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その心音が欲しい


 朝一の人気のない駅のホーム。
 冬独特の灰色の空、澄みきった空気に、高尾は首をすくめた。



「さみー」



 吐く息が白く実体化しては、消えていく。
 余裕を持って起きた為に、まだ電車がくるには時間があった。
 腰を下ろすプラスチック製のベンチからは制服の布地を通して冷たさが伝わり、広げたノートを持つ手が悴む。

 隣に視線を向ければ、すました顔でプリントを見つめる雅がいた。
 数式を頭に入れるのに飽きた高尾は、彼女に疑問をぶつける。



「雅ちゃんさ、寒くないわけ?」

「寒いけど」



 視線を下に落としたまま返ってきた答えに苦笑した。
 
 全然そんな風に見えねーんだけど。

 ふと、空いている彼女の左手に目がいった。
 その細い指が微かに震えている気がして、さりげなく手をとってみるが、想像以上の冷たさに笑ってしまう。



「確かに、こりゃさみーよな」

「…何でこんなに温度高いの?」



 無視されるかと思いきや、意外にも反応が返ってきた。
 少し驚いたような瞳と目があって、テンションが上がる。
 上機嫌で笑みを浮かべ、よくある答えを口にした。



「んー心が冷たいからじゃね?」

「…ありきたり」

「そんな冷たいこと言うなって」



 ポツリと呟く言葉は実に彼女らしい。
 それでも高尾には充分だった。

 照れ屋な上に素直ではない雅相手で、二言喋って一言返ってこれば上出来。
 視線を合わせてくれようものなら、その日の運勢最高だ。
 緑間ではないが、高尾にとっては彼女が運勢占いの指標といっても過言ではなかった。

 今日は運勢良さげだわ。

 調子に乗ってそのまま手を繋いでも、特に抵抗もなく。
 少しトーンを落とした声が耳に届いた。



「だってそんなの、あてにならないよ」

「いやいや、現に雅ちゃんは手、冷てぇし」

「寒いからね。心が温かいからとかじゃ、ない」



 雅のプリントを持つ手に力が入るのを、静かに見届ける。
 伊達に彼女を見てきたわけじゃない。
 雅の不器用な優しさは一番理解しているつもりだ。



「私、そんなに心広くないから」



 謙遜でもなんでもない。
 雅の産まれ持っての性格なのだろう。
 もっと自信を持てばいいのに。

 高尾は少し視線を反らして、次に、持っていたノートを自分の目の高さまで掲げた。



「ま、いいけど。少なくとも、オレなら他人の為にこんなもん作れないね」



 丸い、女の子らしい癖字が並ぶ、読みやすく丁寧にまとめられたノート。
 勿論、高尾の書いたものではなかった。
 こんな綺麗にノートをまとめた事なんて一度もない。
 テスト前のこの時期、補習ギリギリの彼の為にと雅が重要ポイントを詰め込んだ、高尾専用ノートだ。

 黙って視線も合わさず押し付けられた時の事を思い返し、口の端をつり上げる。
 少し間を置いて、雅の口が動いた。



「…それは」



 さあ、ツンがくるかデレがくるか。
 どっちでもバッチコイ、と愉しげに見守る中、雅はいつものように視線も合わさず、心地よいソプラノを響かせた。



「高尾にだけだから」



 マフラーに口元を埋めて、でもはっきり聞こえた言葉に思わず止まる。
 空気が更にクリアになった。



「…抱き締めてもいい?」

「いや」

「即答かよ!?流石に傷付くんだけど」

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと覚えたら?冬休み補習で潰れるよ」



 雅は再度プリントへと視線を移すと、そっけない声でズバリと言い切る。
 そんな彼女に、高尾は何か閃いたようにニッと笑い掛けた。



「そりゃマズイね。雅ちゃんにデートの約束も取り付けなきゃだし」

「…水族館」

「へ?」



 一蹴されること覚悟で言ったつもりが、思いの他返ってきた単語。
 脳が対応できず、聞き間違いかと一瞬固まる。
 そんな高尾をチラリと見た雅は、また直ぐに視線を反らし、マフラーを鼻の方まで引っ張り上げた。



「水族館なら、行ってもいい」



 え、今日デレ多くね!?

 これで今年分のデレは全部使いきってしまったんじゃないだろうか。
 本気で悩む高尾の視線の先には、更にマフラーに埋もれる雅の姿。
 もう目元しか確認できない。
 長い睫毛も伏せがち。

 しかし、どれだけ頑張ったところで髪の隙間から覗く真っ赤に染まった耳は隠せていなかった。



「ごめん、やっぱ無理だわ」



 我慢できねー。

 ノートを空席にほおり出し、繋いだ手はそのままに、その肩を思い切り引き寄せる。
 くしゃり。
 雅の手元で紙が音を立てた。



「…あんぽんたん」

何ソレ!?



 新しいな!と声を上げるが、直ぐにいつもの笑みが戻る。
 今年分のデレ使いきったとしても悔いなし。
 繋ぐ手が握り返されたのを感じて、その冷たい身体を更に引き寄せた。







その心音が欲しい


(こんな異常な心音、知られるのが悔しくて)
(速さならオレも負けてねーと思うんだけど)


電車がくるまであと三分と二十五秒。
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