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捻くれ者のボールは



―バーンッ

 ボールがゴリングに弾かれる音が、静まりかえった体育館に響いた。
 雅はコロコロと足元を通り過ぎていくボールを見て、ぽつりと呟く。



「なんで入らないんだろ…」

「下手くそやな」

「…財前」



 突然聞こえた声に後ろを振り向けば、クラスメートの姿。
 先程雅が入れ損ねて跳ね返ったボールを手に持つと、バスケ部である彼女が見惚れるようなフォームでシュートする。


―ポーン…


 彼の手から離れたボールは綺麗に弧を描いて、リングに触れることなくゴールを通った。
 消えるように吸い込まれたボールを目の辺りにした雅は思わず顔を歪める。



「何、当て付けに来たの?」

「…足、まだ治療中やろ。何しとんのや」



 財前が視線を向けた先には、彼女の足から覗く白い包帯。
 それは即ち、未だに怪我が完治していないということを提示していた。
 恐らく人の目を盗んではこうしてボールに触れていたのだろう。
 皆に置いていかれるのではないかという焦りに、好きな事が出来ない焦れったさ。

 理解出来ないわけではない。

 しかし彼女のその熱心さは、皮肉にも怪我の治りを妨げている。
 雅は財前の視線に耐えきれず目を反らすと、禍々しそうに言い放った。



「…余計なお世話。財前には関係ないよ」

「悪化して大会出られんかったら元も子もないやん」

「部活中じゃないの?私に構ってる暇あったらさっさと部活行ったら」

「飴凪が大人しく帰るまでは無理やな。怪我が長引いて困るんは自分だけやないんや」



 淡々とした口調で紡ぎ出された言葉。

 それを耳にして、ボールを拾いに壁際に向かっていた雅の足が止まる。
 何故クラスメートというだけの彼にここまで言われなくてはならないのか。
 沸き上がった怒りが抑えきれず、叫んだ。



「っ知ったような口きかないでよ!あんたに私の何が分かるっていうの!?余計なお世話だって言ってんでしょ!?」



 しかしその台詞を聞いた瞬間、財前の中で何かが切れた。



―バンッ



「ッ!?」



 殴るような勢いで顔の横の壁に叩き付けられた手に、ビクリと雅の肩が跳ねる。
 反射的に振り返れば、いつの間にやらすぐ後ろに移動していた財前の姿。
 雅より頭一つ分高い為に見下ろす形で、恐怖がちらつく彼女の目を見つめると、ゆっくり口を開いた。



「何も分かってないんはそっちや、この鈍感女」

「何言っ…!」



 言い返そうとした言葉は財前の手のひらに遮断され、続かなかった。
 雅の意識が自分の言動に集中したのを感じ取ると、ゆっくりとその手を彼女の口元から外す。



「じゃあ聞くけどな、俺が何とも思っとらん奴の心配する奴やと思うんか?」

「…思、わない」

「分かっとるやん。それが分かっとったら俺が言いたいこと理解できるやろ?」



 財前の、いつも以上に強い瞳から目が離せなかった。
 自分でなくとも、ここまで言われて分からない人間はいないだろう。
 でも、疑い深いんだ。

 嫌な私。

 自分に苦笑すると、視線は反らさないままに呟いた。



「確実じゃないこと期待するの嫌い。違ったら悲しいじゃすまないし」

「…慎重にも程があるわ。お前の確実ってどんだけ証拠いるんや」

「言葉で聞かないと信じられない」

「性格ひん曲がっとんなあ」

「財前ほどじゃないよ」



 先程までと違い、真っ直ぐ前だけを視る瞳を見ると財前は唇の両端を上げた。

 自分の惹かれた瞳だ。




―友人に無理矢理付き合わされて偶々見掛けたバスケ部の練習試合。
 スコアに目をやれば、自分の学校は絶望的な点差で負けていた。



「こんな負け試合、見る必要ないやん」



 結果が分かりきっている試合なんて、見るだけ時間の無駄だ。
 負けているのなら尚更。

 興味なさそうに一別すると、彼女がいるからなんて理由で引っ張ってきた友人の制止の声も聞かず、背を向ける。
 
 そういや今日は新曲発売日やったなあ。

 帰りの寄り道の場所を確定しながら、体育館の扉に手を掛ける。
 しかし、足がその場から動くことはなかった。



『わあぁああああ』



 背後から沸き上がる歓声に、振り返ざるを得なかったからだ。

 一気に盛り上がる生徒達の合間から見えたのは宙にほおりだされたボールと、ボールを奪おうとした選手を避けたのか、体制を崩しながらも完成度の高いフォームを魅せる、女子。
 ボールがリングと格闘しながらも勝利し、ゴールを成し遂げると、歓声が強くなる。



『飴凪ー!』

『雅ちゃんナイスーッ』



 聞き覚えのある名前に記憶を辿る。
 無意識に注目していた女子が顔を上げると、答えに辿り着いた。

 クラスメートだ。
 席は離れているし会話すこともなかったが、気の強そうなイメージはあった。

 飴凪雅。
 運動選手にしては小柄な体をゆっくり正すと、耳障りでない程度の音量で叫ぶ。



「まだ終わってないよ、最後まで気抜かないで!」

「雅、」

「先輩、まだ時間はあります。フリーになった子にどんどんパス回して下さい」



 ポニーテールを翻してしっかりした声で言いきれば、先輩と呼ばれた女子の顔も引き締まる。


 
「そうね、皆!しっかり声だして!最後まで精一杯やるよっ」

『はい!』



 あまりの点差に諦めかけていた空気が変わった。

 皆のモチベーションを高めたのは、誰が考えても分かる。 
 雅だ。

 応援を受けながら真っ直ぐ前だけを見据えてコートを駆け抜ける。
 財前は、自分の脈打つ鼓動だけを聴いていた。
 結局試合には負けたが、絶望的な点差は接戦と呼ばれるまでに縮まった。
 皆もすがすがしい表情をしていた。

 ただ一人、悔しそうに両手を握り絞めていた雅を除いては。

 それから、いつも興味なさげに全体を見つめていた財前が見るのは、雅だけに絞られた。

 皆がふざけている掃除時間に、くそ真面目に机を運び続けるところも。
 お昼の時間に空の弁当箱を持ってきて爆笑されていたところも。
 授業中当てられて答えられなかったことを一日中引きずってる馬鹿らしいところも。

 見ているうちに、彼女に惹かれていることに気付いた。




―それらのことを思い返して、思わず笑う。

 それでも尚、真っ直ぐ見つめてくる視線を受けとめて。
 一回しか言わんからな、と付け足してから言い放った。


「−好きや」



 少しの間を置いて、雅もゆったり口を開く。
 高くも低くもない、彼女の声が弾んだ。



「ありがと。私も…嫌いじゃないよ」

「何様やお前は」



 暫くの沈黙の後、どちらからともなく笑い合う。


―ポーン…


 それから彼女の手から離れたボールは、高い高い弧を描いて、ゴールに吸い込まれた。







捻くれ者のボールは


(本当は強い瞳を持った貴方にずっと憧れてた。昨日女の子の告白受けてたから苛々してた、なんて絶対言わない)

(気にも留めていなかった存在が、いきなり自分の世界に不可欠になったんや。責任は、とってもらわな性に合わん)


跳ねて、跳ねた。
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