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惨敗、本日も君のプラン通り


「財前はよく寝るね」



 意識が戻されかけたまどろみの中、不意に聞こえた声に、財前は机に突っ伏していた顔を上げた。

 今まで枕の代わりをしていた両腕はそのままに、顔だけを声の方へずらす。
 向いた先には、書類を要領良くホチキスで留めながら微笑む雅がいた。
 積み上がっていく書類の束を視界に入れながら、考える。



「…何でおるんですか先輩」

「お目覚めの一言がそれとは随分そっけないじゃないか財前?」



 書類から財前に視線を移した雅は改めてにこりと笑った。

 まだ脳が働かない。

 窓から入るオレンジの光から、もう授業は終わり放課後であることは明らか。
 随分寝たなと自分でも感心するものの、時間は別に気にしなかった。
 確か今日は顧問の都合とかで部活はないはずだ。
 用事もないから急ぐこともない。

 それよりも考えなくてはならないのは何故先輩である雅が二年の教室、しかも自分の隣の席で書類まとめをしているのか、だ。
 本来、三年である彼女の教室は上の階にあるもので、我が学校の会長を務める彼女の仕事場もその階の生徒会室。
 まさか自分が寝ながら教室を移動したわけでもあるまい。

 自分で考えるのも面倒になって、財前は再度繰り返した。



「何で先輩が二年の教室におるんや」



 敬語が消えた財前に、そうこなくちゃと笑みを深くする。
 財前は意外にどこか律義なところもあって、敬語は要らないと言っても中々抜けないのだ。
 人によって様々だろうが、雅にとっては彼氏に敬語を使われるのは他人行事のようで好ましくなかった。



「なに、簡単なことだよ。この方が財前といる時間が長いからね」



 まるで自分の好物を伝えるかのようにさらりと言い放つ雅に、相変わらず心臓に悪い人だと財前は思う。

 速まった脈を誤魔化すように一つ溜め息をつくと、立ち上がる。
 おや、と首を傾げる彼女の前の席にお邪魔して腰掛け、まだ留められていない書類に手を伸ばした。
 そこで意図を察した雅が楽しそうに笑い声を上げる。



「手伝ってくれるんだ」

「早く帰りたいだけッスすわ」

「うん、久しぶりに一緒に帰ろうか」



 ニコニコと作業を再開する雅を見て、財前も微かに笑った。
 毒舌家で素直な表現が苦手な彼の気持ちを普通に汲みとってしまう女性は中々珍しい。

 2年時から生徒会長をこなし、面倒見がよく勤勉な彼女は周りからの信頼も厚い。
 そんな完璧な雅だが、何よりも財前が惹かれたのはその策士さにあった。

 彼女には無駄な言葉がない。
 一言一言に、意味があるのだ。
 周りはいとも簡単に雅の言葉に踊らされ、結局はいつも彼女の思い通りに事は進む。
 いつだって笑顔で、人を巧みに操るのだ。
 それを知っている財前も意識してあがらおうとするが、成功した例しがない。



「財前、また私について考えてる」



 いつの間にか作業は終ったらしい。

 完成した書類の束を横に、頬杖をついた雅が愉快そうに財前を見ていた。
 それに我に返った財前は冷静を装って、止まった手を再開させる。



「…自惚れも程々にせんと自滅しますよ」

「その時は君が助けてくれると信じてるよ」

「俺、結構薄情やけど」

「大丈夫。財前が私を見捨てられる筈がない」

「…」



 どこからそんな自信が湧いてくるのだろうと聞こうとしたが、やめた。
 きっとこれは自分に不利な方向にいく。
 経験上、展開を察した財前は口をつぐんだ。

 初めて出会った時の雅の言葉が頭の中で反響する。



『頭のいい子は嫌いじゃないよ』



 きっと彼女の言う頭のよさとはこういう事だ。
 だからこそ、それが出来る自分は今こうして彼女の隣にいる。

 パチン。

 最後の書類が完成した。
 乾いたホチキスの音が響くと同時に雅の手が伸びる。



「ありがとう、助かったよ」



 書類を拐うその白い手を、財前が掴んだ。
 じわりと雅の体温が伝わってくる。

 いつだったか、人より平熱が高いのだと言っていた。



「お礼、期待してるんで」



 いつもの、せめてもの反撃。
 不敵に笑えば、ますます笑みを深くした雅と目が合う。

 しかしやはり彼女の言動は読めない。



「財前は体温低いよね」



 何とも唐突な台詞に、一瞬呆けた。

 確かに今手を掴んでいるのだから体温の違いは感じるだろうが、今言うことだろうか。
 読めない思考に少しムッとしながらも返事は返す。



「まあ…低い方やないですか?」

「平熱いくつ?」

「…35℃」

「そりゃあ低い」



 クスクスと笑い声を洩らす姿に何が言いたいんだと突っ込みたくなるが、その反面、そんな彼女だからこそ離れられないのだろうと自嘲の笑みを溢した。

 しかし雅のことだ。
 このまま終わる会話でもないだろう。
 それならばとことん付き合ってやると、今度は先手を握る。



「先輩こそ体温高いやん。平熱は?」

「んー37℃ちょいくらいだね」



 高いとは思っていたが、予想以上の高さに驚いた。



「高。夏とか近寄りたくないッスわ」

「ふふ、私も冬は財前に近付きたくないな」



 ちょっとした嫌味にも動じることはない。
 それどころか同じノリで返してくる雅は、無邪気な表情で財前の出方を窺っていた。
 
 明らかに、楽しんでいる。

 彼女にとって他人との会話はゲームのようなものなのだ。
 目線から指先の動き、微かな呼吸の乱れさえもキャッチし、取引きを楽しむ。

 何故こんな人物を好きになったのか。
 もう何回目かも分からない疑問が頭を占め、しかし今日も結局辿り着く答えは同じ。



 ―急に、机一つ分の距離がもどかしくなった。

 ガタン。



 空いている方の手で机を退けると、掴んでいるその手を思いきり引っ張る。
 雅は特に抵抗も見せず座っていた椅子から離れ、財前の腕の中に収まった。
 机から書類が落ちる音がするが、二人にとってはどうでもいい事柄。



「今日はやけに大胆だね」

「…ホンマに熱いッスわ。冬は重宝やな」



 見た目の色白さからは考えられない体温の高さに、財前は無表情でコメントする。
 静かに、雅から振動が伝わった。

 密着しているせいで、その楽しそうな声が身体全体を通して届く。



「じゃあ、寒い時は温めてあげるよ。…だから、」



 一拍置いて顔を上げた雅の表情は、財前の思考能力を完全に奪った。



「―熱い時は責任持って冷やしてね?」



 頬に添えられた手の熱さに眩暈がする。

 ああ、やっぱり敵わない。




 抱き締める腕に力を込めた。








惨敗、本日も君のプラン通り。



(酷なくらいの、魅力。脱け出せる日なんて来ないだろう)
(気付いてないだろうけど、君に対しては結構緊張しているんだよ)


体温交換しましょ、そうしましょ。
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