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変色したパーカーごとひっくるめて、伝えたい想いがあります




 パタリと前髪から滴った雫に、雅はそっと溜め息を落とした。
 厚い雲に覆われた灰色の空を見上げれば、心なしか勢いの増す雨に瞳を伏せる。


−こんなことなら無理してひとりでくるんじゃなかった…。


 学校恒例の合宿で、周りに気を遣いすぎたのが裏目に出た。
 元々、木々が覆い茂る土地だ。
 急な雨でも雨宿りの場所に困ることはなかったが、時間を喰うことには変わりない。

 圏外の表示を確認するなり携帯を無造作に閉じて、買い出しの品のメモチェックに入った。
 文字が滲んでない事に胸をなで下ろすが、不意に、微かな音が鼓膜を揺らす。


−ゴロゴロ…



「!嘘…」



 その不確かな空気の振動に、身体が手足から冷えていく感覚に捕らわれた。
 昔から雷を大の苦手としてきた彼女には、今の状況は絶望的ともいえた。
 ここにきて、激しい後悔が蘇る。

 無意識に脳裏をよぎった顔に、慌てて頭を振った。
 いつも素直になれない癖にこんな時だけ助けを求めるだなんて、都合が良すぎる。
 呟きそうになった名前を無理やり喉の奥に追いやって、口を固く結んだ。

 震える脚を叱りながら両耳を手で被うが、ピカリと光った空に溜まらず悲鳴を漏らす。



「…っ」



 きつく瞳を閉じて耐えようとするものの、既に極度の恐怖により自分の力で立つことは叶わなかった。
 雨宿りとして飛び込んだ木の幹にもたれてズルズルと座り込んだ瞬間、背後からガサリと音がした。



「!」



 こんな状況だ、嫌でも敏感になる。
 ビクリと跳ね上がった肩を深呼吸で宥めたのち、ゆっくりと振り返った。
 心臓の脈打ちが体内に響き、その大きさに眩暈さえ感じる。 

 極限まで張り詰めた空気の中、それは充分な衝撃を雅に与えた。



「おー、いたいた」



 耳に馴染む声に、ニヒルな笑み。
 姿を現したクラスメートに思わず息を呑む。



「…た、かお……?」



 先程は口にすることさえ躊躇した名が、呆気なく唇から零れた。
 雅の睫毛がキョトキョトと上下するのを見ると、してやったりと笑う。



「びっくりした?」

「…自分の仕事は?」



 まさかほっぽってきたんじゃないでしょうね。

 心から安心した癖に、相変わらず自分の口から出るのは憎まれ口ばかりだ。
 やはり、彼相手にはどうしても素直になれない。

 可愛くない言葉に自己嫌悪に陥るが、高尾は大して気にした様子もなく隣に腰掛けてケラケラ笑った。



「あー、真ちゃんに頼んできた。アイツは責任感強ぇし完璧主義だから寧ろオレがやるより確実だぜ?」

「そういう問題じゃないでしょ!」

「だってあっちいても面白いことねーし」

「だからそういう問題じゃ…」



 あまりに自分に正直な高尾に、呆れたように肩を落とす。
 何を考えているのかは分からないが、この言葉に嘘はないだろう。

 同じくクラスメートであり彼の部活仲間でもある緑間にこっそり謝罪を送るが、いつの間にか消えた笑い声に首を捻った。



「…それにさ、」



 絡まった視線に、身動きが取れない。
 普段は見られない優しげな表情から目が逸らせなかった。



「−どう考えても優先順位はこっちっしょ」



 冷たい指先が目元に触れ、そこで初めて自分の瞳が濡れていたことに気付く。



「っ別に…!」



 気恥ずかしさに反射的に身を引きかけるが、それは叶わなかった。
 タイミングを謀ったかのように一際大きく光った空に、雅が冷静を保てる筈もない。



「きゃあ!?」

「おお!?」



 勢いよくしがみついてきた雅に驚くものの、そこは男女の差だ。
 難なく抱き止めると、その震える肩にそっと微笑む。

 ずっと見てきたのだ。
 彼女が雷が苦手なことも、滅多なことがない限り周りに頼らないことも知っていた。

 そういや天気が悪いときはいっつも不安そうに空見てたっけな。

 授業なんて受けてる心境なんかじゃなかっただろうに、決まって一生懸命通常を装う姿に何度も笑った覚えがある。 
 そんな意地っ張りなところが可愛くて仕方なかった。



「っごめ…、」



 我に返ったのか焦ったように離れようとする雅の肩を、そのまま引き寄せる。



「わ…っ高尾!?」

「このままでいるに清き1票ー」

「ふざけてないで…!」



 毎度のことながら顔に熱が集中するのを感じ必死に身を捩るが、頬に当たった雫にぴたりと動きを止めた。
 雨が葉の間から落ちてきたのだろうかという考えは、すぐに打ち消される。
 恐怖と羞恥心でいっぱいいっぱいで今まで気遣えなかったことに自分を責めた。

 自分より明らかに冷えた体温、黒髪から滴り落ちる雫の多さに、数分前とは違う意味で泣きそうになる。
 この最悪の足場を、視界の悪い中追いかけてきてくれたのだ。



「…雅ちゃん?」



 身じろぎもしなくなった雅に、からかいすぎたかと俯く顔を覗き込みかけるが、ぎゅっと握られた服に言葉を呑み込んだ。



「…ごめん高尾」



 震える声の、その意図を汲むのは容易い。
 雅の心境を把握した高尾は苦笑混じりで息を吐く。


−ほんっと、これだからなー…。


 溜まらず、抱き締める腕に力を込めた。



「あーやっぱ好き。寧ろ愛してるの領域かもしんない」

「ば…っ!!」



 目に見えて爆発的に、真っ赤に染まる顔にますます笑みを深くした。



「大体、オレが雅ちゃんを見失うわけねーって」



 ただでさえ視野が広いのに、意中の相手が目に入らないわけがない。
 いつだって他人を優先して自分が歯を食いしばるような彼女だ。
 しっかりしているようで、実際は誰よりも危なっかしかった。

 一度気付いてしまえば、もう目を離すことなんてできない。

 今回も、みんながバタバタしている中、人一倍気遣い屋の雅が買い出し役を進んでやることなど目に見えていた。
 その場で一緒に行くと言ってもきっと真面目な彼女は受け入れないだろうと、わざと時間をずらしたのだ。

 変わりやすい山の天候により急な雨に見舞われたが、結果オーライ。
 寧ろ役得と、初めて雷に感謝なんてものをした。



「…風邪、ひかないでよ」



 服を握り締めたまま視線も合わせずに呟いた雅に、一瞬固まる。

 照れ屋な彼女はこういう時に目を合わせない。
 頑張って顔は隠しているつもりらしいが、毎回のごとく熱の集まる耳がこちらからは丸見えな為、ときめき要素にしかなりえなかった。



「ちょっとごめん、オレ今ならキュン死にできそうなんだけど」

「ばか!」



 心臓を抑える高尾に真面目に受け取れと軽く小突くが、彼にはそれすらツボらしい。
 ひとしきり笑ったのち、ふと視線を外した高尾の表情に目を奪われた。
 遠くを見据えた瞳に胸が高鳴る。
 たまに見せる、全てを悟るような、自分を押し殺すような。

 しかしそれは一瞬のことで、次の瞬間には見慣れた愉しげな顔でくしゃりと髪をかきあげる。



「お、そろそろ止みそうじゃね?」

「…そうだね」



 少し名残惜しい、だなんて言えば、彼は一体どんな反応をするだろうか。

−調子に乗りそうだから絶対言わないけど。

 自分でも気付かぬうちに口元が緩んでいたらしく、ばっちり目が合った高尾が驚いたように雅に詰め寄った。



「ちょ、雅ちゃんもう一回!」

「何が!?」

「っあーレアだったってさっきの!」



 写メればよかったと悶える高尾に、撮ったりしたら速攻消すからと念を押す。

 いつの間にか晴れ上がった空。
 見つけた七色の色に、ちょいちょいとその裾を引っ張った。







変色したパーカーごとひっくるめて、伝えたい想いがあります


(いつかは絶対目を見て伝える、から)
(いつでもバッチコイだって。あ、やっぱ心の準備はさせてほしいかも)


キミと見るソラ、きらり。
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