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「#寸止め」のBL小説を読む
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耳元から幸せを


 冬の寒さが去りつつある、春の風の中。
 少し冷たさが残る空気に溜め息を織り混ぜながら、黄瀬はうなだれた。



「おっかしいなあ…ここら辺だと思うんスけど」



 しゃがみ込んだ付近の植え込みの葉が、その金髪にまとわりつく。
 うーんと唸りながら首を傾げる黄瀬は、再びその植え込みに手を突っ込んで掻き分け始めた。
 その背後に忍び寄る影。

 不意に己を覆った暗さに黄瀬が反応する前に、パコリと小気味のいい音が響く。



「イテ!…?何なんスか?」



 軽い衝撃を受けた頭に手をやりながら恨めしそうに振り返る彼に、春の陽射しのような声が振り掛った。



「何してんの黄瀬」



 その柔らかい声に反して攻撃的な口調。
 想い人の姿に、黄瀬は膨れ面を一変させる。
 パッと輝いた笑顔で自分の背後に立つ人物を見上げた。



「雅センパイ!!」



 しゃがんだままの黄瀬に視線を合わそうと、雅も膝を曲げてしゃがみこむ。
 膝を軸に頬杖をついて、先程黄瀬の頭を叩いた小説で再度パコパコと金髪をこづいた。



「て、いてっ…ちょ、センパイ痛いんスけど!」

「私は何をしているのか聞いたんだけどね」

「うっ…」



 いつも通りの涼しげな顔でじっと見つめてくる雅に、黄瀬は言葉に詰まる。
 珍しくたじろぐその様子に、雅は軽く頭を傾けた。
 サラリと絹のような黒髪が揺れ、思わず目を奪われる。



「何か探してるように見えたんだけど、違うの?」

「あー…はい、それはそうなんスけど…、」



 歯切れの悪い返事に、パッチリした二重が片方細められた。



「私が来たの、迷惑だった?」

「それはないッス!」



 反射的に出た否定。

 どんな状況であれ、想いを寄せる人が来てくれて嬉しくないはずがない。
 雅は緩慢な動作で立ち上がり、自分自身の大声にびっくりしている黄瀬の隣に移動した。



「そ。じゃあ私も探すよ」



 何なくしたの?

 顔を覗き込んでくる姿にときめきながら、黄瀬は葛藤する。
 自分を気にかけて来てくれたことも、一緒に探してくれるなんて行動も凄く嬉しい。
 しかし、ダメなのだ。
 今回ばかりは、彼女に協力してもらうわけにはいかなかった。



「大したもんじゃないんで平気ッスよ!」

「ふーん…?」



 お得意の笑顔を張り付けて断ろうとするものの、やはり雅には通じない。



「嘘つき」

「うわ!?ちょ、」



 ズイと顔を近付けてくる彼女に対して冷静でいられる筈もなく、反射的に後ろに退いた。
 今は膝を折り畳んでしゃがみ込んでいる体勢な為、バランスもとれない。
 いつもなら、天性の反射神経とボディバランスを駆使して容易く乗り切れるのだろうが、雅の前ではどうしても頭が真っ白になってしまう。

 グラリと視界が反転した。

 ドサッ。



「ッいって〜…」



 本日三度目の言葉を溢しながら、地面に打った後頭部を抑える。

 あ、ごめん。

 そんな彼に淡々とした口調で謝った雅は、ゆっくり腰を上げた。
 テケテケと歩いて、今度は仰向けの黄瀬の顔横まで移動する。



「黄瀬がここまでして探すんだから、大事なものなんでしょ?」



 そこで両膝をつくと、そっと片手を伸ばしてその金髪についた葉に触れた。
 白い指が一枚一枚、葉を摘んでは地面へ返していく。
 それを眩しそうに見る黄瀬の前で、雅はほんの少しだけ口元を緩ませた。



「やっぱり私も一緒に探す」

「ッ!」



 かわ…ッ!!

 普段表情を変えない雅の不意打ちの微笑に、抱き締めそうになるのを必死に堪える。
 まだ気持ちさえ伝えていないのにそんなことをすればどうなるかなんて、目に見えていた。

 今の関係を崩すのが怖かった。





―黄瀬が雅に出会ったのは、入学して間もない頃だった。

 入学当初から、そのルックスと有名なバスケ部の肩書きで目立っていた黄瀬は、その日もファンの子達から隠れるようにして帰っていた。
 応援は力になるし普段はサービス旺盛に対応するのだが、部活帰りに囲まれて帰れないのは身体的にキツイのだ。
 それを気遣った先輩の考慮でこっそり裏道を教えてもらった黄瀬は、部活で疲れた身体を引きずって校門を目指していた。

 あと数歩で校門という所までさしかかったその時、視界の端で何かが動いた。



「?」



 夕闇の中目を凝らせば、流れるような髪が肩から滑り落ちるのを捉える。
 女生徒のようだった。
 花壇の前でしゃがみ込んで、何やら手を動かしている。

 早く帰りたいのは山々だったが、空を見上げれば既にうっすら星が瞬いていた。
 こんな時間に女の子が一人であんなところに蹲っているなんて、明らかに何か訳ありだ。
 生憎、それを放って帰るほどの人でなしにはなれなかった。

 そちらに足を向け、心持ちそっと歩みよる。
 近付けば思った以上に華奢な後ろ姿に、少し戸惑いながらも声を掛けた。



「あの、何か探しもんスか?」

「…、別に」



 少しの間を空けて吐き出された声に、魅いる。
 ポカポカした、春のような声だ。

 沈黙に耐えられなくなったのか、女生徒がふと顔を挙げた。
 声に反して何の感情も浮かばない顔に、息を呑む。



「気にしなくていいよ、来てくれてありがとう」



 自分を魅了した声で淡々と紡がれる言葉。

 気が付けば、黄瀬は隣にしゃがみ込んで彼女と同じように花を掻き分けていた。
 普通の女の子なら喜んで自分の申し出を受け入れてくれただろう。
 他の子とは違う反応に惹かれたのもあるかもしれない。

 しかしそれ以上に、この人の事を知りたいと思った。



「…何してるの?」

「一緒に探すっスよ」

「いい。大した物でもないから」



 その言葉にチラリと視線を落とせば、暗い中でも分かる、土に塗れた白い手が目に入る。



「ここまでやるんだから、大事なもんスよね?」



 ニッと笑えばきょときょとと目を瞬かせる姿が何だか可愛くて、また笑った。





―パコン



「いて!?」



 視界を覆った青色に、意識が呼び戻される。
 今日はこればっかだとしくしく泣くと、叩いたまま額に乗せられていた青表紙の小説が退かされた。



「本が濡れる。それよりいつまでトリップしてるの?」



 ヒドッ。

 冷たい言いようにガビンと反応しながらも、雅を見ると自然と頬が弛む。
 そんな黄瀬を、雅は怪訝そうに見つめ返した。



「なに?」

「いやあ、センパイに会えて良かったなあと…」

「ああ、私と会った時の事でも思い出してた?あの時と全く同じやり取りだもんね」



 立場は逆だけど。

 懐かしそうに目を細めた雅にグッとくるのを感じながらも、ちょっとした感動に見舞われる。



「オレとの出会い覚えてくれてるんスか!?」

「うん。最高にうざかったから」

「ええ!?」

「冗談だよ」



 いつもの人形のような表情で言いきった雅に、ガックリと肩を落とした。
 安堵で力が抜ける。

 そうそう、思ったよりお茶目なんスよね。

 心の中で苦笑する黄瀬の手に、不意に何かが触れた。
 硬くて冷感を感じる、爪にも満たない大きさのそれ。



「!あったー!」

「!?」



 いきなり飛び起きた黄瀬にビクリと肩を震わせた雅だったが、顔を輝かせる彼を見るとホッと胸を撫で下ろす。
 どうやらなくし物が見つかったらしい。
 キラキラ笑う姿を見ていると、こっちまで笑ってしまいそうになる。

『雅、最近雰囲気が和かくなったよね』

 友人に言われた言葉が甦り、雅は淡く微笑んだ。
 表情の乏しい自分がこんな表情をできるようになったのは、黄瀬のお陰だ。 
 見つかった事に対し祝いの言葉でも掛けてやろうと視線をあげるが、彼は此方を見て固まっていた。



「黄瀬?」



 こきゅり。
 顔を斜めにする雅を直視できなくて、黄瀬は視線を反らす。

 だから可愛いんスけど…!

 何故に今日はこんなにも笑顔が多いのだと一人悶えた。



「黄瀬、一人の世界に入らないで。見つかったんでしょ?良かったね」

「あ、そうそう!センパイ、ちょっとじっとしてて」

「?」



 黄瀬は何か思い出したように座り直し、ちょこんと正座している雅に手を伸ばす。
 そのまま触れた髪を彼女自身の耳に掛けると、雅は目を見開いた。



「え!?」

「あれ、オレが気付いてないと思ってたんスか?」



 パッと耳を覆う小さい手をやんわり退かせば、透明ピアスが覗く。
 いつも髪を下ろしている為、気付いている者は極僅かだろう。
 困惑している雅に悪戯っぽく笑い掛けた黄瀬は、先程から握り締めていたものを指にはさんで彼女の前に掲げた。

 キラリと淡い光を放つ、円いピアス。
 物静かなブルーは、彼女の雰囲気にも白い肌にもよく映える。

 状況の呑み込めていない雅をよそに、黄瀬は俊敏に作業を終えた。
 透明ピアスを外して、己の持つそれに付けかえる。
 雅は鮮やかな手付きで施されたそれに軽く触れると、説明を求めるような視線を向けた。
 それに応えるように、無邪気な笑みで返す。



「今日、誕生日っスよね?」

「!知って、たんだ」

「ピアス空けたのだって初日に気付いたんスよー」



 ニコニコ笑う黄瀬に、何故か雅の顔が赤くなった。
 ごにょごにょと小さい唇が動く。



「…れは…黄瀬に…て」

「?何スか?」



 珍しい姿に口元が弛むのを抑えながらも、ちゃんと聞き取ろうと耳を彼女の口元に近付けた。
 そんな黄瀬の耳を、雅がぎゅうと引っ張る。



「ッい!?」



 黄瀬が言い切る前に、声が被った。



「ッだから!黄瀬に憧れてピアス空けたんだってばっ」

「…へ?」



 一拍置いて黄瀬の唇から溢れる間抜けな声。
 解放された耳を抑えながらそちらを向けば、耳まで真っ赤に染めあげた雅がいた。
 合わない視線に、黄瀬の頭の中も回る廻る。

 え、それってもしかして…。



「〜ッとりあえずありがと!また黄瀬の誕生日も何か、」



 顔の熱もそのままに必死に話す雅が可愛すぎて、堪らずその身体を抱き締めた。



「黄瀬!?」

「っ嬉しいッス!これからも側にいていいって事ッスよね!?」

「…、ん」



 そろりと背中に回された手に、きゅんと胸が高鳴る。

 きらきら。
 互いのピアスが、反響しあうように光った。







耳元から幸せを


(表情一つでオレを振り回せる女の子なんて、世界中探しても一人だけッスよ)
(初めて声を掛けてくれた時から、眩しくて仕方なかった)


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