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 芸能人に興味なんてなかった。
 アイドルだろうがミュージシャンだろうが、知ったこっちゃない。
 世間が、周りがどれだけ騒いでいても、脳に届くことなく右から左へとすり抜けて空気に溶けていく。

 つまり私にそんな話をしても、それこそ無駄話にしかならない。
 いくら顔写真と共に説明されてもその顔が他と全く同じに見えて区別がつかないのだし、説明されてもかろうじて日本語だというのが分かるだけで、紡がれる言葉も理解不能。
 そんなものに付きあってる暇も、必要性もない。

 私には、これさえあれば生きていけるのだから。




私、急いでます




 日差しが容赦なく降り注ぐ町並み。

 流れる汗に目もくれず台風のように走る人影があった。
 時々視界を憚る頬や額に張り付く髪を鬱陶しげに振り払い、だが身なりには気を掛けようともせず、ただ一心に走るその人影。



「間に合えー!売り切れるなよッ!!」



 ―ガンッ
 ―ドンッ
 ―バキッ



 叫び、最早欲だけに満たされている目を光らせながら走るその少女は、何処かの看板を蹴飛ばそうが、カツアゲに精を出しているヤンキーを突き飛ばそうが、更にそれらを踏み潰そうが止まることはなかった。

 鈍い音が響き渡る中、通行人が思わず道を開ける程の走りをみせる者、名を飴凪雅という。
 そんな彼女が目指す先は、あらゆる種類、そして多様な書物の扱いを誇り、棚にずらりと並べた……そう、本屋だ。

 しかし、目標に突っ走る彼女の走りをとうとう妨げる障害物が出現した。



「! ……何じゃありゃ!?」



 それを確認した瞬間雅は目を見張ったが瞬時に急ブレーキをかけ、砂埃を舞わせまがら足を止めると、すぐ近くの大の大人が通るのも苦難だと思われる細い通路に身を滑り込ませた。
 そして、その原因が、オリンピックの新記録を塗り替えられるのではないかという程の速さで通り過ぎるのを見送る。



「「「「「「きゃぁあぁあぁああぁああぁぁああ!!!!!」」」」」」

「……恐ろしや」



 甲高い黄色の叫び声を上げながら、ドドドッ、と先程の自分顔負けの叫びと走りを誇った集団に、雅はこの世の恐怖を見た。
 顔を蒼白にして引きつった笑顔を浮かべると、最近、口癖と化す直前までに使い込まれている一言。
 女って恐ろしい、を呟く。

 勿論彼女もまごうことなき女という性別の元存在しているのだが、本人はそれを完全に棚に上げている。

 それはともあれ、先程の恐怖―最早女を捨てた般若のような凄い形相で、叫びながら二人程の人影を追いかける女集団。
 彼女達があんなことになっている原因に検討が付き、小さくため息を吐く。
 理由は十中八九、どこかの人気芸能人だろう。

 しかし生憎雅はそっち系には全く興味がない。
 そのため誰と特定する事は出来なかったが、自分の妨害となったものの原因はすぐに分かった。
 彼らの様な人物なんて、彼女からしてみれば人気があるのを自負しているのに町並みに出て一騒動を起こす厄介者に過ぎない。
 変装するならするで最後まで気付かれないようにしろよ、と悪態を吐いても罰は当たらないはずだ。



「……ったく、売り切れてたらどうしてくれんだか!どこの誰だか知らんが絶対に許さん」



 握り拳片手に怒りを燃やす反面、どうやってアレらに邪魔されず本屋に急ぐか考える。
 恐らく今日の内はここの地区近辺一帯に滞在しているに違いない。

 しばらく考えた結果、今いる細い通路もとい裏道を使って辿り着くことにした。
 ここの地理、道は長年居るお陰でお手のもの。
 自分の庭と形容付けてもいいかもしれない。
 それに加え、自分の趣味が絡んでいるとなれば鬼に金棒だ。



「よっしゃ、待ってろよ。愛しい君達!」



 雅は軽く上唇を一舐めすると、コンクリートを強く蹴りあげた。
 もう彼女の頭の中には愛しい漫画達の姿しかない。
 



 時を同じくして、ある路地裏に一人の少年が紛れ込んだ。

 一房に纏めた艶やかな光沢を放つ金髪を肩から垂れ流し、帽子を目深に被り、ジーパンにパーカーといったラフな格好の彼は、上がった息を整えひやりと冷えている壁に寄り掛かる。
 


「はぁ……ったく面倒なことになっちまったぜ。
 旦那とは逸れちまうし。全く女ってのはつくづくおっかねぇな、うん……」
 


 顔を上げると片目の隠れた端正な顔立ちが窺えた。

 彼が息を乱している理由―……それは何処かの誰かが目撃し、「女って恐ろしい」と呟いた所以だ。
 逃げ回っている内に一緒に来ていた仲間とも離されて、眉間に皺を寄せた不機嫌極まりない表情が、彼の顔にありありと浮かんでいる。
 
 今回こんなに体力を使う羽目になったのも、二人組の女がぶつかってきて帽子が外れ、更にあろうことかその二人は自分の名前を叫んで大騒ぎして波乱が広まったわけで。

 ―そう、彼は所謂今世間を騒がせている芸能グループの一人だった。

 一言で芸能人といっても、本職はバンドで音楽をかじり、気に入った以来があればたまにポスターやら雑誌に載ることもある、というもの。
 神出鬼没なのにも関わらず、圧倒的な人気を誇るチームの一員。
 
 そんな彼、デイダラはその人懐っこさそうな外見とは裏腹に、女性があまり好きではなかった。
 昔から何かと、女性に関わっていい過去などなかったのだ。
 そんな性質の持ち主が、何故わざわざトラウマであろう女性の支持を受けるような場に身を置いているのか。

 それは活動を共にするメンバーがいるからであって、それ以外の何ものでもない。
 彼と一緒に行動するだけあって、何だかんだ言いながらも気が合う者同士だ。
 中でもさっきまで共にいた仲間とは趣味の面でも気が通じる仲だった。
 
 数分外を伺いながら休息していたデイダラだったが、表にいるのは危険だと考え、現在身を潜めている薄暗い路地裏の奥を見つめた。



「こっちから行った方が安全か……うん」



 そうして彼は、静謐な雰囲気の漂う、冷たい風の吹くそこに、足を踏み入れていった。





 裏道を走り続けて数十分、雅は目的地が近付くのを感じるにつれて、一人ほくそ笑んでいた。
 後三十秒でも走り続ければ、路地裏を抜け、待ち望んでいた愛しくてやまない本屋が見える。

 もうすぐ、もうすぐ―……。

 高鳴る高揚感が、疲れなど微塵も感じさせない。
 自分の欲望を満たすため、足に一層力を入れラストスパートに掛かる。
 


「うっしゃーっ、待ってろよっ!!」



 目的達成目の前で気持ちが高ぶっていた為か、はたまた路地裏独特の薄暗さのせいか。
 残像が見える程の超高速スピードで足を動かしダッシュしていた彼女は、前方から近づいてくる気配に気付けなかった。



「「!」」



 お互い目を見開いて息を呑むが、それだけでは無常にも何も変えられなく、ドンッ、と衝突し合う体。



「ぐぇ!」

「…ッ痛ェな……うん」



 相手もぶつかるまで気付かなかったらしく、気づいた時には既に遅し。

 出していたスピードも比例し、互いに衝撃を受け尻もちをついた。
 雅に至っては女らしさの欠片の破片も見当たらない悲鳴をあげて吹っ飛ぶ。
 一体何が起きたんだ、と涙目でお尻を擦りながら顔を上げれば、同じく顔を上げた少年と眼が合った。

 暫く、ぱちくり、と小動物を連想させる愛らしい瞬きでこちらを伺っていた少年は、目の前に居るのが『女』という生物だと確認すると、一瞬顔をあからさまに歪める。
 が、すぐに貼り付け慣れた完璧な笑顔を造り上げると立ち上がり、今だにへたり込んでいる雅に向かって手を差し伸べた。



「悪かったな。怪我はねぇかい?」



 普通の女性なら、その対応に心奪われた事だろう。
 だが、皮肉な事に神が今回彼の目の前に用意したのは、普通の女の子ではなかった。
 

 ―パシンッ



「っ!?」



 乾いた音が空気を振動すると共に、デイダラの手にはじんじんと疼くような、痺れた痛みが走っていた。
 何が起こったのかまだ思考の追いつかない彼に、雅は容赦なく怒りの矛先をデイダラに向ける。



「ニャーロー……大丈夫な訳あるか―ッ!!何の為に私の貴重な折角の休み、起きたくない体に鞭打ってこんな裏道通りながら疾風の如く全力疾走したと思ってんでっか!?漫画売り切れてたら貴方のせいだかんね!」

「は?漫画……?」



 完全に激昂している彼女の勢いに気圧され、呆けたデイダラの間抜けな声。



「そう漫画!私の命と同等の価値があるくらい希少価値の漫画!!しかも貴方ね、行動が白々しいんですけんどッ。ぶつかっといてあからさまに顔顰めるたぁどういう了見だ、あぁ!?なめとんのか!!ついでにその後の笑顔とか白々しいにも程があるでしょうがッ!!さっさと無理があるのに気づいて諦めろ!!それでもやるんだったらもっとナチュラルというかさりげなく、相手が気付かない程度にやれ!というか、顔歪めるくらい嫌ならしょっぱなからそれらしく振る舞っとけぃっ、そんな手誰が借りるか!あぁっ、もうこんな時間じゃない!あの漫画売り切れてたらマジでミンチにして東京湾沈めんぞッッ!!」

「……っ」



 差し伸べた手を払ったかと思うと、いきなり凄い勢いで捲し立て始めた目の前の少女にデイダラは心底驚いた。
 興奮しているせいか多少可笑しな喋り方が混ざってはいるが、それはこの際、置いておく。

 重点を置くべきは、目の前の彼女のリアクションだ。
 彼の対応に対して今まで拒否を示した女性など居なかった。
 しかも彼女は、彼のあの一瞬という僅かな隙間に垣間見せた表情を見逃さず、造り笑顔まで見破ったのだ。
 挙句の果てには自分で立ち上がり、べーっ、と舌出してくる始末。

 明らかに自分を取り巻く、そして自分の今まで積み上げてきた人生の中で分析してきた『女性像』とは大幅に違いすぎるそ彼女に、デイダラは驚きを隠せなかった。
 
 そして、彼には疑問に思うことがもう一つ、あった。



「あんた、オイラの事しらねぇのかい、うん?」

「はいぃ?知らないも何も今日初めて会ったと思うのですが。もしかして新手の決め台詞ッスか?巷では密かにそんな台詞が流行ってるんですかー。へー、ほー」

「……じゃあ、<AKATUKI>って名前を聞いた事は?」

「あかつき?へぇ、そんな新しい漫画が出たんですか?」



 耳に馴染みの無い言葉は全て漫画と結びつける雅の、あっけからんと返した返事に唖然とする。

 デイダラは自分の所属しているバンド、AKATUKIの知名度がそこそこ高いのは自負していた。
 いや、そこそこではなく、かなり。
 現におっかけから逃げてるのがその証拠になっている。
 だが確かに、彼らに興味がない女性も極僅かだが居ないわけではない。
 それでもバンド名くらいは皆知っているものだと思っていたのだ。
 
 否、実際知っている。
 色々な意味で、彼女は他の人間から、そし常識的な一般的観点から、外れている。
 
 しかしデイダラはその結論に辿り着いて、やっと納得した。
 自分達を全く知らないのなら、さっきの自分に対する態度も頷ける。
 面白そうに笑うとこんなやつは滅多に居ないと思い、名前を聞き出そうと口を開きかけた。

 しかし、来たのだ。
 まさしくその時、両者にとって好ましくない恐怖が、再び。

 ドドドドドドドドドドッ、と、嫌なモノしか想像出来ない様な音が響き渡り、その瞬間一気に青褪める二人の顔。



「どこ行ったの〜?」

「絶対ここらへんにいるはずだって!」

「こんなチャンス二度とないんだからっ。意地でも探すわよ!」

「当たり前っ。せめて握手してもらえるまで帰るもんですかっ!」

「今度はあっち探してみよっ」



「……チッ」



 大人数の足音と、飛び交う女性たちの会話に、雅は顔から色を失くし、デイダラは小さく舌打ちした。

 流石に、度が過ぎたこの熱狂ぷりには嫌気がさす。
 雅の反応は言うまでもなく本屋に辿り着けない、という理由からだったが、デイダラはまさに今の彼女達の標的の一人なのだ。
 勿論、AKATUKIも知らない少女がそんなことを知る訳もなかったが。

 恐らく彼女は、デイダラを自分と同じように路地裏から出られなくて困っている人、と認識しているのだろう。

 コンチキショウ、と歯軋りしている雅を横目で見て暫く考え込む。
 ここを切り抜けるには、彼女の協力が必要だ。
 トントン、と軽く雅の肩を叩いて、その旨を伝えた。



「なぁ、ちょいと協力してほしいんだが、いいかい?」

「ん、協力…?」

「ああ、オイラ今日一緒に来てた奴と逸れちまって、探さねぇといけねーんだ。んで、外のやつに見つかると厄介なんだよな、うん。やっぱあんなに人居たら動きにくいし」

「……はぁ、それで?」

「外に出て何か聞かれたら、黙って此処と反対方向を指さしてくれると助かるんだけど、頼めないかい?」

「ほほう」



 デイダラなりにできるだけ包んで話した。

 明らかにバレバレだが、あくまで自分が彼女達の標的であるということは悟られない様に話したつもりだ。
 それはデイダラ自身が、雅の困っている原因が自分だと知られたくなかったからだった。
 滅多にいない、ありのままの自分自身を見てくれる人間に、みすみす嫌われるような真似はしたくなかった。
 
 彼は自分があまり嘘が上手くないことは自覚していたが、何せ相手は自分のことを何も知らない少女。
 よほどのことを口走らない限り、大丈夫だろうと思っていた。
 それを知ってか知らずか、一通り聞いた雅は少し考えた後、にこり、と笑う。

 彼の努力は実を結ぶことなく、克明に彼女達の標的は自分です、と彼女に理解させていた。
 デイダラの誤算が、多かった。
 いつもならどうだったか分からなかったが、趣味が絡んだ彼女は賢い。
 一般人より頭の回転が良くなり、すぐ飲み込む。


 状況を。
 こうなった理由を。
 そして、

 そこから逃げ出す、策を。

 そんなことを露知らず、返された笑顔を承諾と取り喜びかけたデイダラにボソリ、と一言。



「原因はアンタだったか……」



 ふ〜ん、へ〜、なるほどね〜?

 と呟いている彼女に、デイダラは邪気のない笑顔を向ける。



「うん?」

「ううん。ところで、名前聞いてなかったな〜」

「? ……あぁ、オイラはデイダラだ」

「デイダラ……ね」



 突然の質問に、きょとん、としながらも返すデイダラ。

 雅は彼の名前を口の中で繰り返すと、にやりと笑う。
 その何処か黒いオーラを放った笑みに、そこでやっと悪寒を感じた。
 あからさまに大きく息を吸い込んだ彼女を確認したデイダラは顔を蒼白にする。



「ちょっ、おま……ッ、一体何…!?」



 隣からかかってくる声を完全に遮断し、

 すぅー……
 限界まで空気中にある酸素を吸い込んだ。



「―きゃあぁああぁああッ!こんな所にあのデイダラがいるわぁ!サイン貰わなくっちゃーッッ!!」

ば…っ!



 更に追い打ちをかける様に、言葉を重ねる。



「ああん、すっごいかっこいい!今まで生きてて良かったーっ!!」



 デイダラの必死の制止も虚しく、雅は精一杯に吸い込んだ空気を糧にメガホンにも勝るであろう大音量で彼の名を叫んだ。
 わざとらしい『あの』の協調が何とも憎たらしい。
 絶句している彼をちらりとみると、ご愁傷様、と悪戯に微笑んだ。



「何って事してくれてんだ、うん!?」

「先に利用しようとしたのはそっちじゃないですか〜。私の漫画の為に犠牲になって下さいな」

「んなの真っ平御免だぜ!」

「うーむ、そんな事より早く逃げた方が得策だと思いますよ」

「っ!」



 その言葉に反応したがもう遅く、既にドドドドドッ、という音は、近くまで接近していた。
 そしてその直後、



「「「「「「きゃあぁああぁああッ、デイダラよー!!」」」」」」



 彼女が指さす先には、歓喜の叫びを迸りながら、こちらに向かって物凄い勢いで迫ってくる、女集団。
 げっ、と顔を思いっきり顰めると、恨めしそうに雅を見つめ、逆方向に走り出す。



「くそっ!今度会ったらただじゃおかないからなっ、うん!」

「お生憎様、もう二度と会わないでしょう」



 覚えとけーっ。

 一昔前の悪役の逃げ台詞をその場に残しながら全力疾走で走り去った彼を微笑ましく見守った後、雅は本気で本屋に急いだ。
 しかし、そんな彼女を待っていたのはやんわりと、だが申し訳なさそうに言う店員の言葉。



「申し訳ございません。その文庫は、先程品切れになりまして……」

「はぁあ!?マジですか!?くっそガンダラめ…!本気で呪ってミンチにしてから東京湾に沈めたろか……っ!!」

「あ、あの、お客様……?」



 戸惑いがちに、「三日後に、また仕入れますが……」という台詞には耳もくれず、店内で歯軋りする。
 もう既に名前を間違えられてると知ったら、今全力で女性達を振り切っている彼はどう思うだろうか。
 少なくとも、デイダラという少年にとってどんな感情だろうと雅が特別な位置にきたのには間違いない。



 人気芸能人である少年と、漫画好きの平凡少女が出会った。
 少女の日常はどの様に変わっていくのだろう。
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