手をしっかり握ってきた雅に、奏絵はほくそ笑んだ。
 気が変わらないうちに、と時間と集合場所を素早く伝え、その場をお開きにしたのだ。

 この選択が自分の人生を大きく変えるだなんて、このときの雅が思うはずもなかった。





 建物の中は騒ついていた。
 ぐるりと囲まれた野球場のようなドームで自分の席を探し、座る。
 ちらりと視線を横に向ければ、ちゃっかり購入したペンライトを片手に目を輝かせている奏絵。

 そんな友の幸せを喜んであげたいところなのだが、雅は実のところかなり憂鬱だった。
 今朝来る最中で渡されたチケットを確認し、真っ先に入った文字は『AKATUKI』。

 あれ、どっかで聞いたことある響きだぞ。
 今まで生きてきた分比例して積み重なってきた記憶の海の中を探る必要もなかった。
 忘れるはずもない、昨日の話だ。


 ―『AKATUKI、名前くらい聞いたことはあるんじゃねぇかい?』


 漫画購入の妨げとな少年の発した言葉に、たしかそんな単語が出てきた。
 流れからすると少年は間違いなく『AKATUKI』のメンバーであるわけで。
 そうなると必然的にもう一度会ってしまうことになるのだ。
 勿論直接会うわけではないし、見渡す限り女の子が存在する場だ、彼が気付く可能性も限りなく低いだろう。

 寧ろ雅は漫画の恨み晴らしとして一発お見舞いしてやりたがったが、いくら疎い彼女でも分かる。
 彼にかすり傷ひとつでも付ければ、今いる周りのファンから物凄い攻撃を受けるに違いない。
 女の本当の恐ろしさは同じ女だからこそ分かるのだ。

 軽く身震いした雅は、コンサートのバンド名を教えなかった奏絵と、漫画を餌にこの選択肢を選んだ過去の自分を恨んだ。
 しかし、人一人がうんうん唸っている間にも時間は進む。やがて、とうとう時が来た。
 天井に設置されていた照明が消え、辺りが暗くなり、浮ついていた会場が一瞬静まり返る。



『待たせたな』


 ―パッ


「「「「「きゃあぁあぁあぁぁぁあああぁっっっ!!!」」」」」



「うっぉ……」



 声が響き、中央のステージにスポットが集中して照らされた瞬間、周りから物凄い悲鳴が起こった。

 黄色く甲高い声が幾重にも重なり合い、それは大音響としてドーム内を満たす。
 もしかしたら、外にも漏れているんじゃないだろうか。
 雅は思わず耳を塞ぐが、手で妨げる音なんてたかが知れている。


 ―そうだ、これは現在絶大な人気を誇っているバンドのコンサートなのだ。
 そこにこれだけのファンたちが押し掛ければ、これ程のことは少し考えれば容易く想定できた範囲なのに。
 耳栓を持ってくるのを忘れた自分を悔いながらも顔を歪めるがそんなものは後の祭り。

 諦めてバッグから常に常備しているMDを取り出し、イヤホンをつけると中に大量に納まっているキャラソンの中から一つ選曲し、大音量で流した。
 どうせ周りの彼女達には今、ステージの彼らしか目に入らないのだ。
 多少音が漏れていても気にも留めないだろう。
 恐らくこれからこのドーム内でいくら大音量で音楽を流しても、彼らの歌に聞き入っている彼女達には何も届かない。
 
 ちらりと前方の彼らに目を凝らしてみると、ステージにある人影はざっと四人だった。
 騒がれているだけあって、雅から見ても皆端正な顔立ちをしている。

 まず、中央でマイクを持っているヴォーカルが、肩までの銀髪をオールバックにした垂れ目の青年。
 その後ろに見えるドラムに囲まれて、赤い猫毛の小柄な少年が少し不機嫌そうな顔で座っていた。
 横に視線を移せば涼しげな表情でキーボードの前に立っている、惚れぼれする様な綺麗な黒髪美人。
 そして、その隣には……、



「やっぱりいた、ガンダラ……」



 雅が名前を間違えていなければ、隣の友人が何かと反応をくれたであろう。
 雅の瞳映る少年は、昨日ぶつかった彼そのものだ。
 片目の隠れた独特な金髪の下に、ニヒルな笑顔が張り付いている。

 またあんなに無理やり笑って、と口元を歪めた雅だったが、ベースを構えて堂々と立っている姿は悔しいけれどきまっていた。
 他の女の子達は彼の笑顔に違和感は感じないのか。

 周りの歓喜溢れる歓声を聞きながら、耳元に流れ込んでくるお気に入りキャラの声に身を委ねるかのように、ゆっくり瞳を閉じた。







 サソリは不機嫌だった。

 頭上から注ぐ熱いスポットライトもドームの中の熱気も、ファンの声さえ禍々しい。
 元々人前に出るのは好まない質であることも影響しているだろう。
 しかし一番の原因は昨日出かけた先でのアクシデントだった。

 怪しくない程度の変装をしていったものの、ぶつかった女のせいで正体がばれ、ファンの大群に追い掛け回される羽目になったのだ。
 その時はぐれた相棒―デイダラとやっと再開したと思えば、必死の思いで撒いた大群付き。
 散々だった。

 しかもその後のデイダラときたら何を言っても上の空。
 かと思えばいきなり面白そうに笑ったりと、訳が分からなかったのだ。
 その為、いつもなら仕事と割り切ってしている笑顔もやる気になれず、不機嫌丸出しの顔である。
 まぁしかし、彼の場合生意気そうな態度がいい、とファンの心を捕えているので問題は皆無だろう。

 そして現在、華奢な四肢をしなやかに駆使した、小柄な彼はからは想像出来ない迫力ある音がドラムから叩き出されている。
 ステージもいよいよ中盤、盛り上がり時だ。
 そこまでぶっ通しで手足が動いているのだから、体の新陳代謝は免れない。
 リズムに合わせて揺れる毛先が湿り毛を帯びて、汗の玉が浮かんできた額に張り付くのが気に入らなかった。
 ドラムを叩く合間を見計らって、鬱陶しそうに前髪を掻き上げる。

 しかし、その瞬間顔を上げたサソリの視界にあるものが飛び込んできた。

 女だ。
 いや、女なら見渡す限りに嫌という程居るだろう。
 この場では視界に入るものの全てが女である。
 そんな中サソリのに留まったものは、彼の目から見て明らかに普通じゃなかったからだ。

 皆が立って跳ねたり、ペンライトやうちわを振っている中、一人だけ座っている影。
 俯いている彼女は……、



 寝ていた。



 具合が悪いともとれたかもしれないが、頭がカクンカクンと動いている為ねているとしか判断出来ない。
 更に耳にはちゃっかりイヤホンをしている。
 ここに何しにきているのか、全くもって不明である。

 何にせよ、彼の興味をひくには十分だったらしい。
 サソリは一瞬目を見開くと、面白そうに口の端を釣り上げた。
 いきなりの不敵な表情に彼を見ていたファンの歓声が大きくなるが、それでも両者の様子は変わらない。

 サソリが今の自分の表情を見ることが出来たら気づいただろうか。
 その表情が、昨日のデイダラの笑みと酷似しているということに。


 平凡少女がまたも興味を引いてしまった。
 幸か不幸か、少女はまだ気づいていない。
 自分の日常を壊す、警戒すべき存在が増えたことに。
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